第15話
東北地方 旧青森
「……見つけた」
一人の少年が無様に逃げるミノタウロスの首を簡単に斬り飛ばす。
切りつけた断面を焼く黒炎はミノタウロスの再生を許さない。
しばらくすると、ミノタウロスは光となって消え、そこに魔石だけが残された。
「玲於様、ご報告が」
「……ん。何?……ブロン」
葉月がミノタウロスを倒していた頃、遠く離れた場所でミノタウロスを狩っていた玲於は女性の声を聞いて振り向いた。
そこに立っていたのは一人の女性。
その女性は銀髪ショートでスーツを身にまとった見麗しい美女、ブロンがそこに立っていた。
「北海道での反乱の準備が完了いたしました。そして政府より北海道に派遣されていた冒険者たちの離反工作にも成功しております」
「ん。……よく、やった」
玲於は無表情のままブランをねぎらう。
北海道での反乱の準備とは、玲於が雲の下から出てきた頃からずっと進めていた計画のひとつだ。
冒険者たちを集め、反乱を起こし、独裁政権を建て、民衆を支配する。
これが玲於の計画である。誰でも考えられるすっごい単純明快な計画である。
冒険者たちは何もしないくせに文句ばかりはいっちょまえな民衆への不満はたまりにたまりまくっていたので、政府から派遣された冒険者を離反させるのは実に容易だった。
「我々が行う政策として、基本は日本国憲法で、年金制度の廃止、生活保障制度の廃止、風俗法等の廃止、花街の建設などで良いでしょうか?」
「……ん。好きに、して。僕は口出ししない。……民主主義が壊れるなら、僕はそれで、いい」
「そうでしたね。『大衆の多くは無知で愚かであり、女のように感情で動く』政治に感心も示さず、戦争反対と言いながら憲法や新法律を知ることすらなく、何もせずただただ文句を言い、喚き散らす。そんな大衆が政治に口出しできる権利を持つなど、愚かの極みだとしか言えません」
「……ん。すごい、こき下ろすね」
「当たり前です。彼らが政治に口出しして何の得があると?彼らは足を引っ張ることしか出来ませんよ」
ブロンは普段ピクリとも動かさない表情を不快に歪ませ、心底嫌そうに吐き捨てた。
「……ん。まぁ、好きに、すればいい。……でも、大量殺戮、粛清は、駄目」
「心得ております。玲於様には北海道に勇者が来ないように誘導していただきたいのですが」
「……ん。任せて」
玲於は力強く頷く。
「それでは、北海道の反乱を決行させてもらいます」
「……ん」
「ところで、玲於様はなぜこんなところに?」
「……ん。学園の方で、少し」
玲於はミノタウロスを魔法で再現したから、今度北海道に隼人たちと行くときにミノタウロスと出会ったら色々おかしなことになってしまうと考えた玲於はわざわざミノタウロスを探して倒しに来たのだ。
だからわざわざ普段使わない分霊の魔法を使い、ここまで来たのだ。
まぁ、どこで奈弓と葉月のお姉さんがミノタウロスと戦ったのは知らないが、ここまで逃げていたのは玲於からしても普通に驚きだった。
「そうでしたか。私は玲於様と直に会えて大変幸せでございました。それでは私は自分の職務を果たしてまいります」
「ん」
ブランは固有スキル『転移』を使い、この場から消えた。
「……僕も戻る、か」
玲於も分霊の魔法を解除し、この場から消えた。
分霊の魔法は自分の魂を分ける魔法なので、分霊が倒されると本体の方の力もごっそりと失われてしまうため、便利ではあるが非常にリスクが大きくて気軽に使えない魔法である。
■■■
「やった……!やったんだ……!私は!」
「よかったね!」
「うん!玲於の、玲於のおかげだよ……!
しばらくは呆然としていたのだが、ミノタウロスを倒したことへの現実感が出てきたのか、葉月は喜びを爆発させる。
そして、そのまま喜びのままに玲於に抱きつく。
「はっ!」
だが、すぐに我に返り頬を真っ赤に染め、玲於から離れる。
「か、勘違いしないでよね!べ、別にあんたのちからなんてなくても平気だったんだから!」
「?」
突然怒り出した葉月に玲於は首をかしげる。
情緒不安定かな?
