22話  約束

ゆずりは 叶愛かな



「やっぱり……おかしいよね?付き合ってないんじゃない?」

「えっ、でも杠さんと話すのって灰塚はいづか君だけだよね。五十嵐いがらし君は………いや、それはないでしょ」

ゆいも付き合ってるって言ってたし…でもね」



……めっちゃ見られてる。



「なんか、全然恋人には見えないというか」

「そうだね、いつも通り…だよね?特にイチャイチャすることもないし」

「ふん………」



おまけに、めっちゃ聞こえてる。まぁ、陰口を叩かれるよりはずっとマシだけど。

灰塚の彼女宣言以来、私がパパ活をしてるという噂は一瞬で灰塚と恋愛しているという恋沙汰に切り替えられてしまった。

やっぱり学校では有名な灰塚の事だからか、彼の隣に座っているだけでも好奇が入れ混じった視線が飛んでくる。そろそろ収まる頃だと思ってたのに……



「あの、灰塚」

「うん?」

「………」

「なんだよ」



そして当の本人は、噂や視線に気にすることもなく黙々と勉学だけをしていた。この状況だというのにすさまじい集中力。

もちろん、テストまであと二週間もないし成績の負担だってあるはずだから、当たり前かも知れないけど……

…やっぱり、変な男。

彼を見てると、本当に私と同じ人間なのかなと疑う時がある。



「ちょっと、ついてきて」

「は……?」

「いいから」



まだ納得がいかないような彼を無理やり引っ張ってたどり着いた場所は、普段から使っている空き教室だった。ここなら誰の邪魔も入らず、ゆっくり話すことができる。

突然のことで彼は首を傾げていたけど、特にこれといった文句は言わなかった。



「なんだよ、朝っぱらから」

「…あのね。クラスのみんなに見られてるの、知ってる?」

「うん?ああ…そういうことか」



すぐに話題を察したのか、彼は申し訳ないような表情をして言う。



「ごめんな。付き合ってるという噂、長くても1週間くらいしか持たないと思ってたのにな」

「…それは構わないよ、別に」



…本来なら、私が謝るべきなのかもしれない。好きでもない相手と恋愛しているって学校中に噂されるなんて、彼だってあまり愉快な気分にはならないだろう。

でも灰塚は、ただ私の濡れ衣を晴らすためだけに厄介ごとをしょい込んでくれたのだ。

もちろん私も最初は呆れてたけど、時間が経つにつれて段々と申し訳なさを感じてしまう。

わたしが、こんなに優しい彼と付き合うだなんて。

……笑える話。彼の恋人になるなんて、私なんかにはできやしないのに。



「別の件で呼び出したの。テスト前まで、会うのは控えめにしようと思って」

「……は?」

「……なんでそんなに驚いてるのよ」

「いや………てっきり、会うと思ってたから」

「………私に、会いたいの?」

「いや、テスト前だから困ることはあるけど……でもそんなの、杠なら気にしないと思ってたし」

「………」



……まぁ、確かに最近はしょっちゅう呼び出して攻めていたから、灰塚がそんな風に思うのもムリはないだろう。私にだって、少々暴走したという自覚があるから。

でも、さすがにテスト期間まで呼び出す気にはなれなかった。なるべく彼を困らせないように、尊重したいから。散々振り回した私が言うのもなんだけど。

でもこの事を口に出すのは恥ずかしいから…私は固唾かたずを呑んで、あえて声をらしてから言う。



「……たかが一度のテストぐらいで、人の人生はめちゃくちゃになったりしないからね」

「は?」

「あなたにはちゃんと、いい成績を取って成功させてもらうから。そしてわたしは、そんなあなたを一生をかけていじめるの。そうした方が公平でしょ?」

「………………」

「あなたが言ってたんでしょ?自分の人生を壊しても構わないって。こんな厄介な女を助けたのを、いつか絶対に後悔させて……」

「いや、それはない」

「………え?」



言い終えるも前に、彼は私の言葉をさえぎった。

そしてさっきのボヤっとした顔とは全く違う、真剣な目つきで私に断言してくる。



「あの時、お前を見逃すという選択肢はなかった。だからその事は、絶対に後悔しないと思うよ。これからも、ずっと」

「………………」



………ダメ。

落ち着いて。なに心臓バクバクさせるのよ。バレてはいけない。バレてはいけないから……



「……おろかな男。絶対に、後悔させてやるんだから」

「はっ……楽しみにしてる」



こんな酷い言葉を浴びせられたのに、なにがそんなに可笑しいのか。

