第5話 協力関係

 居酒屋に来ていた俺と後輩二人は、各々飲みたい酒を注文した。

 俺はビール、俺の真正面に座っている細川はチューハイで俺の隣に座っている七峰はカクテル。全員酒には強いようだ。


 そしてすぐに注文した酒が届き、三人で乾杯をする。


 「それで、二人の間にはどんな交渉があるんだ?」

 

 俺は目を細めて、じっと二人を交互に見る。

 二人は顔を合わせて、仕方なさそうに白状した。

 

 「今回の件は私から細川さんにお願いしたんです。細川さんの好きなアニメキャラのコスプレをしてあげるって誘惑して……」


 七峰がしょんぼりとした表情でそう言った。

 その表情から、本気で反省している事が伝わってくる。


 「僕もその誘惑に乗ってしまって、本当にすいませんでした」


 細川も十分反省しているようだ。

 普段は絶対にこう言う事をしないはずの真面目な細川なのだが、七峰の巧みな誘惑に今回はやられたってところだろう。


 「七峰、お前の駄目なところはすぐに人を頼ろうとするところだ。まずは何でも良いから、一人でちゃんとした企画を作ってみろ」

 「はい……、頑張ります」


 少し拗ねた様にそう返事をする。

 今の若い連中は、怒られる事にあまり慣れていない様で怒られてしまうとすぐに会社を辞めてしまったりもする。なので教育をする立場からすると、なかなか接し方と言うのが難しいのだ。


 「次に細川、お前もいくら好きな物で誘惑をされたからと言って模擬企画書がどれだけ大切な事か分かっていただろう。それをほとんどお前がやってしまったら、七峰自身に何の力も身に付かないじゃないか。それに上にバレたら俺たち全員が処分の対象になってしまうんだぞ」

 「本当軽率でした。申し訳ございません」


 少し言いすぎたかも知れんが、俺にも自分の立場と言うものがある。

 上司と部下と言う境界線を曖昧にしてしまうと、何もかもがなあなあになりかねないからそこはきっちりとしなくてはならないのだ。


 だが一通りの説教は済んだ。ここからは企画の話だ。

 

 「よし、今回の件はこれで終わりにしよう」

 

 俺がそう言うと、暗くなっていた二人の顔に明るさが戻る。

 

 「辛気臭い話はこの辺でいい。ここからは明るくいこうぜ」

 

 もう一声二人に掛けた。

 この言葉がきっかけで、二人にもいつもの感じが戻ってきた様だ。

 しかし、そんな時だった。

 俺は自分の家の事を思い出す。仕事の事ばかり考えてしまっていて、すっかり乃亜の事を忘れてしまっていたのだ。


 スマホで時間を確認する。スマホの画面には、19時と表示されていた。

 やってしまった。まだあいつ、夜ご飯食ってないだろうな。

 そんな心配をしつつ、俺はすぐに帰る事にした。


 「悪い二人とも、ちょっと用事を思い出したから今日は帰るわ」

 「ええーー。もう帰っちゃうんですか!」


 七峰がすごく驚いた様に反応する。

 

 「大事な用を思い出したんだよ。また今度ゆっくり飲もうぜ」

 「それなら仕方ないかもですけど。私今日怒られただけじゃないですかー」

 「それを言うなら僕もですけど」


 確かに、この二人の言う通りだ。

 ただただ怒っただけで帰るというのもアレだよな。


 そう思った俺は、1万円を机の上に置き二人に一言言った。


 「今日は俺の奢りだ!この分好きなだけ飲んで食え」


 そう言い終えると、二人は先程までとは別人かの如く元気になっていた。

 そして集中してメニューを見始める。


 俺はそんな二人に「お疲れ」と言って、そそくさと店を出た。

 そのまま家までダッシュで帰り、19時40分には自宅に着いた。

 部屋の扉を開け、中に入る。


 すると、玄関のすぐそばで乃亜が体育座りをしながら寝ていた。

 近づくと、スー、スーと寝息を立てていた。

 寝顔がとても可愛らしい。


 だけど何でこんな所で寝ているんだ?