「ま、まぁ少しくらいは感謝してあげてもいいわよ……。その、ありがと」
「えへへ、どういたしまして」
だが、お礼を言ってもらえたことで玲於は嬉しそうに頷く。
これで自分が死んでくれたとき葉月が泣いてくれる可能性が高まったと感じ、玲於はとても満足である。
「ねぇ、大丈夫?」
視線をもうすでに興味を失った葉月から気絶している二人に移す。
「うぅぅぅぅぅ」
「あぁぁぁぁぁ」
二人は呻くだけで、うんともすんとも言わない。
「起きて」
「がはっ」
玲於は容赦なく隼人を蹴り起こす。
「えいや」
「ぐほぉ」
そして、そのまま伊織も蹴り起こす。
「い、いってぇ」
「あん!……い、いたいですぅ」
「ちょ!?伊織にも!?女の子なんだからもう少し優しく」
伊織が上げた色っぽい悲鳴には誰も触れない。
『いたいですぅ』と伊織が上げた悲鳴が蹴られてから少し間がたっていたことにも誰も触れない。
隼人だけじゃなく伊織にも容赦なく蹴りを入れた玲於を見て葉月は慌てる。
「ん?この世は男女平等。女だろうが関係ない。男でも女でもドロップキックを食らわせられるような人間にならないと」
「そ、そうかも」
玲於にそう言われ、葉月は納得しかける。
「いや、たとえ男でも女でも暴力はやめてくれ。いてぇ」
「そうね!」
だが、蹴られた張本人がそもそも暴力はいけないと訴え、葉月は頷く。
「起きないのが悪い」
玲於は一切悪びれなれる様子は見せない。堂々とした態度である。
「ふー、というか、ミノタウロス倒せたんだな」
「うん」
葉月は嬉しそうにこくりと頷く。
「そうか、良かったな」
「良かったですぅー!葉月ちゃん!」
隼人は軽く葉月にねぎらいの言葉をかけ、どれだけ葉月がミノタウロスの討伐を望んでいたかを知っていた伊織は葉月に抱きつく。
「うん!」
「ふー。ところで、だ。この後どうする?」
隼人が無事にミノタウロスを倒せたことに対して安堵のため息をついてから、玲於にそう問いかける。勝手にダンジョンに侵入し、ミノタウロスと戦ったとなれば先生から与えられる処罰はかなり大きいものになるだろう。
「ん?報告しないで良いんじゃないかな?バレなきゃいいんだよ。バレなきゃ」
「いや、さすがにそれは……。調査のこととかもあるし」
「ははは、大丈夫大丈夫。奈弓さんがなんとかしてくれるよ」
心配そうな隼人に向けて玲於は自信満々に頷く。
「そ、そうか。奈弓さんなら大丈夫か」
奈弓の名前を聞いて隼人は安心したような表情を浮かべる。
ふむ。本当に奈弓は何をしたのだろうか。と玲於は至極当然の疑問を覚える。なんでこんなにみんなからの信頼が厚いんだろうか。
「じゃあ、帰ろうか」
玲於の魔法を使い、また誰にも気づかれることなくダンジョンから楽に抜け出した。
■■■
「ただいま!」
葉月は元気よくドアを開け、家に入る。
その後ろを玲於が続く。
「聞いて!お姉ちゃん!」
ミノタウロスを倒したことを話したくてたまらない葉月がリビングに急いで向かう。
『速報です。北海道において冒険者による大規模の反乱が発生。一切の通信が取れなくなっています。政府は……』
だが、葉月の耳に飛び込んできた突然の大ニュースを前に固まる。
「え?ヤバ」
ニュースが聞こえていた玲於も呆然とつぶやく。
「嘘……」
ソファでくつろいでいた奈弓も呆然とつぶやく。
「えぇぇぇぇええええ!本当にまずいわ政府が恐れていた最悪の事態になってしまったわ。急いで本部に行かなきゃ!」
政府が最も恐れていた反乱。
まだ未確認生物の発見当時よりは安定し、政府も起きる可能性は低いと政府が判断した矢先のことだった。
奈弓は慌ててソファから立ち上がり、家を飛び出す。
「あ、僕も行く」
玲於もそれについていった。
「え?えぇぇぇぇええええええ!」
走り去る玲於を止めることも出来ず、葉月はその場に一人置いてきぼりを食らったのだった。
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