彼は苦笑しながら、ただ頷くだけだった。








そしてお昼休み、いつも通り一人で例の空き教室に足を運ぼうとした時だった。



「叶愛ちゃん!一緒に食べよ?」

「え……」



予想してなかった展開にちょっとだけ驚いてしまう。時々こうして結の方から食事を誘われることはあるけれど、結は基本的に他のグループの子たちと食べることが多いのだ。

私としてはもちろん、一人で食べる方が楽なんだけど……誠意せいいを無視するわけにはいかないし、なにより結には心の借りがある。

だから少し迷ってはいたけど、私はすぐ首を縦に振った。



「うん。分かった」

「灰塚君と五十嵐君も!一緒に食べよ?」

「ちょっ………結?!」

「ぼ………ぼくも?!」

「うん、いいよ」



目に見えて分かるほど固まった五十嵐君とは真逆に、灰塚は迷うこともなく机をくっつけてくる。結はなにがそんなに楽しいのか、ニマニマしているだけだった。

そうやって誕生した四人組。

お互い顔なじみだしこのメンバーでお話しをすること自体は多いけれど、こうして一緒にお昼休みを過ごすのは初めてだった。



「灰塚君、もっと叶愛ちゃんに構ってあげてよ~クラスでは恋人なんでしょ?お昼休みに一人だなんて寂しいじゃない」

「いや、杠が一人で食べたいって言うから」

「え?本当?!」



一応、結と五十嵐君には付き合っていないということを伝えている。

でも灰塚の言葉を聞くや否や、結は目を丸くして驚いた。



「うん。変な視線浴びたくないし」

「でも………」



確かに恋人になれば普通はお昼休みにも一緒にいるから、灰塚から一緒に食べないかって提案されたこともあった。でも、私がその提案を断ったのだ。

だって、別に本当の恋人でもないし、何よりも周囲の目線が気になるから。

もちろん普段の空き教室に行けば済む話かもしれないけど、それは私がイヤだった。



「…………」



人の往来が多いお昼休みだと、あの教室の存在がバレる可能性がある。もし先生方の耳にでも入ってしまったら、立ち入り禁止になるかもしれない。

………それだけは、絶対に避けたかった。

あの場所は、ずっと二人だけの場所であって欲しいから。



「まぁ…二人が納得するなら別にいいけどね」

「それより珍しいな、朝日向あさひなは他のやつらと食べないの?」

「うん、みんな理解してくれたからね。そして今日は、この3人に提案することもあるし」

「て………提案?」

「うん!」



五十嵐君がちょっと緊張気味で聞き返すと、結は花が咲くように顔をほころばせてから言った。



「今週の金曜日からゴールデンウイークでしょ?だから、このメンバーで勉強会するのはどうかと思って」

「……勉強会?」

「うん!テストももうすぐだし、いいんじゃない?」

「それは……まぁ」



灰塚は特に拒むことなくうんうんと肯いてから、突然私に視線をよこしてくる。



「杠は?大丈夫なの?」

「え?」

「金曜日、なにか予定入ってたりするんじゃない?」

「…それはないけど。えっと、場所は?」

「うん、わたしの家」

「え?!」



その瞬間、今まで沈黙を保っていた五十嵐君がとっさに大声を出してしまった。



「あ……!ご、ごめん…つい驚いちゃって」

「ううん、いいよいいよ。五十嵐君も来るんだよね?」

「ぼ………ぼくは……め、迷惑じゃなかったら、行きたいかも」

「よかった。他の二人は?時間とか大丈夫だよね?」

「……えっと」



少し戸惑ってしまう。勉強会って、行くの自体は問題ないけど正直なところ、勉強はあまりしたくなかった。いくらマイペースな私でも、みんなが勉強してるところで本ばかり読むわけにもいかないから。

でもためらう私とは違って、灰塚はあっさりと言い切っていた。



「俺も構わない。家で勉強するよりはマシだし…杠も来れば?」

「え?」

「無理強いはしないけどさ。たまにはいいんじゃない?」

「………」



………仕方ないっか。それにこのメンバーなら楽に過ごせそうだし。

補習を避けるためにも、ある程度は勉強しなきゃいけないし……うん。



「分かった。わたしも行くね」

「うん!!」



答えを聞いた結は、満面の笑みで頷き返してくれる。やっぱり、この子には一生適う気がしなかった。

とにかく、こうして私たちはGWの初日に、結の家で集まることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る