第9話
あの後も授業は続き、お昼休憩の時間となった。
不安だった数学などの授業は、奈弓が事前に教えてくれていたおかげでなんとかなった。
「やぁ、皐月。君はお弁当を持ってきているかい?」
爽やか系のイケメンが玲於に話しかける。
「ううん?この学園は食堂が美味しいって聞いてね」
奈弓に、学園の食堂が美味しいと聞いていた玲於はお弁当を持ってきていなかった。
「おぉ、そうか!ここの食堂は本当に美味しいからな。食堂の場所もわからないだろ?俺と一緒に行かねぇか?誰かと行く予定がないんだったら」
「ほんと?それは助かるよ。ありがとう。……ええと」
目の前のイケメンの名前がわからなかった玲於はどもってしまう。
「あぁ、すまん。まだ名乗ってなかったな。俺は八神 隼人だ」
「うん。わかった。隼人でいい?」
「あぁ、当然だ。俺も玲於って呼んでいいか?」
「もちろんだよ。よろしね。隼人」
「あぁ、よろしく。玲於」
「あ、あの!」
玲於と隼人が話していると、隣りに座っていた伊織が話しかける。
眼鏡の奥の黒い瞳は不安げに揺れている。
「私も一緒していいかな?」
「っ。当たり前だよ。伊織」
いつも他人に話しかけたりなんかしない伊織が話しかけたことに一緒驚くも、すぐさまにこやかに頷く。
「うん。伊織っていうんだ。よろしね」
玲於も断る理由がないので当然了承する。
「あ、ありがと」
伊織は満面の笑みを浮かべて、頷く。
「えぇー」
その横で一緒に御飯を食べるために伊織のそばに来ていた葉月が心底嫌そうな顔をする。
「というか、伊織が話しかけるだなんて珍しいわよね。あんた何かしたんじゃないでしょうね?」
葉月は玲於に疑いの目を向ける。
「ちょ、ちょっと、そんな言い方はないんじゃないかなぁて思うですけどぉ。……それに、その、私は自分の意思で」
「ぐぬぬ」
だが、伊織に非難されたことでこれ以上何も言えなくなる。
「うぅ、私どっちも嫌いなのにぃ」
葉月が二人を睨む。
「八神君はともかくなんで皐月君をなんでそんなに嫌っているんですか?」
初対面のはずの玲於を恨みに恨みまくっている葉月に伊織は首をかしげる。
普段は面倒見の良い子なのに、と。
「え?隼人はともかく?扱いひどくない?隼人何したの」
そして、玲於も伊織の発言に首をかしげる。
「いやー、別に俺がなにかしたわけじゃないんだけど」
隼人は苦笑する。
「それわね。葉月ちゃんが嫉妬しちゃっているんですよ」
「嫉妬?」
「そうなんです。魔物と戦いたくないと言っている八神くんに負け越しちゃっているからそれが嫌みたいでして」
「うるさいわね!私はこんな腰抜けに負けないわよ!」
葉月はヒステリックに叫ぶ。
うぅん、ただの駄々っ子にしか見えない。理的な奈弓とは大違いだな。
あぁ、でも、奈弓もヒステリックに叫んだりはしなかったけど、一緒に政府に来てとか、復讐に協力してなど、駄々っ子のようにぶつぶつ言っていた事があったので奈弓を幼くしたらこんな感じかと、思って納得する。
「ははは、腰抜け、ね」
葉月の言い草に隼人は苦笑する。
隼人はまったくもって、そのとおりだね。と誰にも聞こえないようにポツリと自嘲気味に呟く。
「というか、玲於はいきなり家にやってきて……!泊まっていくとか!非常識でしょ!」
「え?」
激高したまま何も考えずにそう叫んだ葉月にクラスに残っていた女子たちの視線が一気に集まる。
「僕は奈弓さんに助けてもらってね。そのつながりで奈弓さんの家にお邪魔させてもらっだんだよ」
玲於は慌てて補足する。あくまで奈弓にお世話になったからで、葉月とは何の関係もないというふうに。
奈弓も非常勤講師らしいから少しくらい影響あるだろうと思っての発言だった。
ふむ。なんで僕が葉月のフォローをしてあげなくてはいけないの?と玲於は疑問に思う。
「あぁ、奈弓先生ね。あの人はいい人だよね」
