15話  すれ違い

ゆずりは 叶愛かな



あの空気は、なんだったのだろう。

好奇と疑いが入り交った視線。朝はなんとなく過ごしたけど、お昼を過ぎてからは段々と視線が露骨になってきて、正直に言って気味が悪かった。

何かが起こっている、なんてことだけは感づいていた。もしかして灰塚との関係がバレたのではないかと思ったけど、当の灰塚は平気そうだったから……たぶん、それは違う。

じゃ、一体どんなことが起きたというのだろう。

…別に、他人の視線なんかどうでもいいけど。



灰塚はいづか?」

「………」



放課後、私たちはいつもの教室じゃなく私の家で集まっていた。

普段のエッチはいつも週末だから最初の経験を除くと、平日にするのは今日が初めてだった。この制服姿のままするんだと思うと、新鮮な感じがしてちょっとだけ笑ってしまう。

でも、灰塚の顔は何故かずっと曇っていた。



「どうしたの?」

「え?」

「今日のあなた、なんだか変。全く集中していないというか」

「あ………」



彼の言葉尻がどんどん弱くなって行く。もしかして今日、教室の怪しい雰囲気について何か知っているのだろうか。だからこんなに気まずそうにしているのか……もしくは。

朝のHR前、ゆいに呼び出された時に何かを言われたから…



「…………」



そう思い至った瞬間、自分でも驚くぐらいに嫌な感情が沸き起こってくる。

何かがおかしい。こんなの普通じゃない。でもそうやって冷静に考えるのも一瞬のことで。

私は彼の手首を握って、ほぼ引きずり込むみたいにして部屋のベッドまで連れ込んで、押し倒した。

そして上に乗っかってから、彼の肩を強く握る。

こういう展開は予想してなかったのか、灰塚はずっと慌てていた。



「ちょっ、おまえ……」

「うるさい」

「……どうしたんだよ」

「わたしを見て」

「……………」

「今、あなたの目の前にいるのは、わたしなの」



ワイシャツのボタンを一つずつ外しながら言い捨てる。彼の目が私の体に釘付けになっていることに気付いて、気持ちよかった。

情欲に満ちた目。火照った体。何も考えずに、私たちはこれから快楽の波に流されていく。

上に乗っかったまま、私は彼を襲った。

私の体質のせいか、もしくは単に体の相性がいいのか、それとも灰塚のテクがいいのか。

どっちかは分からない。でも彼と体を重ねる時の私は、いつも自分で驚くくらいに乱れてしまう。強い快感にもだえて、心がいっぱいいっぱいになってしまう。最初は否定していたけど、もう認めざるを得ない。

