第3話 乃亜

 俺は目覚まし時計の音と共に、眠りから目を覚ました。

 目覚まし時計の音と言うのは、どうにも好きにはなれない。

 耳障りな音がとても大音量で響いてくるし、過度のストレスがかかってそうで目覚めが悪い。

 だが利用せざるを得ないのもこれまた事実。あの音は、目覚めるのにはとても効果的なのだ。

 たぶんだが、強制的に目覚めさせる為、そう言う音で作られているのだと俺は思う。知らんけど。


 朝から目覚ましについて深く考えていると、リビングの方からガチャガチャと騒がしい音が聞こえてきた。

 一体なんだ?俺は独身で、このマンションには俺一人しか住んでいない筈。

 なのに他に誰かがいるみたいに、凄まじい物音が聞こえてくる。


 俺はそっと、リビングの方へと近づく。

 足音を鳴らさず、見た目は完全に泥棒だ。スライド式の扉があり、そこが少し開いていたのでリビングから光が漏れていた。

 なのでひっそりとリビングを覗く。視界に入ってきたのは、女子高生が慣れない手付きでわちゃわちゃと料理をしている様子だった。


 は?何で家に女子高生が?

 起きたばかりで寝ぼけているのかと思い、頬をつねったりもしてみた。

 しかし、リビングで居る女子高生は全く消えない。

 どうしようかと考えた俺は、もう一度よく女子高生の顔を見てみる事にした。


 じーーーー。


 あ……。若干だが思い出したぞ。

 確か昨日の夜、訳のわからん女子高生が家に来たような……。

 ええと、名前がなんて言ったけな。

 

 俺がそんな風に昨日の事を思い出していると、リビングで料理をしていた女子高生がこっちを見てきた。

 そして近付いてくる。


 俺は咄嗟に隠れ場所を探したが、周りにはベッドしかなかった。

 少し離れた場所にクローゼットはあるものの、移動する音とクローゼットを開く音でどっちにしろ居場所がバレてしまう。

 

 だから俺は、自分からリビングへと行く事にした。

 その方が先制して話が進められると思ったからだ。

 こう言う場合、相手には絶対に主導権を握らせてはならない。それが鉄則だと何かの本で読んだ気がする。


 そんな事を考えながら扉の前でしゃがんでいると、相手がもうすぐ側まで来ているのが感じ取れた。

 

 よし、今だ。


 そう心で合図を出し、目の前の扉を左にスライドさせる。

 すると、リビングと寝室が完全に吹き抜け状態となり俺と女子高生がハッと顔を合わせる。


 その瞬間、女子高生がニコッと俺に笑掛けて冷静なテンションで挨拶をしてきた。

 

 「おはよう、お父さん。寝坊しなくて良かったね」


 そんな風に言われた俺は、色々と昨日の記憶が蘇ってきた。

 この声、このテンション、そして俺の事を何故か自分の親父だと勘違いをしている謎の女子高生。確か名前が、櫻井乃亜って言ってたような……。


 そこまで思い出したら、後はこいつを追い出すだけだ。

 昨日は夜遅かったから泊めてやったが、もうこの女子高生を置いてやる理由がない。リスクはあっても、メリットが全く無いのだ。

 

 なので俺は、ストレートに乃亜へ伝えた。


 「そんなのはいい。もう帰ってくれ」


 俺がそう伝えると、乃亜は「え?」と言う顔をして言葉を返してくる。


 「急にどうしたの?」

 「急じゃない。昨日から伝えていた筈だ」

 「娘を野垂れ死にさせる気?」


 乃亜が俺の目をじっと見つめながらそう言った。

 その目からは、何か分からないが色んなメッセージが込められていた様にも感じ取れた。具体的にコレと言うのはわからないが、この女子高生には何かあるのだと何となく目を見れば分かったのだ。