奈弓の名前に隼人が反応する。
周りの女の子もなんだ、奈弓先生関連か、と納得する。
玲於は予想以上の反響があり、困惑する。
「いやー、以前奈弓先生にお世話になってね。すごい優しくて、仕事もできてすごいよね。それに、家事も完璧なんだろ?すげぇよな」
「奈弓先生はすごいですよね。葉月ちゃんとは大違いです」
ふたりは尊敬の念を込め、そう話す。
「ちょっと!?まぁ、お姉ちゃんはすごいよ!私の自慢のお姉ちゃんよ」
伊織の発言に不服そうに叫ぶも、自慢の姉を褒められ、誇らしげだ。
「うん、そうだよね」
玲於は表面上は頷いたが、心の中で首をかしげる。
割とポンコツじゃない?と。
そんなすごい人か?家事ができる?どこの世界線の奈弓だろうか。
「というか、ずっとここで喋っているのもあれだろ。そろそろ食堂行こうぜ?」
「うん、そうだね」
「そうですね」
「……行くわ」
4人は学園の食堂に向かった。
そして、クラスのたくさんの女子語が立ち上がり、学園の食堂に向かった。
■■■
「ここが食堂だぜ?」
「おぉ」
着いた食堂は玲於の知っている食堂とはまるで違うおしゃれな空間だった。
とはいえ、玲於の食堂のイメージは魔物が現れる前に『彼女』と行ったお店で、学校の食堂ではないのだが。
まぁ、それでもこの食堂は他のどんな学校の食堂よりもすごいだろう。
まるで喫茶店のように並べられた、多くの丸テーブルにシンプルかつ丁寧な作りの椅子。
「まぁ、最初は誰でも驚くだろうな」
「私も最初は驚いたわ」
「ほんとにすごいね」
内装もそうだが、その広さも半端じゃない。
「それだけじゃないぜ?なんとここは料理スキル持ちが作ってんだぜ?」
「へぇー」
「ありゃ?」
思っていたよりも玲於の反応が薄くて首を傾げる。
驚くと思ったんだが。
「あぁ、僕も料理スキル持っているからね」
「え!?うっそだろ!?」
逆に隼人が驚かされる。
「まぁ、ほんとね。昨日食べたけど本当に美味しかったわ」
昨日食べた玲於の料理を思い出し、葉月は頷く。
「なんだったら玲於のほうがうまいかも?」
「えぇー。マジかよ。ここの料理人結構有名な店の人たちだぜ?それを超えるて」
もはや、驚きを超えて呆れの局地に至る。
「ははは、まぁ自分が作ってない料理ってだけで価値があるからね。楽しみだよ」
玲於は気分良く食券売り場に向かった。
「んー、これがいいかな」
玲於は久しく食べていなかった刺し身が食べたかったので、お寿司を頼むことにする。
そして、お値段たったの500円ということで驚き、税金使い過ぎちゃう?と首をかしげるもまぁ自分が得するのでいいやと納得する。
メニューを決め、セットを受け取ると近くの席にみんなで座る。
隼人は、カルボナーラ。伊織は、フレンチトースト。葉月は、ステーキプレートを頼んだ。
「「「「いただきます」」」」
食事の挨拶を済ませ、互いに食べ始める。
「んー、美味しい」
魚など久しく食べることなかった玲於は満足そうに頷く。
「だよな」
「うん」
「そういえば、明日のダンジョン探索大丈夫?」
「ダンジョン?」
隼人の一言に玲於は首をかしげる。
「ん?玲於はダンジョン知らねぇのか?」
「うん」
「えっとね。ダンジョンはですね。魔物たちの巣窟です。突如として現れたもので、異空間に広がっていると言われています。入口から入るとそこから先は別次元になっているんです。危険がいっぱいのところなんです。それでも、中には資源や武器が宝箱に入っていたりして、たくさんの冒険者が足を踏み入れます。そもそも定期的に魔物の数を減らさないと溢れてきてしまうので、ダンジョンの中に入る必要があるんですよ」」
「ほーん」
ふむふむ。ところで冒険者とはなんだろうか。
玲於は家に帰ったら奈弓に聞くことにする。
「ふふふ、授業のダンジョン探索は私達未成年が唯一魔物と戦える時間よ!必ず私が魔物共を滅ぼしてやるのよ!」