私は間違いなく、彼とのセックスにハマっていた。



「うっ……はぁ……はぁぁ………」

「おまえ…いきなり……」

「だって………うっ!」



全身で感じられる暑さと匂いが、段々と私を狂わせていく。

快感に耐えるためか、もしくはまだ何かを考えているのか彼は唇をぐっと噛んでいたけど、私は全く気にしなかった。

ただ腰を振って、彼が伝えてくれる快楽に溺れた。それにつれて灰塚も、私の腰を力強く掴んできた。

私たちのセックスはいつもこうだ。相手の様子をうかがうようなふりをして、結局二人ともケダモノになって相手の体をむさぼっていく。普段のしれっとした雰囲気は一切なく。



「はい………づか」

「………!」



不思議だと思った。

彼にはけっこう乱暴にされているはずなのに、全く痛みや違和感が感じられない。むしろ快感を耐えるのに精一杯な彼の顔を見て、もっと体が熱くなる一方で。

……でも、今日の彼にはやっぱり他の何かが交えている気がした。

これは、他の何かを考えている時の顔だ。その正体を私は知らない。

だから歯を食いしばって、私は彼を覆いかぶせた。



「うっ…!」

「……じっとして」



火照っている彼のうなじに唇を寄せて、音が出るほどに強く吸う。彼は一瞬びくっと体を跳ねていたけど、抗う事もなく私を受け止めてくれた。

やがて一分くらい経ったのだろうか。いつの間にか、うなじには鮮明な跡が残っていた。私が刻んだ跡だ。

それが気持ちよくて、私はまた彼のうなじに食らいつく。



「ちょっ……おまっ、なんで……」

「…ダメ、じっとして」

「ちょっ、ゆずりは……!どうした?」

「…………」



その疑問に対して、私は何も返せなかった。なんでキスマークなんかつけようとしたのか。

私も、分からなかった。







それから一時間くらい経て、私たちはようやく散らかした服を整える。



「……お疲れ様」

「……ああ」



もう制服じゃなく部屋着を着ている私は、彼を見送るために玄関まで足を向けた。彼の首筋に鮮明な跡が二箇所もついているのを見て、少し申し訳ない気分になる。

……今度からはちゃんと控えよう。

でも灰塚はいつものようにすぐ帰ることはなく、なんだかバツが悪そうな顔をしていた。なんで、こんな顔をするのか。

気持ちよくなかった…はずはないと思うけど。じゃ、なんで……

しばしの沈黙の後、やがて彼は意を決したようにして私との視線を合わせてきた。



「一つだけ、聞きたいことがあるんだけど」

「うん。なに?」

「…昨日、お前が他の男と歩いているところを見かけた」



それを聞いた途端、頭が真っ白になる。

見られた?灰塚に?…………あの男と一緒にいるところを?



「それは……」

「ここから少し離れた、ホテルがたくさんあるところでな」

「………」

「……今日、噂になったのも正にそのことだよ。お前が…その、パパ活をしてるんじゃないかっていう噂が広まったから。今朝、朝日向と話したのもそれについてだし」

「…はぁあ……」



ああ…なるほど。なら納得だ。いきなりパパ活なんて誰かの悪意を感じるけど、とりあえず今日起きた異変については大体納得がいった。

………本当に、笑える話。

私があの男とするなんて…ありえないのに。絶対に。

思っただけでも虫唾が走る。そんなこと、ありえない。



「あの男は、誰だ?」

「………」



思った以上に言葉に力がこもっていて、私はかなり驚いてしまう。

……まさか、あの灰塚がここまで気にするとは思わなかった。彼は基本的に優しいけど、同時に周りに無関心なところがあるから。

……本来の私なら、自分の身の上話なんて絶対に口出しはしない。私にとっては、反吐が出そうなほど忌まわしくて、辛い過去なのだ。

でも、何故だかは分からないけど。

気か付けば私は、自然と口を開いていた。



「いとこ」

「は?」

「いとこの兄だよ。あの人とは付き合ってもいないし、もちろん私はパパ活なんかもしてない。あの日はただ事情があって、そのあたりにある小さなカフェで話をしに行っただけなの。待ち合わせ場所も、向こうが勝手に決めたことだし」

「………」



灰塚は私の真意を測るかのように、こちらをじっと見つめている。

でも、本当にこれがすべてだった。こんなこと、本当は誰にも言いたくない。でも灰塚がいつになく真摯な目つきをしてるから。ずっと………気にしていたのを知ってるから。

だからいつものように、適当に受け流して欲しかった。足を踏み入れずに、さらっと肯いて欲しかった。

なのに………彼は。



「…本当に?」


信じては、くれなかった。

その言葉に、心の中で何らかのかたまりが粉々に砕け散るような気がした。

さっきよりも疑いが交えた視線を浴びて、つい喉から変な声が出てしまう。



「……え?」

「本当に、ただの従兄なのか?」

「…………」

「答えてよ」



やがて訪れる強い苛立ち。赤黒い塊が風船のように膨れ上がって。

歯を食いしばって、私は棘の刺さった声で巻き返す。



「あんたには、関係ないでしょ」

「……は?」

「私が誰と会ったって灰塚には関係ないじゃない。違う?私がどこで誰と会おうが、あんたには関係ないじゃん!」

「…………」



いきなり感情を投げつけられて、彼はしばらく腑抜けた顔をしていたけど。

だんだんと微かな笑みをこぼして、最後はもう家中に響き渡るくらいの大笑いをした。



「はっ……はは。そうだな、確かに。あははは……」

「………」

「その、通りだな……」



呟きながら、灰塚はまた鋭い目つきで私を見返してくる。

そして彼は今まで聞いたことのない、凍ってしまいそうなくらい冷たい口調で言った。



「もうこんな猿芝居、おしまいにしようじゃねぇか」

「…え?」

「この関係、もう終わりにしよう」

「……………」

「…俺は、俺はな。ビッチとはしたくないから」



そんな暴言を投げ飛ばして。

大きなため息をついて、灰塚は私に背を向けて言う。



「どうやら俺は、結構めんどくさいヤツみたいだからな。そういさぎよく弁えれねぇんだよ」



それだけだった。

彼は吐き出すように言い捨ててから、家から出て行く。



「……………………」



一人取り残された私は、ドカンと大きな音を立てて閉ざされたドアを眺めることしかできなかった。

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