第13話

 

 「あぁー」

 玲於はソファの上でこれ以上ないほどだらけきっていた。

 「どうしたの?」

 今までにないほどだらけきった玲於の姿に奈弓は困惑する。

 「あぁ、なんか沢山の人に囲まれるのが苦手らしくて」

 困惑する奈弓に葉月が玲於の代わりに答える。

 地上に戻ったとき、玲於はミノタウロス以外には何もいなかったと嘘を付き、傲慢之悪魔王のことはごまかした。

 それでも独力でミノタウロスを倒したことにはかわらず、玲於は注目されることになった。

 女子だけでなく、男子や先生からも話しかけられ、玲於は困惑した。

 葉月からしてみればいつもあんなにたくさんの女子に囲まれているのに今更?と首をかしげる。

 しかし玲於曰く、油断していたとのこと。

 普段は話しかけられると覚悟していて心構えを作っているから平気らしいが、ミノタウロスとの戦闘で疲れていて、心構えを忘れていたから平気じゃなかったらしい。

 「あぁー」

 玲於はだらけながら、傲慢之悪魔王の最後を思い出す。

 僕を加恋に会わせ、わざわざ僕にアドバイスをくれたり、遺言である『後は任せた』などなにか目的があったとしか考えられない。

 だが、その理由がわからない。

 史上最強の生物たる悪魔の王である傲慢之悪魔王が僕に何を任せるというのか。

 それに傲慢之悪魔王が僕になにかを達成させようとしたなら他の悪魔の王はどうなんだろうか。

 玲於は懐かしい男の顔を思い出す。

 「ふっ」

 玲於は苦笑し、男の顔を脳内から追い出す。

 たとえ何があったとしても僕が生き残りさえすればいい。

 ……あぁ、違うか。

 加恋との約束を思い出す。

 「ねぇ、大丈夫?」

 「んー、大丈夫」

 「でも人に囲まれるのは苦手なんだろ?平気なのか?これから先もたくさんの人に絡まれると思うが」

 「それは大丈夫。自分のことを正しく認識できなくする魔法を自分にかけるから。そこらへんの一般生徒だと勘違いするように」

 「え?そんなことできるのか?」

 「うん」

 「お前、本当に便利だな」

 「効果の方は見てのとおりだよ?」

 玲於はそう言って葉月の方を指差す。

 「え?」

 そこには玲於のとんでも魔法に何の疑問を抱いていない葉月の姿があった。

 「何をそんなにお姉ちゃんは驚いているの?」

 葉月は首をかしげている。

 「ほ、本当にすごい魔法なのね」

 「僕、この魔法好きじゃないから転校したときは使わなかったけど、さすがにね。常に誰かが隣にいるってのは嫌だ」

 手の内も出来るだけ見せたくないしね、っと玲於は心のなかでつぶやく。

 用心しておくに越したことはない。

 

 ■■■

 

 

 「あー、学園内迷宮においてミノタウロスが確認された。したがって、ダンジョンは閉鎖されることになった。期限は原因究明と、ミノタウロスの討伐までだ」

 「ミノタウロス……!」

 先生がミノタウロスについて話し、葉月が歯ぎしりする。

 憎悪に顔を歪ませる葉月の隣でどうしてこうなった、と玲於が首を傾げる。

 本来ならこうなるはずではなかった、と。

 確かに僕のことを正しく認識出来なくなくはしたが、事実を歪曲させるような能力はない。

 なぜにミノタウロスが生きているということに?

 「あいつが……!」

 これの影響だろうか、と玲於は葉月の方を向く。

 葉月に魔法をかけたとき、何か違和感を感じた気がしなくもない。

 まぁ、気のせいか。

 玲於はそう納得し、忘れることにした。

 