 俺が疑問に思っていると、乃亜がコクリとなり体制を崩してしまう。


 その瞬間、乃亜が目を覚まして俺に気づく。


 「お……父さん?帰ってきてたんだ」

 「おお。ただいま」

 「……おかえり」


 若干意識が朦朧としている乃亜、目を擦りながらとても眠そうにしていた。

 俺は靴を脱ぎ、リビングに向かおうとする。


 「ねえ、鞄……持ってあげる」

 「いや、すぐそこだし」

 

 そう言うと、乃亜は首を横に何度か振る。


 「持ちたい」

 「そんなに言うなら、ほれ」

 「おも!」


 乃亜に鞄を持たせると、すごく重たそうにしていた。

 改めて身体つきを見てみたが、とても華奢な作りをしている。

 乃亜は重たそうに持ちながらも、必死にリビングまで持ってきた。


 「ありがとよ」

 「どういたしまして」

 「飯はまだだよな?」

 「うん」


 その確認をとった俺は、冷蔵庫の中を確認する。

 乃亜が昼間に買ってくれたであろう食材が、たくさん入っていた。


 「買い出し行ってくれたんだな」

 「何買っていいか分からなかったから、適当に買っちゃった」

 

 そう言って、口角を上げニコッと笑う。

 俺もその笑顔を見て、少し微笑む。


 「よし、今から俺が晩飯を作ってやる」

 「お父さんはお風呂に入ってきなよ。私が作っとくから」

 「それだけは絶対に駄目だ。俺が料理を教えるから、横で色々と学んでくれ」

 「はーい」


 乃亜が少しいじけた感じで返事をする。

 そしてその後、二人で晩飯を作った。


 晩飯を食い終わった俺は、風呂に入る。

 乃亜が湯船を溜めといてくれたお陰で、とても疲れが取れた。


 「ふぅ。気持ちよかったぜ」

 「それはよかった」

 「乃亜はもう入ったのか?」

 「まだだよ」


 洗い物をしながら乃亜がそう返事をする。

 料理以外の家事は、それなりに出来るみたいだ。


 「今思ったんだが、乃亜って荷物何も持ってきてないよな」

 「……うん」

 「俺の家で住むのに、色々と必要じゃないか?」

 

 乃亜が洗い物を終え、俺の近くに座る。

 そして頭を下げた。


 「お父さん……買ってください」

 

 頭を下げたまま、俺にそうお願いをしてくる。

 まあ最初からそのつもりだったので、あまり驚きもしなかった。


 「頭を上げろ。明日、仕事が休みだから一緒に買いに行こうぜ」

 「いいの!?」

 「まあ、一緒に住むって決めたしな」

 「じゃあそんな優しいお父さんに、私から一つ提案があるんだけど……」


 乃亜が畏った感じで、俺の目を見つめてくる。

 なんかこうして乃亜の事をまじまじと見ると、超可愛い顔をしているなと思ってしまった。しかし相手は女子高生、俺の興奮対象ではないので安心して欲しい。


 「私がこの部屋で居させてもらっている間、お父さんの恋を全力でサポートするのってどうかな?」

 「はぁ!?」

 「だってお父さん、5年間も片思いしているのに全然進展ないんだもん。その調子だと、誰かが協力しないと何も変わりそうにないし」

 「余計なお世話だ!」


 俺は少し動揺していた。

 まさか乃亜からそんな提案が飛び出してくるとは思わなかったからだ。

 しかし、乃亜の協力とは具体的にどんな事をしてくれるのだろうか。

 少し気になってしまった。


 「因みに、私って勝率100%何だよね。狙った獲物は確実に落とすって言うのかな、ある人からは恋愛名人なんて呼ばれたりもしててさ」


 乃亜が得意げな表情で、俺を煽ってくる。

 その発言を聞いた俺は、もう自分の欲を抑えられないでいた。

 

 「仕方ない。協力を受けてやろう」

 「そんな言い方でいいの?」

 「お願いします。力を貸してください」

 「喜んで♪」


 こうして俺は、今宮美桜を落とす為に乃亜の力を借りる事にした。

 乃亜も俺と住む為に、自分の存在価値と言うのを見出したかったのだろう。


 そして明日は乃亜とのショッピング。

 何も起こらなければいいのだが。


 

 


 


 

 

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