 まあ、何一つ根拠はないのだが。


 そして俺は、乃亜が言ってきた事への返事をする。

 彼女が求めている正確な言葉の回答はわからなかったので、無難な言葉をチョイスした。

 それなりに人生経験を積み、様々な女性を見てきた俺だからこの答えに辿り着いたのだろう。まあ女性とのお付き合い経験はゼロなのだが。


 「その前に自分の家へ帰れ」

 「それは無理」

 「何でそこまで帰る事を嫌がるんだ?」


 少し踏み込んだ質問をした。

 乃亜が自分の家へと帰りたくない理由、それが分かれば色々と見えてくる筈だと思ったからだ。


 しかし、乃亜は悲しそうな顔をして首を横に振った。

 

 「今は話せない。話したくない」


 そう言うと、乃亜が俺の胸に抱きついてきた。

 俺はどうしていいか分からず、あたふたする。


 なにせ、女子高生に抱きつかれるなんて事は生まれて初めての経験だったのだ。それに、女性という存在自体に俺は免疫がなかったので余計にテンパっていた。


 ど……どうすれば。

 

 俺が困っていると分かったのか、スッと乃亜が俺から離れる。

 そして俺の顔を見て、クスッと笑う。


 「ごめんね。突然変な事しちゃって」

 「い……いや。俺の方こそ、なんかすまん」

 「お父さんは何も悪くないよ」


 そう言うと、乃亜が床に正座で座る。

 すると、ゆっくりと床に頭を付けて土下座の形をとった。


 「お父さん、少しでいいので私をこの家に置いて下さい。今は詳しい理由は言えないけど、その時が来たら必ず全部話すから」


 土下座をしたまま、乃亜が真面目なトーンでそう言った。

 俺も真剣にその言葉を聞きながら、乃亜の両肩に触れる。


 「頭を上げてくれ」


 そう一言言って、顔を上げてもらった。

 顔を上げた乃亜の目は、少し赤かくなっていた。


 俺は乃亜をソファへと座らし、お互いに一旦気持ちを落ち着かせる。

 自分の中でも、いろんな感情がごちゃ混ぜになっていたのだ。

 少しの時間でいい。考える時間が欲しかった。


 乃亜をこのまま出て行かせるか、それとも少しの間この家に居てもらうか。

 あんな姿を見せられては、俺の中ではもうほぼほぼ答えが出ていた。

 だが後一押し、何か決定的な理由が欲しかったのだ。


 その理由を考える為の時間と言ってもいいだろう。

 見知らぬ女子高生と一つ屋根の下で共に生活を送る。それがどれだけリスキーでそれがどれだけ覚悟のいる事なのか、再度自分の中で確認をする。


 そして乃亜と顔を合わせる。

 乃亜は先程と変わらず、少し悲しそうで寂しそうな表情を浮かべていた。


 「乃亜、俺はお前の事をよく知らない。でもな、お前が抱えている悲しみだったり苦しみみたいなものは目や表情で何となくだが伝わってきた。だから、少しの間ならここに居てもいいのかなってそう思ったのだが……」


 俺は少し、照れくささも交えながらそう言った。

 そんな俺の言葉を聞いた乃亜は、口角を少し上げニコッと微笑んだ。


 「嬉しい。ありがと、お父さん」


 そう微笑みながら言って、また俺に抱きついてきた。

 俺の胸辺りに顔を埋めて、何度もありがとうと呟いていた。


 たぶん涙も流していたのだろう。

 少し自分の肌着が濡れているのを感じた。


 それからふと、台所を見た。

 確か乃亜が料理をしていた筈なのだが……。


 するとそこには、人間が料理をしていた後ではなく、怪物か何かが料理をしたみたいな悲惨な状況が目に飛び込んできた。


 「おい乃亜。あれは何だ」


 俺は抱きついてきていた乃亜を引き離し、台所を指差しながら問い詰める。

 乃亜はんーと考えるふりをしながら、ニコッと笑う。


 「お父さんの為に、朝ごはんを作ろうと思って……」

 「朝ご飯を作るだけで、何故あんなにも汚れるんだ」

 「さぁ、何ででしょう」

 「お前がやったんだろうが!」


 こうして俺と乃亜は正式に一緒に住む事となった。

 そしてその日の朝から、早速問題を起こしてくれた乃亜だった。



 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 



 

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