第12話
「さて」
玲於はゆっくりと歩き始める。
「なんであの人がこんなところにいるのやら」
3階層をしばらく進むと、広い空間に出る。
広い空間の真ん中に玉座が置かれ、一人の男が座っている。
そして、その玉座以外に広い空間には何もなくて、一つぽつんと置かれた玉座はひどく異様だった。
「なぜあなたがこんなところにいるのですか?傲慢之悪魔王殿」
玲於は普段使わない敬語を用いて、玉座に座る男に声をかける。
「私がここにいる説明など不要であろう。私がいつどこいようと私の自由である」
玉座に腰掛ける男、永遠の時を生き、悪魔たちの頂点に立つ7柱のうちが1柱傲慢之悪魔王。
「あなた方が雲の下を出ることは禁止されているはずですが?」
「ふっ、それよりも私としては君が私に接触してきたことが驚きだよ」
玲於の質問には答えず、自分の感想を答える。
「あなたも知っているでしょう?僕の目的を。民主主義の破壊と言う目的を」
「あぁ、知っているとも。君が雲の下から出てから密かに暗躍していることも」
「それならばわかるでしょう?僕にとってあなたは邪魔なのです」
「であろうな。だが、それでも君が単独で私の前に現れるとは、自身が死ぬことはないという自信の現れかな?」
「えぇ、そうです。悪魔王最弱たるあなたでは僕に勝てませんよ。それにあなたの固有スキルにとらわれるというのなら本望ですよ。出来ないでしょうけど」
「くくく、そうか。そうか」
傲慢之悪魔王は楽しそうに笑う。
傲慢之悪魔王を中心として莫大な魔力が渦巻く。魔力が空間内に蠢き、空間を歪める。
そして、魔力が形をなし巨大な魔法陣が描かれる。
徐々に傲慢之悪魔の後方に巨大な門が姿を現す。
門の扉はゆっくりと開かれ、門の中から黒き手が伸びてくる。
無数の黒き手は玲於を掴み、門の中に引きずり込む。
玲於は特に抵抗することもなく門の中に引きずり込まれた。
■■■
川の流れる音が玲於の耳に入り、暖かな太陽光が玲於を照らす。
川のほとりに咲いている彼岸花が美しい。
「やぁ、久しぶり。玲於君。元気してた?」
「え?」
玲於の耳からずっと脳内から離れない懐かしい『彼女』の声が聞こえてきた。
急いで声が聞こえてきた後ろを振り向く。
玲於の目に写ってきたのは葉月に似た長い髪の少女。
ちょうど葉月を縮めたら目の前の少女になるだろう。
「な、なんで……」
玲於は声を震わせる。
現実を認められない。なんで、なんで『彼女』が僕の前に立っているんだ。
あぁ、いや違うよ。『彼女』がここにいるはずがない。
いるはずがないのだ。そう。つまり、こいつは別人だ。
これは傲慢之悪魔王の策略に違いない。
いいえ。違うわよ。信じなさい。あなたとあなたが愛した少女を。
「ふふふ、私がここにいるのがそんなに不思議?自殺した人はここにとらわれるのよ?」
『彼女』の声が僕の中に染み渡り、消えない。
「で、でも以前来たときはここに……」
「ふふふ、女はミステリアスのほうがモテるのよ?」
「その見た目で言われても」
色気たっぷりに玲於に流し目を送る。だけどそれは理想で小学生ボディーじゃさしたる色気は出ない。
あぁ、『彼女』だ。彼女だ。
「ふふふ、久しぶり、玲於」
彼女は満面の笑みを浮かべる。
「うん。久しぶり」
「加恋」
玲於は加恋のもとに走り、そして加恋に抱きついた。
そして、そのまま地面に寝転がる。
いつのまにか玲於の体は小学生だったことへと戻っていた。
二人手をつなぎ、空を見上げる。
空には太陽が強く輝いている。
「ねぇ、今、生きてて楽し?」
「……ううん。君がいない世界は寂しいよ。あのとき、僕も一緒に……」
「そっか……」
「でも、今は死にたくはないんだ。怖いんだよ。死ぬのが死を意識すると体が震えるんだ。僕は自分より強い存在に立ち向かうことが出来ない」
玲於は力なく続けた。
「ねぇ、なんで君は」
「私は幸せだったよ。君のおかげで幸せを見つけられた。だから、あなたにも見つけてほしいの。幸せを」
