第4話 後輩と模擬企画書

 俺は会社に出勤していた。

 朝から乃亜の件で色々とあり、会社に着く頃にはどっと疲れていた。

 乃亜には夕飯の買い出し用のお金と昼飯代を渡してきてある。

 料理だけは絶対にするなと、しっかり伝えてきた。また台所が悲惨なことになるのだけは御免だからな。


 そして今日は、俺が教育係を担当している後輩との模擬企画書作成の日。

 俺の仕事は大手コンビニの商品企画で、どんな物が売れるのかを考えてどんどん商品を企画していくと言う仕事だ。

 4月から教育係として担当している後輩と模擬企画書を作成しなくてはならないのだが……。これがまた大変な作業なのだ。模擬企画書とは、7月にある教育期間終了テストでの企画書作りの予行練習的なものだ。

 

 それをする為に、俺は今自分のデスクで色々と準備をしてその後輩を待っているところなのだが……。その後輩が、一向に姿を現さない。

 一体何をしているんだか……。


 「センパイ、おっはようです!」


 俺が悩んでいる後ろから、とても元気な声で挨拶をしてくる女性。

 黒上ボブカットがよく似合っており、可愛い系の見た目をしているOLだ。


 「何が呑気におはようですだ!普通に遅刻してんじゃねえか!」

 「あれ、私遅刻ですか!?」

 「時計くらい見てから出勤しろ!」


 このバカっぽい奴が、俺が教育係を担当している七峰瑠璃ななみねるりと言う女性だ。年齢は22歳で、大学を卒業したての社会人一年目。なので、毎日教える事ばかりで俺は大変に苦労をしている。


 「センパイセンパイ!そんな事よりもこれ見て下さいよ!」

 「そんな事だと!」

 「いいからいいから、これですよ!」

 「何だ?」


 七峰が見せてきたのはスマホの画面だった。

 そこには一枚の写真が写っていた。


 「これはですね、今日出勤している時に見つけた犬の糞です!」

 「は?」

 「綺麗にハート型になっていたので、センパイと二人で見たいなぁとか思っちゃいまして、撮ってきました!」


 そう言って七峰が、敬礼のポーズを取る。

 その様子を俺は呆れた表情で睨みつけた。

 周りの社員達からも、あそこは何をやっているんだと疑いの眼差しを向けられている。


 このままではこの馬鹿のせいで、俺の評価まで下がってしまう。

 そうなれば、必然的に同期の今宮の中でも俺の評価が下がると言う事だ。


 それだけは絶対に避けたい!どうにかこいつを黙らせなくては!


 「おい。いいから仕事をしろ」

 「ええー。もっと二人でこの犬の糞をみましょうよー」

 「今見なくてはならないのは犬の糞じゃない」

 「じゃあ何ですか?」

 「このPC画面に映る模擬企画書だ!」


 俺は若干キレた。その勢いのまま七峰の頭を鷲掴みにして、七峰の顔を俺のPC画面に近づけてやった。

 だが一つ言っておく。これはパワハラではない、教育だ。


 七峰は渋々と言った感じで模擬企画書に目を通し始めた。

 すると七峰がある指摘をしてくる。


 「センパイ、たぶんこの企画書は駄目ですね」

 「どこか変か?」

 「だって今の時代、冷やし中華なんて流行らないですよ」

 「はぁ?毎年コンビニの冷やし中華は人気じゃねえか」

 

 七峰が何も分かってないなぁと言う表情で、俺を見下したように見てくる。

 その顔が俺にとっては物凄く不快でしかなかった。


 「だから何って感じです。センパイはウチのコンビニの客層って見てますか?」

 「当たり前だ」

 「だったら冷やし中華なんて普通選ばないですよ」

 「理由は?」

 「ウチの客層は、10代から20代が一番多いんですよ?その年代は冷やし中華なんて食べないですよ」


 そうなのか?俺だって20代だが、毎年普通に食っているぞ。

 まさかこいつ、何の根拠もなくただの偏見で言ってるんじゃないだろうな。


 「データはあるのか?」

 「データと言うか、私の感覚ですかね」

 「感覚だと……。人を馬鹿にしてんのか!目に見えるデータを持ってこい!」

 「そんな事言われても困りますよー。でも私を信じて下さい!冷やし中華はやめた方がいいです!」


 七峰がいつにも増して食いついてくる。

 よくも感覚だけでそこまで言えたもんだ。

 しかし、ここまで言うからには何かいい企画があるのかも知れん。

 それを聞いてみて判断するか。


 「分かった。お前がそこまで言うのなら考えてやってもいい。これはお前の企画でもあるわけだしな」

 「本当ですか!」

 「だが、お前の提案する企画が良かったらだ」

 

 俺の言葉に七峰は、ニヤッと笑った。

 やはり何かいい企画があったみたいだ。


 「ふふふ。冷やし中華なんかより、絶対売れる企画が私にはあります」

 「ほう、言ってみろ」

 「スイーツです!」

 「で?どんなスイーツだ?」

 「……」


 は?あれだけ自信満々に言っておいて、具体的には何も考えていなかったのか?本当の馬鹿なのかこいつは。

 七峰が困ったように両手の人差し指で顳顬をぐるぐるとし始めた。


 「今日中に具体的なスイーツを考えて俺に提出をしろ。それが良ければお前の企画で模擬企画書を作成していく」

 「……はい」


 一気に元気がなくなり、テクテクと自分の席へと戻って行く七峰。

 その後ろ姿を見つめながら、俺は家にいる乃亜の事を考えた。


 あいつは今頃何をしているのだろうか。

 余計な事をしてなければいいのだが……。


 そんな事を思いながら、自分の作業に戻った。


 そして定時間際、七峰が俺の席へとやってくる。

 顔が晴れやかになっていたので、何かいいものが出来たのかも知れん。


 「七峰か。出来たのか?」

 「はい!私の自信作です!」

 「よし、見せてみろ」


 そう言うと、七峰がニヤニヤしながら俺に企画書を見せてきた。

 早速確認してみる。


 ほう、夏を意識したスイーツね。

 マンゴーとレアチーズムーズのスイーツか。砕いたクッキーにレアチーズムース、スポンジケーキ、マンゴームース、マンゴー果肉を重ねて最後にホイップクリームを絞ると。

 なかなか良いじゃないか。これはいけるかもな。


 「うん。良いんじゃないか」

 「本当ですか!」

 「それで、誰に手伝ってもらった?」

 「え……」


 俺が無表情でそう聞くと、七峰はバレた!と言う顔で目を背ける。

 こいつは絶対に嘘がつけないタイプだ。

 すぐに顔や態度に出てしまうので、手に取るように全てが分かってしまう。


 そして俺がじーっと七峰を見つめていると、七峰の後ろから一人の小柄でふくよかなメガネを掛けた男性が現れる。


 「だから言ったじゃないですか。絶対櫻井さんにはバレるって」


 そう言いながら現れたのは、俺の後輩で友達の細川慎吾ほそかわしんごだった。こいつが一枚噛んでたとは、一体七峰にどんな条件を突きつけられたんだ?後からしっかりと問いただしてやる事にした。


 俺は席を立ち、二人を飲みに誘った。

 この企画についてもっと詳しく練りたいと言う気持ちと、二人の間にある目に見えない契約について。それと、個人的に細川には相談したい事もあったのだ。


 こうして俺達三人は、会社を上り帰り道にある居酒屋へと入って行った。


 



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