12話 後姿
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日曜日、俺はショッピングモールにあるレコード屋に来ていた。ここに来た理由大いに二つ。
一つは、好きなアーティストの新譜を手に入れるため。それともう一つは、ここで
響也がこのレコード屋のバイトをしているため、響也のバイトの上がる時間に合わせて店に来ているのだ。
「はい、バリアの新譜、2300円になります」
「ありがとうな」
「あ、響也~もう上がっていいぞ」
「はい!店長、お疲れさまでした!」
「おう、また来週にな~」
店長に勢いよく返事をしてから、響也はさっそくスタッフルームに入った。しばし店の外で待ってると、前掛けを外した響也が姿を現す。
「お待たせ!まだお昼食べてないんでしょ?とりあえずファミレス行かない?」
「おう、買い物はその後?」
「うん。付き合ってくれてありがとうね」
「いいよ、別に。これくらい」
今日、俺たちはぬいぐるみ屋に行って響也の妹の誕生日プレゼントを買う約束をしていた。それより響也の妹か…こいつの性格を
とにかく近くにあるファミレスに入って注文を待ちながら、俺たちはいろいろと話をした。話題は主に好きなアーティストとか、新曲についてだったけど。
そうやって話してると、ふと
確か、恋愛の価値観の話だっけ。
「そうだ。そういえばさ」
「うん?」
まぁ…響也は朝日向にべた惚れだから、ある程度は教えてあげた方がいいかもしれない。
意を決して、俺はいたずらするようにニヤリと笑って言った。
「朝日向、前に告白されたってよ」
「なっ……!…ほ…本当?相手は?」
「3年の先輩。いまさら驚くことでもないだろ?朝日向、告白を受けても全部断ることで有名だから」
「…それは、そうだけど」
「もしあいつが誰かと付き合うとしたら大騒ぎになるもんな。まぁ、俺が言いたいのはそっちじゃなくて……あいつの恋愛観の話なんだよ」
「恋愛観……」
さすが好きな相手の事だからか、すごく冴えた目つきで噛みついてくる。
「朝日向が告白されたその日に、俺もちょっと用があって帰るのが遅くなってしまってな。その時にたまたまあいつと帰り時間が重なって、話をしたらなんか悩んでるみたいだったから、相談に乗ってたんだよ」
「うん、それで?」
「えっと…告白した先輩がへばりついて、色々と断る理由を教えたら…重いとか言われたみたいでさ。自分だけがズレているんじゃないかとかなり前から悩んでたみたい。あいつ、軽いノリで付き合いたくはないって言ってたから」
「軽いノリ…ああ、そうか」
どうやら話が見えてきたらしく、響也は何かを納得したように肯いていた。
安心感にも似た感情が顔に出ていたので、俺はちょっと驚きながらも話を続ける。
「本人曰く、恋愛は大切にしたいってさ。相手のことをよく知らない状態だとどうも腑に落ちないらしくて。それで自分がおかしいのかと聞いてきて、俺は別に普通だよと答えてた。まぁ……参考になれたらいいな」
「参考って…連……」
「好きだろ?朝日向のこと」
「……………………」
「ぷふっ、そういうわけだよ。あの様子じゃ当分は大丈夫っぽいから安心しろ」
「…別に、僕じゃなくたって構わないよ」
「は?」
なに言ってんだ?こいつ。
とっさの言葉で頭が追いつかない。わけがわからなくて目を丸くしていると、響也は少し顔を赤く染めながらおもむろに語り出した。
「世の中には僕よりも朝日向さんと気が合って、素敵な人がいっぱいるから…その人がちゃんと朝日向さんを幸せにしてくれれば、僕はそれで構わないよ」
「…………」
「でもありがとうね、連。安心したよ。朝日向さんがちゃんと芯のある人だって知ってたけど…うん、その恋愛観に当てはまる男を、早く見つかるといいね」
「バカか…お前は」
「えっ?なんで?」
「お前さ…自分が付き合いたいとか、そんなこと思わないの?お前も朝日向のこと好きだろ?」
「それは…そうだけど」
当たり前のように自分を
なのに響也は目を伏せて、自嘲するように言った。
「もちろん…好きだから、付き合いたいけど。でも仮に付き合ったとしても、僕が朝日向さんを幸せにできるか自信がないんだよ。正に高嶺の花というか、僕には程遠い存在だから」
「響也…」
「でも、これだけは本心だよ。好きな人には、幸せになってもらいたい。朝日向さんはきっと、誰よりも幸せになれる資格があるから」
「………………」
あまりの卑屈さに呆れていたけど、最後に響也が言い切った言葉に俺は少しだけ考えを巡らせた。
揺るぎのない瞳と意志がこもっている強い口調。普段の気弱い響也からは見かけない、確かな願い。
それと同時に、俺にはかなり新鮮な価値観だった。
響也は違う。本気で朝日向さんを祝福している。相手が自分じゃなくてもいいと本気で言ってる。それはバカらしくて、純粋すぎて…
…本当に面白いヤツなんだと、感服してしまう。
「やっぱすごいな、お前」
「え……?なんで?」
「いや、何でもない。でも一つだけ言い加えると…」
そしてその純粋な恋心は、間違いなく朝日向が望んでいるもので。
「俺の知る限りではお前が一番、当てはまってると思うぞ。朝日向の価値観に」
だから俺は、はっきりと言い切った。
「そんな…はず……」
「釣り合うと思うけどな、俺は」
「は…ははっ。ほめ殺しじゃないよね…?大袈裟だよ……」
