第10話 愚か者

 「お父さん、それ絶対裏があるよ」


 そう忠告してくるのは、コロッケを箸で一口サイズに切っている最中の乃亜だった。

 今日あった出来事を、夜ご飯を食べながら乃亜に話していたのだ。

 それを聞いた乃亜が、俺に色々とアドバイスをくれているのだが……。

 乃亜の反応を見る限り、今宮の事をあまり良くは思っていないみたいだ。


 「そうか?」

 「絶対そう!だっておかしいよ。これまで全然絡んで来なかったのに、急に二日間もサポートしてくれなんて」

 「それは、家庭の事情で小林さんが抜けたから仕方なくだろ」

 「いや、家庭の事情で小林さんが抜けなくても違う方法でどうにか小林さんを排除してお父さんを自分のサポート役にしたと思うよ」

 「それはいくら何でも小林さんが可愛そうだろ」

 「いやいや、小林さんがかわいそうとか今はどうでもいいから」


 乃亜がそう言うと、自分の食べ終わった食器と俺の食べ終わった食器を流しに持って行き、また同じ場所に戻ってきた。

 多分話が変な方向に逸れたので、それを修正するためにそう言う行動を取ったのだろう。


 「まあでも、これはチャンスだと言う事は確かだね」

 「だな」

 「この二日間で、お父さんがすごいって事を今宮さんに見せつけないと」

 「具体的に、どうすればいい?」


 俺は情けないと思いながらも、乃亜にアドバイスを求めた。

 こう言うのに慣れていない俺の頭では、何も思い浮かばなかったのだ。

 

 「ふふふ、簡単だよ。今宮さんが抱えている仕事の中で、一番難しいモノをお父さんがやっちゃえばいいんだよ」

 「はぁ?」

 「そうすれば、お父さんってやっぱり凄い人なんだって見直すと思うの」


 乃亜が自信ありげな表情で俺を見てくる。

 女子高生の乃亜からしてみると、今宮と俺がやっている仕事の差と言うのがわからないのだろう。今宮が抱えている仕事の量やレベルは、俺がやっている商品企画とは比にならないほどに桁が違う。それほど今宮と言う人間は、俺の会社では重要人物なのだ。

 そんな事を考えてしまってか、俺は腕を組みながら険しい表情を浮かべていた。

 そして一言、乃亜に向けて言葉を発する。


 「……無理だな」


 それを聞いた乃亜が、すかさず言葉を返してくる。


 「【無理】って言葉、私は嫌いかな」

 

 乃亜が発っしたその言葉には、何か強い意志のようなものが感じられた。

 するとそう言った乃亜が、さらに言葉を続けてくる。


 「何でもやる前から【無理】って言葉を使って、現実から逃げようとするのは愚か者の証だよ。フランスの英雄、ナポレオン・ボナパルトも同じような言葉を残してるし。【不可能と言う文字は愚か者の辞書にのみ存在する】って」

 

 そう言い終えた乃亜は、心を落ち着かせるかのようにお茶の入ったコップを持ちゴクゴクと飲んでいく。

 その様子を黙って見ながら、俺は乃亜から言われた言葉について色々と考えていた。若い頃と違って、俺はすぐ壁にぶつかると【無理】と言う言葉を使ってその問題から逃げていた。理由なんて簡単だ。ただただそれが楽だから。不可能と分かっているのに【挑戦】なんかしたって、マイナスでしかない。時間も労力も、周りからの評価も。だから大人は、【挑戦】と言う言葉から逃げるんだ。子供の頃に持っていた純粋なチャレンジ精神も努力をする直向きさも、大人になってしまうと消えて無くなる。それが大人という生き物だ。


 だがしかし、乃亜の言葉を聞いてから俺の中では少しだけ変化があった。

 今宮の件、少しだけでも頑張ってみようかとそう思うようになっていたのだ。

 単純馬鹿だと思う奴もいるかもしれない。俺だってそう思う。だけど、さっき言われた言葉にはそれほどまでに響く何かが俺の中ではあったのだ。それは多分だが、まだ愚か者にはなりたくないと言う男のプライドなのかもしれないな。


 「分かった。挑戦してみるよ」

 「お父さんならそう言うと思ってた」

 「まあ、やる前から【無理】って言うのはあまりにもダサ過ぎるからな」

 「その通りだよ」


 俺たちはそう言い合って、具体的な作戦を立て始めた。




 

 


 


 



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