4話 気まずさ
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週が明けて月曜日の朝。結局モヤっとした気持ちは解消されないまま、俺は渋い顔で朝食を取っていた。
「あら、どうしたの。顔色悪いわ」
「何でもないよ。単によく眠れなくて」
こちらに身を屈める母に適当に答えてから、ワカメが入った味噌汁を啜る。今日の朝ご飯は白飯に半熟の目玉焼き、そしてアジの焼き魚。
どれも胃にやさしい
「もう、よく眠れないのに何もないって、辻妻が合ってないわよ?体調でも悪いの?」
「本当に何でもないから心配しなくていいよ。ご飯もちゃんと食べてるじゃん」
「……まぁ、それなら息子を信じてあげようかな。そうだ、勉強の調子はどう?」
「…母さん、テスト終わってからまだ二週間も経ってないのに」
「あっ、ごめんね?でもお父さんがあなたの成績をすごく気にしてたから。ほら、お父さんはずいぶんとあなたに期待してるじゃない。それにまだ大学も行ってない子供なんて、あなたくらいだし」
「…そんな期待いらないけど。もっと早く産んでくれればよかった」
「ふふっ、いいじゃない。末っ子だからっていっぱい可愛がってもらえたんでしょ?」
…それは否定できないかも。小さいころから姉たちと母さんにずいぶん甘やかされたという自覚はある。どっちらかというと、めんどくさかったけど……
でもその姉たちも今はれっきとした医者、もしくは医大生になって家にはほぼ顔を出していない。お父さんと同じで、みんな医者の道を進んでいる。
灰塚という苗字は、医学界ではそこそこ有名な苗字なのだ。
「ごちそうさま。行ってきます」
「もう~気を付けて行ってらっしゃい」
速やかに朝食を平らげた後、俺はまるで逃げるようにして家から飛び出た。
とぼとぼと歩きながらぼうっと空を見上げる。やっぱり俺はズレているのかもしれないと思った。
自分なりの夢がないからって家に逆らうこともなく、機械のように勉強だけをしてきた。何かが違うという淡い違和感だけを抱えながら。
………だから、俺は
「…………」
あの雨の日から、ずっと頭がぐちゃぐちゃだった。
杠とどう顔を合わせればいいのか分からない。理性的に考えたら、彼女と自然に距離を置く方がいいのかもしれない。
でも、感情がそれと真逆の方向に進んでいた。
あの日のセックスはもう俺の人生でかなり大事件になってしまった。あれは平坦な人生の中で急に訪れた、ものすごい刺激だった。
……どうすればいい?こうなった以上、俺が杠に告白でもしたらいいのか?
いや、それは…たぶん違う。
杠ならきっと、そんなのを望まないのだろう。
「おはよう!連」
「あ……」
そこまで考えた途端、後ろから明るい声が聞こえてくる。振り向くと俺よりちょっと背が低くて、大きなメガネをかけた少年が目に入ってきた。
俺の一番の親友である、
「おはよう。今日はちょっと早いな?」
「はは……夜ふかししちゃてさ。ほら、昨日の昼間にバリアの新アルバム出たでしょ?タイトル曲の字幕映像作ってアップロードしたら、もう日が昇ってたんだよ」
「えっ、
「えっ、ほんと?じゃ、タイトル曲もまだ聞いてないの?」
「うっかりしちゃって………まぁ、後でのんびり聞こうかな」
「昼間に聞かせてあげようか?今回のバリアすごいよ?聞いていてつい身震いしちゃたから」
ちなみに、バリアとはアメリカの有名なラッパーである。そして響也はバリアの大ファンだった。
なにせ自ら作ったバリアのリリックビデオまで動画サイトに上げてるヤツなのだ。俺も響也に影響を受けて、時々ラッパーの話や新曲について話したりしている。
「それより珍しいね、連がバリアの情報を見逃すなんて。何かあったの?」
いきなり飛び込んできた質問についドギマギしてしまう。でもありのまま話すのもできなかったから、俺は適当に答えることにした。
「いや……えっと、家族とドライブ行ってきたから」
「へぇ…まぁ、後でイヤホン貸してあげるね」
「じゃ、お言葉に甘えて」
俺は今のクラスで杠が一番変わっていると思うけど、響也もけっこう変わっていると思う。背も小さくてクラスではあまり目立たないのに、音楽の趣味だけはものすごくファンキーなのだ。
テンポが早いラップを溺愛するし、普通ならうるさくて顔をしかめそうな曲も響也は喜んで聞く。俺とまともに話せるまでは、文字通りぼっちだったのにな……
とにかく響也とかれこれ話しながら歩いていると、いつの間にか校門が見えてきた。
それと同時に、俺たちの少し前を歩いている一人の少女の姿も、視界に入ってくる。
「えっ…」
「…………」
それを見た途端、つい情けない声をあげてしまった。振り向いた杠もまた、俺の顔を見て少し驚いたように目を見開いている。
気まずい沈黙の中、横に立っている響也だけがちょっとだけ首を傾げて挨拶をした。
「おはよう、杠さん!」
「…おはよう、五十嵐君。灰塚も」
「ああ…おはよう」
顔は合わせたものの、どうやって話せばいいのか分からない。確かなのは、杠もこの前の出来事を意識しているということだけ。
別々に教室に行くのも変だから、俺たちはとりあえず一緒に教室へ向かうことにした。
でもその間、俺は杠とたった一言も言葉を交わさなかった。
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