第2話 お父さんと呼ぶな

 シーンと静まり返るリビング。

 そこには寝巻き姿の俺ともう一人、得体の知れない女子高生が向かい合って座っていた。


 ニコニコと、不敵な笑みを浮かべながら俺を見てくる女子高生。

 何とも居心地の悪さを感じさせてくれる……自分の家なのに。


 俺と女子高生はお互いが話し出すのを待っている。

 だが俺から話し出そうにも、一体何から話せばいいのか分からなかった。

 そりゃ、聞きたい事は山ほどある。

 しかし、頭の中でまだこれまでの事を整理が出来ていなかったのだ。


 だからまず俺がとった行動は、台所に行き適当なコップを2つ取ってお茶を入れた。

 それからリビングに戻り、女子高生にお茶を出す。


 「これ」

 「……ありがと」


 お互いに一言だけ会話をして、お茶を飲む。

 そしてまた、気まずい空気へと戻った。

 しかし、流石に痺れを切らしたのか女子高生が先に口を開く。


 「もう、お父さんったらずっと気まずそうにして」


 女子高生はクスッと笑いながらそう言った。

 

 「いや、普通に気まずいだろ。つか、お父さんじゃねぇ」

 「え?お父さんだよ。あなたは私のお父さん」


 俺の返答に何言ってんの?と言う顔をして、女子高生が断言してくる。

 一体彼女は俺の事を誰と勘違いしているのか、そこがとても疑問だった。


 だが、今はそんな事よりもどうにか父親ではないと証明しなくてはならない。

 俺は脳をフル回転させ、咄嗟に思いついた言葉を口にした。


 「いい加減にしろ。俺はまだ童貞だ」

 「なるほど。この時のお父さんって、まだ童貞なんだ」


 クスクスと笑いながら、女子高生が『童貞』と言う言葉に反応していた。

 その様子を見ていた俺は、今更だが自分の発言の恥ずかしさに気づく。


 まじで俺、何女子高生相手にさらけ出してんだよ。


 自分が父親ではないと言う事を、どうにか証明しなければと考えた末の決断だった。

 しかし、この馬鹿な決断に今更ながらとても後悔を感じていた。


 「すまんが、今の発言は忘れてくれ」

 「それは無理かも」

 「忘れろ」

 「恥ずかしいんだね」


 女子高生がまたもやクスッと笑いながら、俺を揶揄からかってくる。

 俺は顔を真っ赤にして、女子高生を睨みつけた。


 何とも不愉快極まりない奴だ。


 この女子高生を今すぐにでも追い出してやろうと思ったのだが、それはそれで問題になりそうだったから我慢した。

 そんな俺に、女子高生が軽いテンションで話をしてくる。


 「お父さんって今、会社の人に片思い中だよね?」

 「は!?なんでお前がその事を!」

 「あはは、だって娘だもん」


 女子高生が可笑しそうに笑っている。

 そんな女子高生を、不審者を見るような目で凝視する俺。


 おかしい。

 実におかしい。


 何故誰にも言った事がない情報が漏れているんだ。

 それも、あんな見ず知らずの女子高生に。


 何もかもが怪しく思えてきて、家中のありとあらゆるところを捜索しようと決意した。何処かに盗聴器が仕掛けられている可能性があるからだ。


 そう思い、動こうとした瞬間に女子高生が話を続けてくる。


 「それに、こんな事も知ってるよ」

 「……何だ?」

 「5年間片想いをしているのに、その相手を一度も食事へ誘えていない事とか?毎日その人の事を考えて、変態な妄想をしている事とか?まだまだあるけど、聞きたい?」


 人差し指を立て、クルクルと回しながら俺の恥ずかしい秘密を連呼する女子高生。

 それを言われた俺は、硬直していた。

 恥ずかしさからなのか、何故そんなにも俺の事に詳しいのかと言う恐怖からなのか。


 今の俺は、若干のパニック状態でそれすら正確に分からないでいた。


 「おい、お前は一体何なんだ」

 「だからさっきから言ってるよ。あなたの娘だって」

 「そんな事信じられるか」

 「じゃあ、私が実の娘かどうか……ヤって確かめてみる?」


 そう言って女子高生が、着ていた服を脱ぎ始めた。

 突然の事で、俺はどうしていいか分からないでいる。


 しかし、女子高生を部屋に入れているうえにそんな行為までしてしまったら……。

 そんな事を冷静に考えたらとても怖くなってきた。


 それに頭の中には、警察、法律、社会的制裁、犯罪者、そんな言葉ばかりが浮かんでくる。


 これは洒落にならないやつだ。今すぐにやめさそう。


 そう思い、女子高生を見ない様に下を向きながら言葉を発する。


 「女子高生。服を着ろ」

 「何で?」

 「何でって……、俺は好きな人としかしないからだ」

 「紳士なんだね」

 「ほっとけ」


 顔を上げるとすでに下着姿になっていた女子高生が、俺の言葉で服を着始める。

 しかし、やはり俺も男。

