第8話
「すごいわね。教えて事の飲み込みが恐ろしいほど速いわ」
玲於の余りの吸収の速さに奈弓は少し呆れたようにつぶやく。
「ん。元々頭は悪くない」
「たしかにそうわね」
二人の勉強が終わった段階で、玄関の扉が開く音と、『ただいま』という声が聞こえてくる。
「あら、ちょうど帰ってきたみたいね」
「お姉ちゃん!?」
バタバタと慌てふためく音とともに、少女がリビングに飛び込んでくる。
「……っ」
玲於はその少女の姿を見て息を呑む。
少女はショートカットの奈弓と違い、腰まで伸びた黒い髪をしている。
だが、姉妹なだけあって顔はそっくりで、お胸をささやかなサイズをしている。
「おかえり」
「お姉ちゃん!ただいま。今までどこに……って。ちょっと待て!この子は誰!?」
少女は玲於を見て、驚く。
一ヶ月家を開けたと思えば、男を家に連れ込んでいるとはどういうことだろうか。
「あ、この子の名前は葉月っていうのよ」
奈弓は、少女の疑問を無視して玲於に名前を教える。
「ふーん。……葉月」
「ちょっと!呼び捨てで呼ばないで頂戴!で、この子は誰!?」
無視された挙げ句、名前をいきなり呼び捨てにされた葉月は金切り声を上げる。
「ん?奈弓が僕の家にいきなり上がり込んできて、僕の胸ぐらを突然掴んできたから、そのお詫びとして泊めてもらうことにしたの」
「何しているの、お姉ちゃん!?」
自分のお姉ちゃん蛮族ぶりに葉月が叫ぶ。
「いや……それは、事実なんだけど」
「事実なの!?」
しかも、それを奈弓が認めたことに更に驚く。
嘘だと言ってほしかったところである。
「ん。僕がいる理由は理解できた?」
「ちょっと、待ちなさい」
自分がいる説明を終わりにしようとしていた玲於を止める。
「……ということなのよ」
今までのことをしっかりと説明する。
「何、それ。でも!いきなり男子が家に!」
だが、葉月は事情があったとしても、いきなり家に男が住み着くと慣れば簡単に頷けないだろう。
「確かにそうだけどね。でも、未確認生物大臣にも頼まれてて、断ることはできないのよ」
「え……」
大臣というビックネームが出てきて葉月は言葉をつまらせる。
そして、ちらりと葉月は玲於の顔を見る。
正直に言って見惚れるほどの端麗な顔立ち。
しかし、それでも作り物のような笑顔に少し不気味に感じる。
「わ、私は認めないんだからー!」
結果、葉月は自分の部屋に走っていた。
逃げることにしたのだ。
「ごめんね。妹が」
「ん。気にしない。部外者は僕だし。僕が悪いんだしね」
玲於は椅子から立ち上がる。
「もうそろそろ夜ご飯だから夜ご飯を作ってくる」
「ちょっと待って。私も手伝うわ。家のキッチンの説明とかも必要でしょう?」
奈弓も立ち上がる。
「確かにそれは必要だけど。……余計なことはしないでよ?」
奈弓のドジさを知っている玲於は釘を刺す。
「失礼ね!わかってるわよ!何もしなえければ良いんでしょ!」
「うん」
「ぐすん」
さも当然のように頷いた玲於を見て奈弓は悲しくなった。
■■■
「お姉ちゃん、お腹すいた。……って、なんであなたが!」
夜ご飯の時間になった頃、自室にこもっていた葉月がリビングにやってくる。
そこで、キッチンにたち、鍋を振るう玲於を見て驚愕する。
「あぁ、料理は私よりも玲於のほうがうまいからね」
「え?」
さも自分は料理作れるかのような発言に心底驚く玲於。
「なんでよ!認めないわよ!」
「ふっ、食べてみればわかる。とってもおいしいから」
玲於の料理を思い出した奈弓が頬を緩ませながら頷く。
「わ、私は認め」
「できた」
玲於は葉月の言葉を遮る。
「ちょっと!何私の声を遮っているのよ!」
発言を遮られた葉月が喚く。
喚き続ける葉月を無視し、玲於はテーブルに料理を並べていく。
「これでまずかったら容赦しないんだからね!」
葉月は乱暴に席をつく。
「「いただきます」」
「召し上がれ」
全員は食べ始める。
「ッ!おいしい」
一口食べた葉月は驚愕に目を見開く。
今まで食べたどの料理よりも美味しかった。
「でしょ?玲於は料理スキル持ちだからね。美味しいに決まっているよ」
葉月はあもう奈弓の言葉を聞いていない。目の前の料理を口に頬張るのに必死だ。
「ごちそうさまでした」
とんでもない勢いで食べきった葉月は満足そうにお腹を擦る。
「お粗末さまでした」
「どう?納得した?」
「あ……」
我を忘れるほどに堪能した葉月は奈弓の言葉に何も言えなくなる。
「わ、わ、私は……私は認めないんだからぁー!」
結果、葉月は走り去っていった。
また、逃げることにしたのだ。