 「ミノタウロス……!忘れもしない!お姉ちゃんの敵の一人!」

 ホームルームが終わった後、葉月は憎しみを顕につぶやく。

 なるほど。そういうことか。だからあのとき、いの一番に無謀と知りながら突撃したのか。と納得する。

 それと同時に昨日の自分の英断に拍手を送る。

 なんとなく葉月の行動から嫌な予感がした僕は葉月と奈弓に対してミノタウロスについて正しく認識できなくする魔法をかけておいたのだ。

 ただ、それがこの状況を招いたのではないかと思う。

 葉月の怒りがミノタウロスへの思いを捨てきれず、僕の魔法を、この世界の理を魔法も使わず捻じ曲げたというのか。

 僕への認識をそのままに、ミノタウロスへの復讐心を忘れないように。

 となると、僕とミノタウロスの戦いがどうなっているのかがわからない。

 「葉月。気持ちはわかるが、戦いに行くなんてしないでくれよ?」

 復讐の炎を瞳に宿らせた葉月を心配に思った隼人が声をかける。

 「そんなこと、わかっているわよ……!今の私じゃかなわないことくらい……!」

 葉月は悔しそうにつぶやく。

 「ねぇ、葉月のお姉ちゃんってミノタウロスに殺されたのか?」

 玲於は自分の隣に立っていた伊織に聞く。

 「え?あぁ、はい。そうですぅ。今から3年ほど前にここから離れたところのダンジョンが氾濫したんですぅ。その討伐隊の一人だった葉月ちゃんのお姉ちゃんはミノタウロスに殺されちゃったんですよぉ。ミノタウロスは氾濫した魔物たちの中では異常で、圧倒的な強さを持っていたんですぅ。なんとか、討伐隊の人たちはミノタウロスを後少しのところまで追い詰めたのだけど、逃げられてしまったんですよぉ。今もどこかでさまよっていると言われていたんですけど、まさかダンジョンの中にいるとは思いませんでしたよぉ……」

 「へー」

 玲於は納得したように頷く。

 ミノタウロスが葉月の仇。

 じゃあ、そのミノタウロスを狩る手助けをすれば、僕の好感度も爆上がり?僕が死んだときに泣いてくれる?と一人期待する。

 そうすれば加恋との約束を果たせる。

 「ね」

 「バカバカしい」

 だが、玲於が口を開いたまさにその時、玲於の言葉を遮って女の声が割って入る。

 「なんですって?」

 葉月はバカバカしいと告げた女を睨む。

 「ふん。人間なんて滅んで当たり前なのよ。地球に住む他の生物や植物のことを考えようともせず好き勝手に生き、地球の環境を変えてきた!これは神が与えた人間への罰なのよ!」

 ベランダで花壇に植えられていた花に水をあげていた少女が大げさに身振り手振りをつけて話す。

 「あれ、何?」

 「あぁ、魔神教会の人ですぅ。魔物は神が人間に与えた罰だと考える人達でしてぇ。ほら。見てください。あの人ダンジョン攻略試験のとき見なかったでしょう?あの人達は魔物を殺さないんですよぉ」

 えー、何のためにこの学園に来ているの。

 玲於は話を聞き、疑問に思う。

 だが、そんな疑問は置いておいて、玲於は行動を開始する。

 全ては自分が自殺したときのために。

 「何を……!」

 葉月が激高し、立ち上がり少女のもとに向かうよりも早く玲於が少女の方にちかづいていく。

 「な、何よ?」

 「えい」

 玲於は足をあげ、花壇の花を踏み潰した。

 「何を!」

 花をいきなり踏み潰した玲於を睨みつける。

 「何を?おかしなことを言うね?地球の環境を変えた存在は滅んで当然なのだろう?ならば、酸素濃度を上げ、当時の地球の環境を変えた植物は滅んで当たり前なのではないか?人間たちはそんな植物に罰を与える神から選ばれた特別な存在なんだよ」

 玲於は楽しそうに笑う。

 懐かしい。以前もこんな話を加恋としたっけか……。

 「というか、そもそもおかしいんだよ。人工ってなに?人間だって地球の大いなる生命の一つでしかなく、人間の行いも自然の行いの一つでしょ?なんで人間だけ特別視しているの?傲慢だよねぇ。ヴィーガンとかもあるけどどうせ動物たちは他の動物を食べなきゃいけないから何も意味ないよね。どうせ、動物は自分たちが守った動物に殺されるよ。しかも、どうせ虫とかだったら容赦なく殺すんでしょ?意味分かんないよね。結局、動物のためとか言っているけど所詮自分の趣味のためだよね。動物は可愛い、だからみんな殺さないで!守ってあげないと!殺すなんて可愛そうだ!笑える。二次元かわいいよー、って言っているオタクたちはキモいとかいうのに。勝手に自分の趣味を正義とか言って他人に押し付けないでほしいよね。所詮この世は弱肉強食なんだよ。それだけはいつになっても変わることのない絶対の真理だよね」