 見ない様にしてても、チラチラと女子高生の体に目がいってしまう。


 それに何と言うか、すごくスタイルが良いような気がした。

 育っているところはしっかり育っているし、ボディラインも素晴らしい。


 身長はそれほど高くはないのだが、そこもまた彼女の可愛らしさを際立たせているのだろう。

 甘栗色の綺麗なロングヘアーをたなびかせながら、女子高生は俺に言う。


 「やっぱりあなたは、私のお父さんだ」

 「何でそうなる」

 「良い人……だからかな」

 「じゃあ良い人はみんなお前の親父か?」

 「そう言う意味じゃないんだけどなぁ」


 女子高生の沸きらない返答に、俺は納得がいかなかった。

 だが、時間も23時を周っていたのでこれ以上はやめておこうと自分の中でストップがかかる。


 「女子高生、俺はもう寝るから。お前もそこのソファで寝ていいぞ」

 「はーい」

 「あとこれ使え」

 「ありがと」


 俺はクローゼットから引っ張り出してきた掛け布団を、女子高生に渡した。

 流石に何も無しでは、風邪を引かれると思ったからだ。


 「やっぱりお父さんは良い人だよね」

 「さっさと寝ろ」

 「照れてる」

 「黙れ」


 そんな会話をして、俺は自分の寝室へと向かおうとした。

 が、しかし、ある事が気になった。


 あの女子高生の名前って、確かまだ聞いてなかったよな。

 家に泊めると言うのに、名前を知らないのはかなり不自然だ。

 なので俺は、最後にそれだけ聞いて寝る事にした。


 「女子高生、最後に一つだけ聞いていいか?」

 「別にいいよ」


 女子高生が、ソファで仰向けになりながら軽く返事をした。

 何と無防備な体制だ!と思ったが、そこはあえて触れない事にする。


 「名前を教えてくれ」

 「あ、そっか。まだ言ってなかったね」

 

 そう返事をしてくると、体を起こしソファの上で正座をした。

 名前を言うだけで、何をそんなに畏ってんだ?


 そんな風に思いながら、俺も真剣な表情で女子高生の言葉を待つ。


 「乃亜だよ。櫻井乃亜さくらいのあ

 「変わった名前だな」

 「お父さんが付けてくれたんじゃん」

 「いやいや、俺はそんな変わったセンスしてねえよ」

 「うわ……すごく傷ついた」


 乃亜が胸辺りを押さえながら、とても辛そうな表情を浮かべてきた。

 そんな姿を見せられては、謝る他に選択肢が出てこなかった。


 「悪い。言い過ぎた」


 心を込めてそう言った。

 確かに人の名前を馬鹿にする様な発言は良くなかったと思う。

 それも、相手は俺よりも年下で女の子。

 本当に申し訳ないと言う気持ちで、心の中が一杯だった。


 「嘘だよ。本当は全然気にしてないし」

 「は?何だよそれ」

 「お父さんを揶揄ってみた。本気で焦ってたね」

 「あれで焦らない奴なんていねえよ。それに、次やったらまじでキレるからな」

 

 俺は全力で不機嫌な態度をとった。

 これくらいしないと、乃亜のふざけた態度が治らないと思ったからだ。

 大人は怖い存在だと、少しは感じてくれるといいが……。


 「ごめんごめん。こうやってお父さんと話すのも久しぶりだったから、思わずふざけ過ぎちゃった」


 乃亜がとてもしんみりとした様子で、そう語った。

 その表情はまるで、何か大きな悲しみを抱えている人間の顔だった。

 どう声を掛けていいのか分からず、俺はただじっと乃亜を見つめる事しかできなかった。


 「なんかしんみりさせちゃったね」

 「いや、別に」

 

 何かいい言葉掛けがないかと考えたが、結局何も浮かばなかった。

 なのでこの有り様だ。


 そしてどうにか雰囲気を変えようと、続けて俺が話す。


 「そうだ。寝る前に一応俺の名前も教えとくわ」

 「いいよ。もう知ってるし」

 「は?何でだよ」

 「何回も言ってるじゃん。娘だから」


 乃亜が少し呆れた表情で、返答してくる。

 それに対して俺は、何も言葉を返せずにいた。

 名前を知られ、誰にも言っていない秘密を知られ、ここまでくると本当に我が娘ではないのかと信じてしまいそうになる。


 「お父さん?大丈夫?」

 「お父さんと呼ぶな」

 「それより、もう24時過ぎてるけど」

 

 そう言われ、俺も時計を確認する。

 テレビの前に置いてあったデジタル時計は、24時20分と表示していた。


 やばい。

 明日も朝から仕事なのに、こんな事をしている場合ではなかった。


 「俺はもう寝る」

 「うん。お休み」


 こうして俺の、散々な一日は終わっていった。


 


 

 


 

 

 



 





 


 

 


 


 


 

 

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