こいつ本当に朝日向のこと好きなんだな…嬉しさが隠しきれてない。本当に素直なヤツ…
「まぁ、それはそれとして。そのぬいぐるみ屋って、ここから遠いの?」
「あ……ううん。このファミレスからだと、歩いて十分ぐらいかな」
「よし、じゃ食べ終わったら行くか」
「うん!」
ちょうど話を切り上げたところで、店員さんが注文したものをテーブルに置いてくれた。
響也の言う通り、俺たちは十分くらい時間をかけてからぬいぐるみ屋に着いた。
店内にはサイズから種類、顔つきまですべて異なる、数えきれないほどのぬいぐるみが並べられていた。
奥にはキャラクターグッズと子供用のおもちゃまであって、俺はつい入口に立ち竦んで口をあんぐり開けていた。正にぬいぐるみで覆われた空間だった。
響也も店の大きさに圧倒されたのかしばしぼうっとしてから、気を取り戻して何がいいかなと悩み始めた。
「目当てとかあんの?サイズは?」
「特にないけど…サイズは抱きしめた時、ちょうど胸の中に収まるくらいがいいかな。ウチの妹、まだ小2だからあまり大きいのは抱きづらいかもしれないし」
「へぇ…思ってた以上に年が離れてるな…でも成長期だし、ちょっと大きめでいいんじゃない?」
「あ、それもそうだね。じゃ…うむ…サイズはこれくらいにして…色は何がいいかな…」
一生懸命悩んでいる姿を見てると、何だかほほえましい気分になってくる。ぬいぐるみ特有のふわふわな感触のせいか、俺も気が緩くなって店内を見て回りながら探すことにした。
そしてふと目についた物があって、少しだけ手で揉んでみる。
王道の淡い茶色のぬいぐるみで、サイズはちょうど俺の懐に入るほど。小さい子供の肌みたいに柔らかくて、触り心地もよかった。
まぁ、ぬいぐるみを集める趣味はないから、買うつもりはないけど……
「……………」
抱きしめた時……か。
ふと、
本人はたぶん否定するはずだけど、俺の知る限り彼女は意外と寂しがり屋なところがある。だから、なにか抱きしめられる物があったら気が楽になるんじゃないかなと、ついつい思ってしまった。
それに悪い夢だって……見ずに済むかもしれないし。
「………まぁ、いっか」
でも俺が知っている杠なら、きっと拒むだろう。
なにより、これをあげることで杠がさらに負担を感じるかもしれない。あいつは、何かを受け取ることに慣れているようには見えないのだ。まるで傷だらけの子動物のように。
快楽を取り交わす契約関係でなければ、彼女は安らぎを得られない。
だから俺は手を離して、すぐに響也のところに足を運んだ。ふと、さっき響也が言った言葉が
好きな人には幸せになってほしい、か。
「………まぁ、好きでは……ないけど」
でも、せめて杠が苦しまなければいいなと。なるべく幸せになればいいなと。
いつの間にかそんな風に願う自分がいて、俺は少し自嘲してしまった。
「買えた買えた~ありがとう!」
「俺は特に役にも立たなかったけどな…妹ちゃん、喜ぶといいな」
「うん。気に入ってくれるかな…なんだか緊張してきた」
「変な奴だな」
店を出て、俺たちは駅に向かっていた。この店は繁華街からはずいぶんと離れていて、駅からの距離も結構遠い。それに5分くらい街を歩いてると、なぜだか周りにホテルの看板がいっぱい見えてきて……俺たち二人とも、少したじろいでしまっていた。
「…立地条件悪すぎるんじゃないか?あの店」
「まぁ…客たちもほとんどネットで知ったみたいだからね…でもつぶれてはいないんだし、そこそこ売れてるかもよ?」
「まぁ……そうだといいな」
「うん、あんなに大きい専門店は珍しいから…あれ?」
「うん?どうした?」
「いや……その」
響也は、なぜだか急に慌てたような目つきで俺を見上げてきた。一体なにを見てそんなに固まってるのか。
「…その、あれ」
首をかしげてながら、響也が示すところに目を移すと…次の瞬間、俺も響也と同じく驚愕して、言葉を失ってしまった。
まるで背中に氷でも落とされたような感覚が走って、自然と目が見開いていく。
「……杠さん、だよね」
「…………」
「隣にいる男は……」
見慣れた私服姿の女の子と男が一人、話し合いながら街を歩いている。
あれは………杠だ。
俺が見間違えるはずがない。あの独特なアッシュグレーの髪の毛と儚げな雰囲気の持ち主は、杠しかいない。
男は…大学生か、あるいはもっと年を取った社会人にも見えた。たぶん20代半ばくらいで、驚くほど顔が整っている、線の細い美青年だ。
そして、彼がしているその目つきは…
「…………はっ」
ああ、俺はあの視線を知ってる。
受けたからではない。送ったからだ。
杠にあんな視線を送ったことが、俺にだってあるから。そしてここはホテル街で…
「…連?」
「………」
普通なら、杠がもっと普通だったら年上の彼氏といるのか、もしくはただナンパされたのかと結論付けて済む話だ。
でも、俺には違ったように見えた。
赤の他人よりは彼女を知っている俺としては、どうしてもそれ以上のことを想像してしまう。言葉じゃ言い切れない様々な思いが、
体の芯は一気に熱くなるというのに、体は徐々に冷えて行って……
「連?どうしたの?連?」
俺は口を噤んだまま、二人の後姿が消えるまで見守ることしかできなかった。
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