第8話 ルール

 うぅ……。

 俺はうなされていた。お腹から胸の辺りに、何かがのし掛かっているようなそんな感覚があった。それが夢なのか現実なのか、最初はイマイチわからなかったが、だんだんと意識がハッキリしていく中でリアルな重量感を感じている事が分かった。

 そしてそれが何なのかを確認する為に、うっすらと目を開ける。するとそこには、乃亜が下着の姿でスヤスヤと眠っていた。

 

 「嘘だろ……」


 思わず口から心の声が漏れ出てしまう。

 それほど俺は、焦っていた。幾ら女子高生が興奮対象ではないと言っても、この距離での下着姿の女子高生は破壊力は凄すぎる。流石の俺でも理性を保ち続けられるか自信がなかったので、そっとその場から逃げ出す事にした。

 

 俺は何とかリビングへ移動する事が出来た。

 乃亜は全く起きずに、俺のベッドで爆睡中だ。

 何故乃亜がこんな行動を取ったのか、起きたらしっかりと問い詰める事にする。

 そして俺の中には絶対的なルールが存在していた。

 乃亜と住むと決めた時に、自分の中で作ったものだ。


 1 手を出さない

 2 興奮しない

 3 好きにならない


 この三つがそのルールだ。俺と乃亜が健全な生活を送っていけるように、絶対に守らなければならない事。これを一つでも俺が破ってしまった時には、乃亜との生活は終わりだと思う。それくらいこのルールは重要なものなのだ。

 しかし、さっきは本当に危なかった。乃亜があんな不意打ちをしてくるとは、予想もしていなかったのだ。まあでも、俺の理性がしっかりと働いてくれたので本当に助かった。


 そんな安堵をしながら、俺はソファの上で再度眠りに着く。



 「お父さん、お父さん」


 誰かが必死に俺の事を呼ぶ声が聞こえてくる。

 それはとても聴き心地のいい声で、俺の耳元で囁いてくれていた。


 「お父さん、早く起きてよ。遅刻しちゃうよ」


 遅刻?どこにだ?

 今日って何か予定が入っていたっけな。

 何も思い出せないので、もう少し眠る事にした。


 「か・い・しゃ・に・ち・こ・く・す・る・よ!」


 また女性の声が聞こえてくる。

 その女性は、会社だの遅刻だのと俺に言ってきていた。

 会社……。

 あ!!予定も何も、普通に今日は仕事じゃねえか!

 俺はハっと目を覚まし、時計を見る。


 時間は会社が始まる30分前。いつもよりも1時間以上も寝過ごしてしまっていた。


 「やっと起きた」


 乃亜が頬を膨らませながらそう言ってくる。

 服はちゃんと着ているようだ。


 「悪い。ずっと起こしてくれていたんだな」

 「お父さん、何回呼んでも起きないんだもん」

 

 乃亜がそう言うと、鞄とスーツの準備をしてくれた。

 俺は急いで顔を洗い、スーツに着替える。


 「じゃあ、俺はもう行くわ」

 「うん。いってらっしゃい」


 乃亜はニコッと微笑み、会社に向かう俺に手を振る。

 俺は軽く笑みを浮かべて、扉を閉めた。

 しかし乃亜は、夜の事に対して一度も触れてこなかった。

 俺がソファで寝ている事も、下着姿のまま俺のベッドで寝ていた事もだ。


 俺自身も、それどころじゃなかったので切り出す事が出来なかったが、会社から帰ったら一度話をしてみてもいいかもしれない。

 これから先の事を考えても、きっちりとそこはしておきたいし。


 そんなモヤモヤを抱えながら、俺はダッシュで会社に向かった。



 そして昼休み。

 俺と細川で、会社の食堂に来ていた。


 「まじですか!」


 細川がオーバーに驚く。

 

 「馬鹿!静かにしろ!」

 「すいません。ですが、それは中々まずいですよ」

 「だよなぁ」

 「女子高生がおっさん相手にそう言う行為をして、警察へ行かない代わりに金を巻き上げるなんてのはよく聞く話ですし」


 心配そうに俺を見てくる細川。

 確かに細川の言っている事は可能性的には大いにあり得るだろう。

 だが俺の中で、乃亜を信じたいと言う気持ちも強かった。


 「今日帰ったら、一応話はしてみるつもりだ」

 「気をつけてくださいよ。相手は何者か、まだ全然わからないんですから」

 「大丈夫だ。俺は乃亜を信じてる」


 そう言うと、細川は少し呆れたような顔をした。

 そして俺たちは仕事に戻る。


 仕事中も俺の中では乃亜の事ばかり考えてしまっていた。

 一体俺が問い詰めたら、どんな答えが返ってくるのか。

 そればかりが頭に浮かんでくる。


 そして仕事が終わり、自宅へと帰る。

 扉の前で一度深呼吸をして、部屋の中へと入った。


 すると、乃亜がニコッと微笑みながら「おかえり」と声を掛けてくる。

 俺も「ただいま」と返し、リビングに向かう。

 リビングに入ると、すぐに鞄を置き、ジャケットを脱いでソファに腰を掛ける。一杯水を飲み、早速乃亜に声を掛けた。


 「乃亜、ちょっといいか?」

 「ん?」


 乃亜が俺の近くに座る。

 俺の真剣な雰囲気を察してか、乃亜の表情も固くなっていた。


 「聞きたい事があるんだが……」

 「うん。分かってる」


 聞かれる事が分かっていたかのように、乃亜が冷静にそう返してきた。

 


 

 


 




 

 

 

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