意気込んでいる葉月を玲於と隼人は若干冷たい視線で見つめる。
「俺は好きな授業じゃないんだけどなー」
「ふん!臆病者らしい発言だね!」
「別にいいよ。俺は臆病者で。一体何があるかなんてわからないからな。それで玲於。お前の固有スキルは何なんだ?」
「ん?僕の固有スキルは『器用貧乏』だよ。さまざまなスキルの獲得ができるようになる。まぁ、その分成長速度とかは遅いけどね」
器用貧乏という名前を聞いて隼人と伊織の二人は気まずそうな氷上を浮かべる。そんな二人を無視し葉月は平然と玲於を罵倒する。
「ふん!何よ、器用貧乏って、随分としょぼそうなスキルね!」
「ちょっと、葉月ちゃん。人のスキルを悪く言うの駄目ですよ……」
「ははは。事実だからね」
玲於は気にしていないと言わんばかりに平然としている。
「まぁ、なんか困ったことがあったら俺を頼ってくれよな」
「うん。もちろん頼らせてもらうよ」
「おう!任せろ」
「ふん!」
葉月はつまらなそうに声を荒らげ、ステーキにかぶりついた。
「ははは」
そんな葉月の対応に伊織は苦笑しつつも自分のフレンチトーストを食べすすめる。
「うーん。それにしても本当に美味しい。握れるようになろうかな?」
玲於は、自分の目の前の寿司を四方八方から観察し、手に取り、どういうふうに握ればいいかを考える。
「なんか、玲於はすごいな」
自分の固有スキルをバカにされても看過せず、寿司を観察する玲於の姿に感心する。
というか、普通寿司美味しかったから、自分も食べれるようになろうなんて思考回路に至るか?
「俺も食べよ」
なんやかんやみんなのことを眺めていたせいで、一番遅れてしまっていたことに気づいた隼人はご飯を食べ進めていた。
■■■
「ねぇー、奈弓冒険者って何?」
家に帰り、ソファーに寝転がった玲於が奈弓に聞いた。
ちなみに葉月は何故か一週間ほど職場に出社しなくて良いと言われた。
「えぇと、冒険者についてね」
「うん」
「冒険者って言うのは、魔物と戦う政府の人間じゃない人のことを指すのよ。多くの冒険者はギルドを作って、そこに加入するわ。有名なギルドは暁の光や大日本鉄血団などね。ちなみにだけど、政府の組織に入っている魔物と戦う人たちを陰陽師って呼ぶわ」
「え?陰陽師?」
予想だにしていなかった名前に驚く。
「名前の理由は知らないわよ。上の人が決めたんだから」
なんか、国のおえらいさんが陰陽師について真剣に議論したと思うと笑える。
「じゃあ、僕は冒険者ってことになるのかな?」
「いや、違うわよ。玲於は陰陽師見習いってことになるわよ?」
「いや、冒険者だよ?だって、途中で退学すれば政府に入る必要はないでしょ?」
「え?」
剣魔学園では、生徒は必ず卒業したら政府の組織に入る必要がある。
それは事前に玲於も確認済みだが、なら卒業しないで退学すれば良いよねって言う話である。
「ちょっと待って!そんなのずるでしょ!」
「そうよ!そんなの嘘つきじゃない!」
話を聞いていた葉月もこれ幸いにと玲於を責め立てる。
「えぇ、嘘なんてついてないよ」
「うるさいわね!やってること嘘つきと同じじゃない。詐欺よ詐欺。嘘つきは泥棒の始まりなのよ!」
「あ、僕泥棒なら任せて。プロだから」
「「え?」」
玲於の一言に二人が凍りつく。
「結構昔に盗みまくってたからね」
「駄目じゃない!」
自信満々に告げる玲於を葉月はにらみつける。
「ぷい」
玲於はそっぽ向く。
「盗んだって言っても……。大丈夫よね?」
「ん……あぁ、そうだね。僕が盗んでてたのは世界がこうなっていてからだから、どうせ誰も使うことも食べることもないものだから」
玲於は葉月の反応を見てそう話すことに決めた。
「そ、そうよね。よかったわ」
それを聞いて、葉月は胸をなでおろす。
「よくないわよ!どんな事情があったにせよ。盗みは盗みよ!」