「……幸せだったよ。僕は。君と入れて。あのままずっと二人で生きていたかった」
「そんなの無理なことくらいわかっていたでしょ?玲於は私より頭いいんだから。それに、あれは私なりの贖罪だったから」
「……そっか」
二人の間に沈黙が流れる。
「ねぇ、これは私のわがまま。あなたには私よりも幸せになってほしいの」
「僕は、十分幸せを知っているよ」
「そんな分厚い殻を作っておいて?」
クススと、加恋は笑う。
「私は私が死んだとき、泣いてくれた人がいて嬉しかった。だから、玲於には玲於が死んだとき、泣いてくれる人を探してほしいの。玲於は私なんかよりもずっとすごい子だから。とても優しくて、とても強い子。」
「僕は、優しくも強くもないよ」
「なぁに?私の言うことを否定するの?」
「……」
玲於は肯定も否定もできなかった。
「えへへ、意地悪だったかな。私は玲於のことをそう思っている。だから、私のように泣いてくれる人が一人だなんて認めないわよ。たっくさんの人に惜しまれ、泣かれながら玲於はここに来て?」
「そして、またここに来たとき玲於の人生を私に話してよ。あ、当然最後は自殺してよね?じゃないと、私と一緒にいれないから」
「……ひどいね。死ぬのが怖い僕に自殺しろと?」
「うん」
「……あぁ、ひどい。本当にひどいよ」
玲於はいつの間にか大きくなった体で加恋を抱きしめる。
空は太陽が沈み、星々が光り輝いていた。
「戻りたくない。……戻りたくないよぉ」
「だーめ。ちゃんと戻って。ちゃんと死んできて」
しばらくの間はそうしていただろう。
ようやく、玲於が加恋を離し、ずっとつないでいた手もほどく。
今回はあの時と違い、玲於がその手を話す。
「いいよ。聞かせてあげる。僕の物語を」
「じゃあね」
「うん。じゃあね。できるだけ早く死んでね?」
「ははは、ひどいな。普通そこは出来るだけ遅く死ぬように頼むところでしょ?」
「ふふふ、それだと私が寂しいでしょ?」
玲於の体は光に包まれ、そして消えた。
■■■
「ねぇ……何が目的?」
現世に戻ってきた玲於が玉座に悠然と座る傲慢之悪魔王に尋ねる。
「くくく、目的だと?我が固有スキルを使い、貴様を倒そうとすることがそんなに不思議か?」
「倒す気なんて……なかったくせに」
「くくく。それよりどうした敬語は?」
傲慢之悪魔王は質問には決して答えず、意味ありげな笑みを浮かべるだけだ。
「……嫌なやつ、なの。でも、いい。……僕に何をしたかったのかはしらない。……ただ、殺すだけ」
玲於は明確な殺意を持って刀に手をやる。
「いいぞ。いいぞ!存分に私と戦おうではないか!」
傲慢之悪魔王は意気揚々と立ち上がる。
「抜刀術、雷火一閃」
玲於は魔武術を一瞬のうちに起動させ、紅き閃光となる。
「ふん!」
傲慢之悪魔王は虚空から取り出したサーベルでそれをたやすく受ける。
「いでよ」
傲慢之悪魔王の影から無数の黒き手が伸びる。
それらを玲於は無言で魔法を発動させ、切り裂いていく。
そして距離を詰め、刀を振るう。
玲於は自信よりも傲慢之悪魔王のほうが魔法に長けていることを知っているため、遠距離戦では分が悪いため近距離での戦闘を望み、どんな魔法にも一歩も引かず刀を振るう。
逆に傲慢之悪魔王はさまざまな魔法を用いて玲於から距離を取ろうとする。
「祖よ、悪魔よ、我が身を守れ」
激しさを増していく傲慢之悪魔王の魔法から身を守るため、結界の強度を上げる。
「余はすべての影を支配するもの。大いなる光に抗う者。余に引き裂けぬモノはなし」
それに対応するように傲慢之悪魔王も魔法を起動し、玲於の結界を切り裂いていく。
玲於の斬撃が傲慢之魔王の結界を破壊し、傲慢之悪魔王の魔法が玲於の結界を破壊する。
互いに幾重にも張り巡らせた結界を破壊しながら致命傷となる一撃を加えることを目指す。
これが高位の存在の戦い方である。
「ッ……!」
戦いの途中で玲於は足を止める。
「おや、どうしたので?」
「……戦いながら、これを……」
「くくく、やっと気づいたか。少し遅いぞ」
傲慢之悪魔王が指をパチンと鳴らす。