 玲於は途中から加恋とこんなような会話したことを思い出し、もう目の前の少女のことなんて忘れて饒舌に語る。

 そして、目の前の少女は加恋との会話を思い出し、恍惚とした表情の玲於を前に何も言えなくなる。こいつやべぇと。教信者に玲於はやべぇと思わせたのだ。

 それに、少女の頭には玲於の話に反論する言葉がなかった。

 「あぁ。ねぇ、葉月。僕と一緒にミノタウロス倒しにいかない?葉月の復讐。僕が手を貸すよ」

 玲於は葉月に笑いかける。

 「え?」

 突然の玲於の申し出に葉月は面食らう。

 というか、葉月は何故か玲於の笑顔を見ていると顔が熱くなっきて、まともな返答ができなくなる。

 「だから!ミノタウロスを倒しに行こ!」

 玲於は目を輝かせながら告げる。

 「大切な人の仇なんでしょ?じゃあ、自分の手で倒さないと!」

 今、玲於の頭の中にあるのは、自分が死んだとき泣いてくれる人をつくること。

 葉月のためなんてこと1ミクロンも考えていない。

 一方、玲於の考えなんて知らず葉月は高まる胸の鼓動に困惑していた。

 玲於のことを見ているだけで顔が熱くなり、頭が正常に働かなくなる。

 あぁ、玲於はこんなにも私のことを考えていてくれている。

 「べ、別にあんたに復讐の手助けしてもらう必要なんてないんだから!……で、でもあなたがどうしてもって言うんだったら、手伝わせてあげてもいいわよ?」

 葉月は素直に手伝ってほしいと言えなくなってしまった我が身を呪った。

 なんでこんな言い方になってしまったのかと。

 だが、葉月の話し方に微塵も興味ない玲於は特に何も思うことはなく、スルーする。

 「じゃあ、決まりだね」

 「ちょっと待て!」

 そんな中、隼人が割って入る。

 「ミノタウロスを倒しに行くなんて危険すぎる!それに、こんなところで堂々とミノタウロスを倒しに行くって話してたら……」

 「あぁ、それは大丈夫。聞こえないようにしているから」

 「え?」

 隼人が周りを見渡すと、あたりの人達は玲於たちの方には一切の関心を向けずに各々会話を楽しんでいる。

 花を育てていた少女は踏み潰された花を前に泣いていた。

 『誰が、誰が……こんなことを……!』と嘆き、悲しんでいる。

 ひでぇ。少女は何のために自分が大切に育てていた花を踏み潰されたんだ。

 「な、何が起こって?」

 「僕の魔法だよ?」

 「そ、そうか。だが、ミノタウロスを倒すなど無謀だ!」

 隼人は何も突っ込まない。

 だって、それが『正しい』のだから。

 「そうかな?僕たちならば可能だと思うけど」

 「だが、危険だ。わざわざ命をかける必要は……!」

 「あるわ!」

 命をかける必要はないと言った隼人の言葉を葉月が遮る。

 「ミノタウロスは私のお姉ちゃんを殺した……!アイツを殺すためなら命だって惜しくない!」

 「だよね」

 「ちょ!ち、近寄らないでよ!」

 葉月に同意し、近づいた玲於を葉月は慌てて玲於から離れる。

 「あ、ごめん」

 避けられた玲於は素直に謝る。

 「あ、いや、その」

 その反応を見た葉月は慌てる。

 だが、そんな葉月を無視して玲於は隼人の方に向ける。

 「そんなに嫌なら隼人は行くのやめる?」

 「……ッ!それは……。俺はもう……!わかったよ。行くよ」

 「よかった!じゃあ、みんなで行くことで決定だね!」

 「え?私の意見はどうなるんですかぁ……?」

 伊織の言葉は黙殺された。

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