だがしかし、葉月は納得できなかったらしく怒鳴り声を上げる。
「葉月。外では盗みは起きているし、政府の者である私達の仕事にも盗みもふくまれているわ。すでに亡くなってしまったものの家に入り込み、残っていて遺品を盗み、活用させてもらっているの。たとえ、死んだ人のものだとはいえ、盗むのは駄目なことよ。けれどね、それをしないと死んでしまう人達がいるのよ。死んでしまった人たちだから何をしてもいいとは言えないけど、世界には色んな事情を抱えた人達がいるのよ。ここで平和に暮らせているあなたは恵まれているの。今こうして何不自由なく生きていることはこの上ない幸せなのよ」
「う……」
そう言われてしまえば、葉月は何も言えない。
「ねぇ、そんなことはどうでもいいんだよ」
「え、いや、どうでもよくはないと思うんだけど」
どうでもいいと言い切った玲於に奈弓は困惑する。
「そんなのどうでもいいから、ダンジョンについて詳しく教えて」
「……。うん、わかったわダンジョンについての基礎知識があるという前提でいいのよね?」
もう奈弓は玲於と長い付き合いである。
こういう玲於にはもう何言っても無駄なことぐらいよくわかっている。
「うん。ざっくりとは伊織にきいた」
「わかったわ。ダンジョンって下に行くための階段があって、それを降りていくことで先にすすめるのだけど、ダンジョンは下に行けば行くほど強い魔物になっていくっていうシステムなのね。現在ではダンジョンに終わりはなく、無限に続くとされているわ。でも、それは嘘なのよ」
「えぇぇぇぇえええ!」
奈弓は語ったことに玲於よりも葉月が驚き、食いつく。
だがしかし、葉月が何か話すよりも前に奈弓が手を突き出し、何も言わないように支持する。
「私達は一度ダンジョンを踏破したことがあるのよ。最終層にはひときわ強い魔物がいるわ。そいつを倒すと、ダンジョンは消滅。中にいた人たちは外にでることになるわ」
「ちょっと待って!なんでその情報を秘匿しているの!」
葉月は我慢できなくなり、叫ぶ。
ダンジョンの踏破。それは、人類が望んでいた希望のニュースだ。
「理由は3つあるわ。まず、1つ目の理由としては資源が取れるダンジョンを残しておきたいという考えがあるから。2つ目の理由はダンジョンの開放を求めてダンジョンに攻略する人が減らすためよ。ダンジョンは深く、最終層の数はダンジョンごとに違う。そんなダンジョンを正義感あふれる冒険者が挑んでもあまり価値がないわ。それよりも先に住める場所を増やしたほうが良いってことよ。最後にあまりダンジョン攻略のことは話せないというのがあるわ」
玲於は最後の理由を聞き、人海戦術でも使ったのかな?と思い、首にかしげつつも、ダンジョンの仕組みについて納得する。
そして政府がダンジョン攻略を秘匿する理由も。
だが、葉月は違う。
「そ、そんなのおかしいわ。なんで、なんで私達に知らされないのよ。政府は私達国民のためにあるのよ。そんな重要なこをなんで……」
「国民のためを思ってよ。誰にも言わないでね。あなたのことを信用して聞かせてあげたんだから」
葉月は何も言わず、ただ黙ってその場に立ち尽くした。
「はぁー」
そんな葉月の様子を見ていた奈弓はため息をつく。
「私も似たような気持ちよ。でも、これはしょうがないことなの。この世界にはしょうがないことで満ち溢れているのだから。そうね。玲於と一緒に行動しなさい」
「え?」
葉月を押し付けられる形となった玲於は遺憾の意を示す。
「彼は恐ろしいまでに現実主義だから。彼の考え方にも触れ、理解する努力をすることね」
「……うん」
葉月はまだ納得できないが、自分の尊敬する奈弓の言葉に一定の理解を示し、頷いた。
「えー」
そして、まだ玲於はぶーたれていた。
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