それと同時に幾重にも重ねられた立体の魔法陣が浮かび上がっている。
玲於は傲慢之悪魔王が魔法陣を描き終え、魔法という形になったことでようやくそれに気づき、足をとめたのだ。
描かれた魔法は悪魔の王である傲慢之悪魔王ですら発動に準備がかかる最高位の魔法の一つ。
「ルナ」
厳かに発動された魔法はあたりの魔力や光を奪い、漆黒の世界へと変える。
そしてすべての魔力や光が凝縮された膨大な力は世界に亀裂を入れ、現世と混沌をつなぐ。
混沌から溢れ出た力の奔流ははたやすく玲於の結界を貫き、そして、玲於の胸を貫いた。
急速に亀裂は修復され、この場に光と魔力が戻る。
そして、今度は貫かれた玲於を中心に世界を闇が包む。
「……ん。第二ラウンドと、いく、の」
闇を切り裂き、漆黒の翼を携えた玲於が少し楽しそうに言った。
玲於の持つ魔力が荒れ狂う。
「くくく、相変わらずの馬鹿げた魔力よ」
荒れ狂う魔力はさっきのように徐々に自分の魔力を辺りに撒き、魔法陣を組むということを許さない。
小手先の技も封じられ、能力も魔力量も玲於に負けているにも関わらずそれでも傲慢之悪魔王は不敵に笑う。
玲於が傲慢之悪魔王の後ろに転移し、刀を振るう。
傲慢之悪魔王はそれをギリギリのところで回避し、転移魔法を用いて逃げる。
そして、玲於はそれを追いかけるように転移する。
「やれ」
「ん」
傲慢之悪魔王の影から伸びる黒き手は玲於の足止めになることもなく一瞬のうちに切り捨てられる。
傲慢之悪魔王が放つ魔法の数々はすべて玲於に撃ち落とされ、逆に玲於の魔法の数々が傲慢之悪魔王の身を守る結界を破壊していく。
そして、どんどん傲慢之悪魔王の体に傷が増えていく。
しかし、それでも 傲慢之悪魔王は耐える。耐え続ける。
そしてまたサーベルを振るい、致命傷となりうる玲於の一撃を受け流した。
「ッ!?」
「くくく」
そんな応酬を数分続けていたところ、突然玲於の魔力が傲慢之悪魔王に乗っとられる。
無尽蔵な玲於の魔力を用いて、傲慢之悪魔王が使う緻密な魔法の数々は一瞬で玲於を窮地に追い込む。
玲於は自分の体にぶつかる魔法は無視し、急いで魔力の主導権を握り返す。
「治れ」
数々の魔法を受け、ずたぼろになった体を回復魔法で治す。
「くくく、やはり魔力制御が甘い」
「……」
楽しそうに笑う傲慢之悪魔王を玲於はにらみつけるも、実際に魔力の主導権を奪い取られた玲於は何も言い返すことは出来ない。
「まぁ、対応力の高さは認めてやらんこともないが、やはり戦闘経験が圧倒的に不足している。足りない。この程度ではまるで足りない」
「……うるさい」
「ぐふ」
「え?」
玲於が八つ当たり気味に放った魔法を傲慢之悪魔王は避けることも、結界で身を守ることもなくそのまま受ける。
玲於が放った魔法は傲慢之悪魔王のからだに容易く穴を開けた。
「後は任せた」
空いた穴から魔力が体から抜けはじめ、体が光の粒子となって消えかけている傲慢之悪魔王がそう告げる。
「何、を……?」
「くくく」
突然の出来事に玲於は困惑する。あっさりとやられた理由も、『後は任せた』という言葉の意味もまるで理解できなかった。
しかし、そんな玲於を嘲笑うかのように傲慢之悪魔王はただただ不敵に笑うだけである。
「……ほんと、嫌なやつ、なの」
笑い続ける傲慢之悪魔王を見て、情報を引き出せないことを悟った玲於は傲慢之悪魔王に背を向け、上の階層に向かっていた。
出来るだけ時間はかけたくない。
早く地上に戻る必要があった。
「……僕は、どうしたら」
「あぁ、これでよかったのだろうか。俺はしっかりと務めを最後まで果たせたか?なぁ、大和」
この場に一人残った傲慢之悪魔王は一人つぶやく。
徐々に傲慢之悪魔王の体が光と化していく。
「……あぁ、これで俺もみんなのもとに……」
傲慢之悪魔王は光となって消えた。
そして、そこには何も残らなかった。
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