第20話

 「ようこそ。ここが魔道具開発部だ」

 案内された場所はこじんまりとした教室。

 教室にたくさんの実験器具や、魔道具と思われる物が置かれ、人が活動できそうな範囲はあまり広くない。

 「整理もできてない、狭い場所だけどね。片付けたいとは思っているんだけど、器具とかも全部必要なものだし、一度作った魔道具は余り捨てたくなくて。あ、失敗作とはちゃんと捨てているよ?」

 「そうですか。でもこの学園無駄に広いですし、空き教室ならたくさんあるんだから、空き教室一つもらって道具置き場にすればいいんじゃないですか?」

 「そういうわけにはいかないんですよぉ」

 玲於の率直な疑問に伊織が答える。

 「この学園は家をなくした人の仮住宅としての意味持っていましてぇ。すべての部活に自由に教室を使わせて、空き教室がなくなるわけにもいかないんですよぉ」

 「あぁ、そうなんだ。文化部に与えられるの部室の数は文化祭の成果によって決められんだ」

 剣魔学園の文化祭では文化部が出し物を行う。そして、その出し物は生徒による投票によって順位が付けられ、その順位の高さに応じて部費や部室の数が決められる。

 「魔道具開発部の順位は最下位。だから、部室の数も一つってことさ」

 唯我は自嘲気味につぶやく。

 「そうですか」

 「まぁ、そういうことだ。それでどうする?どうだ?俺が作った最高傑作でも見るか?」

 「えぇ、ぜひ見させてください」

 「待ってろ。今持ってくる」

 唯我部室の奥に行き、大事そうに大きな箱を持ってくる。

 「これだ」

 唯我が取り出したのは一つの真球。

 「これはなんですか?」

 「魔力をためておく物だ。これを使えば少ない魔力量の人でも大規模な魔法を使えるようになる」

 魔力はレベルが上がれば魔力量が増えていく。しかし、人には魔力の成長限界が存在する。個人によってそのレベルは違うが、あるレベルに到達すると魔力量が一切伸びなくなる。

 「へぇー、便利なものですね」

 玲於は唯我の魔道具に強い興味を示し、唯我に様々な質問を出す。

 

 「ふぅー、すごいものですね」

 「あぁ、そう言ってくれて嬉しいよ」

 玲於と唯我が楽しそうに話していたのを横から見ていた伊織が羨ましそうに、というか射殺さんばかりの視線でにらみつけていた。

 「ふふふ、これは俺の目的のために必要なものなんだ」

 「目的ですか?」

 「あぁ、そうだ。俺らの目的は魔力量が少ない人でも活躍できるようにすることだ。俺は魔力量が絶望的に少ないからな。だから俺は……。いや、これを言う必要はないな。すまない」

 「いいじゃないですか。その目的。僕はその目的を応援しますよ。僕はこの部活に入ることにしますよ」

 玲於は唯我に笑いかけた。

 「ありがとう……!これで彼女との約束も……!」

 「彼女?」

 「あぁ、そうだ。この魔導開発部を作った人だよ。もう卒業してしまっているがね。あの人と俺は約束したんだ。魔道具開発部を存続させ、俺らの目標を達成させると。彼女のおかげで俺は……!玲於が入って来てくれたおかげで俺が卒業しても魔道具開発部は少なくとも一年は続くだろう。やっと一歩前進したよ。俺らの目標はね。俺のような魔力量が低い人でも活躍できるようにすることなんだ」

 伊織はそれを聞いて唯我を見る目が柔らかくなる。

 なんだ、もうお相手がいたのかと。

 お相手がいるのならば玲於をたぶらかすようなことはないだろう。

 「神崎 伊織さんどうかな?」

 「えぇと、入るかどうか唯我先輩と二人きりでお話をしたいんですけどぉ」

 「あぁ、わかった。ちょっと神埼 伊織さんと話してくるから、待っていてくれるかな?」

 「はい」

 「あぁ、この部室にあるものは自由に見ていてくれてかなわないから」

 「わかりました。好きに見ていますね」

 「あぁ」

 

 伊織と唯我の二人は部室から離れる。玲於の万能さも考慮し、絶対に聞こないであろう場所まで過剰なほどに離れる。

 「唯我先輩」

 「なんだ?……ひっ!」

 前を歩いていた伊織が唯我の方に振り向く。

 そして、伊織の顔を見た唯我は情けない悲鳴を上げる。

 瞳には闇のように暗く光を閉ざし、口元は三日月のように歪み、嗤っていた。

 「私は玲於君のことが大好きなんですよぉ。私は玲於君のすべてを愛しているんですよぉ」

 玲於への愛を語る伊織は顔を赤らめ、恍惚とした表情をしていた。

 「ですからぁ、唯我先輩は邪魔なんですよぉ。私は玲於君と二人きりになりたいんですぅ。わかりますよぉねぇ?」

 「あ、あぁ!」

 「あぁ、何も部活に来てもらっても構いません。ただ、少し。そうですねぇ。毎回の部活動の時間の30分ほどだけいなくなって貰えればぁ、私としても嬉しいですぅ」

 「あぁ。わかった」

 唯我は玲於に対して罪悪感を覚える。

 自分がこの狂人に対して何も言えないこと。何も出来ないこと。大人しく言うことを聞いてしまう自分の情けなさに泣きそうになる。

 「本当ならぁ、玲於君は私以外と話すのなんて耐えきれないんですよぉ。あの甘ちゃんならともかく、玲於君に色目を使うあの薄汚い雌豚が玲於君と話し、あまつさえ、一緒に暮らすなど。今すぐにでもあの雌豚を八つ裂きにしてやりたいところなんですがぁ、玲於君は優しいのでぇ、あんな雌豚でも死んだら悲しんでしまうと思うんですよぉ。私は玲於君を悲しませたくはないのでぇ。あ、唯我先輩は特別に許してあげますよぉ?どうやら唯我先輩には想い人がいるようですのでぇ」

 「あ、あぁ」

 想い人がいるという発言が伊織以外の人から言われれば彼は赤面したことだろう。だが、今彼の表情は真っ青に染まっている。

 ただただ、目の前の狂人が怖かった。逃げ出してしまいたかった。

 「あ、あ。そろそろ戻らないか?玲於を待たせてはならいと思うんだが」

 「あぁ、そうですねぇ」

 その一言を聞いて伊織の表情が変わる。最初に出会ったときのような普通の表情に。

 「あぁ、先輩。私のことはなんと呼んでくれても構いません」

 「あぁ、そうか。じゃ、じゃあ神埼と呼ばさせてもらうよ」

 「はいぃ。わかりましたぁ。では戻りましょうかぁ」

 「あ、あぁ」

 伊織と唯我は魔道具開発部の部室に戻った。

 

 「何をしているんだい?玲於?」

 唯我は内心の動揺を押し殺すように自分の最高傑作をじっと観察していた玲於に話しかける。

 「あぁ、興味深かったものでして」

 「そうか、そう言って貰えると嬉しいよ。あぁ、後別に俺との話し方は敬語じゃなくてもいいぞ?」

 「そう?じゃあ遠慮なくタメ口で話させてもらうよ」

 「あぁ、構わない。じゃあ、この部活のルールとか実験器具とかの話しをさせてもらうよ」

 「「はい」」

 二人の部活動初日は様々なことの説明から始まった。

 

 ■■■

 

 「どこに入ることにしたんだ?部活」

 玄関で各々の部活動を終わらせた玲於達4人が集まっていた。

 「あぁ、うん。僕は魔道具開発部に入ることにしたよ」

 「私も同じ部に入ることにしましたぁ」

 「そ、そう。よかったわね」

 二人が同じ部活に入ったということを聞いて葉月が動揺する。

 覚悟はしていたが、実際にそうなると嫌な気分になる。

 それと同時になぜ玲於と伊織が同じ部活に入ったと言うだけで動揺し、嫌な気分になるのか。それに疑問を抱いた。

 「そうかぁー。魔道具開発部か。全然聞いたことがないが、どうなんだ?」

 「唯我先輩はいい人だし良い部活だよ?魔道具も奥が深そうで楽しみ」

 「玲於君楽しそうでしたぁ」

 「そうか。そうか」

 玲於が楽しそうにしていたということを聞いて隼人は嬉しそうにする。

 「きっと玲於が作る魔道具はすごいんだろうな」

 「……とんでもないことになりそうね」

 一緒に暮らし、玲於が使う魔法の多様さと万能さをよく知っている葉月が体を震わせる。

 もう日本を変えるような魔道具を作ったとしても全然驚かない。

 というか、作るんだろうなー。と諦観まじりで思う。

 「それにしても、家に帰ったら奈弓によく聞いておかないと。魔道具あんなに可能性がありそうなのになんで魔道具開発をしないのか」

 政府が行っていることをすべて知っている玲於はそう息巻いた。

 そして4人は雑談をしながら、それぞれの家に帰った。

 

 「奈弓。あの雌豚のお姉ちゃんですぅ。きっと表面上を取り繕って玲於君に媚びを売る薄汚い雌豚ですぅ。私が玲於君を救ってあげないといけません!」

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