「まったく」
そんな葉月の様を見て困ったようにつぶやく。
「仕方ないよ。いきなり男が家に住むってなったらね」
玲於は葉月を養護する。
「まぁ、だからといって出ていったりも気を使ったりもしないけど」
だが、本当に養護するだけだ。玲於は自分勝手なので、葉月のことなど特に気にしない。
「はぁー」
奈弓はそんな玲於の態度にもため息を付いた。
■■■
今日クラスに転校生が来るとみんなが朝から騒いでいる。
男子たちは可愛い女の子来い!と神頼みをし、女子はそんな男子を見て呆れ返っている。
そんな中、葉月は一人ため息をついた。
テンションただ下がりである。
その理由は転校生に心当たりがあるからだ。
お姉ちゃんである奈弓に玲於が剣魔学園に転校することを聞いていたのだ。
そして、このクラスに転校生が来ると。
もう決まっているだろう。
「はぁー」
「ど、どうしたんですかぁ?ため息なんかついて」
ため息をついた私に反応した私の友達、神埼 伊織は私に疑問の声をかける。
「いや、転校生のことなんだけど」
「おーい、ホームルーム始めるから席につけー!」
葉月が玲於のことを話そうとしたとき、先生が教室に入って来た。
それに伴い、伊織も自分の席に戻ってしまったため玲於のことは話せない。
「今日は転校生を紹介するぞー」
先生のその一言で男子たちのテンションが上がる。
そして、先生を期待のこもった目で見つめる。
「先生!転校生は女子ですか!」
「違うぞー」
「えー」
男子たちのテンションが急激に落ちる。
その様子を見ていた女子たちは呆れたようにため息をつく。
「ちなみにだが、とんでもないまでのイケメンだぞー。おい、入ってこい」
先生の合図に従って、転校生、玲於が教室に入ってくる。
「え……」
女子たちが玲於を見て固まる。
「はじめまして。皐月 玲於です。趣味は運動。これからよろしくお願いします」
玲於はペコリと一礼し、にこやかな笑みを浮かべる。
「きゃー」
そして、再起動した女子たちが黄色い歓声を上げた。
そんな中、葉月は一人ため息をつく。
よく見てみなさいよ。明らかにヤバそうな笑顔じゃない。自然すぎて逆に不気味じゃないの!
葉月の内心は荒れに荒れまくる。
「よし、じゃあ玲於は……そうだな。空いている伊織の席に座れ」
「はい」
伊織の隣の席に座り、よろしく、と爽やかな笑みとともに伊織に挨拶する。
「よろしく」
「よ、よろしくお願いしますぅ」
伊織は顔を赤らめながら、返す。
私の友達に何色目使ってんのよ!と葉月は心の中で怒り狂う。
そして、ムカムカとした気持ちのままホームルームの時間を過ごす。
「これでホームルームは終わりだ」
「起立、礼」
「「「ありがとうございました」」」
ホームルームが終わると同時に玲於の周りに女子が集まりだす。
「ねぇねぇ!聞きたいことがあるんだけど!」
「ねぇ、彼女いる?」
「ここに来る前は何してたの?」
「ははは、彼女はいないよ。来る前のことは秘密。ミステリアスな方がかっこいいでしょ?」
「きゃー!」
玲於がパチリとウィンクすると女子たちは歓声を上げる。
「ちっ」
たくさんの女子に囲まれる玲於を見て、クラスの男子たちが舌打ちする。ついでに葉月も。
「おいおい、皐月が困ってるじゃないか」
唯一舌打ちをしなかった男子が女子をなだめる。
その男子生徒は髪を茶髪に染めた笑顔が爽やかそうなイケメンだった。
こんなにイケメンだったらさぞかし今までモテたことだろう。イケメンならば、嫉妬する必要もないのだ。
「そろそろ授業も始まるぜ」
男子生徒が声をかけたことで、質問攻めしていた女子たちが玲於に謝罪する。
「あ、ごめんね」
「ごめんね。気が利かなくて」
「また話を聞かせてよね」
「うん。もちろんだよ」
「ほーら、全員席につけー。授業を始めるぞ」
そして、先生が教室に入ってきて、授業が始まった。
玲於の初めての授業は魔法の基礎についてだった。
他の教科ならともかく、魔法に関して言えば世界トップクラスだと自負しているので、心配はなく自信を持って授業に参加することが出来た。
「あー、今日は転校生もいるから、取り敢えずざっくりとした復習から入るぞ。魔法の基礎属性について覚えているか?覚えているやつがいたら手をあげろ」
「「「はい!」」」
「うお?」
女子たちが一斉に手を上げ、先生はそれに驚く。
ちなみにだが、女子たちの視線の先にいるのは玲於である。
下心しかない。
葉月はここまで女子を魅了する玲於が恐ろしくて仕方ない。
なんか、変なもん使っているんじゃないかしら?と疑うほどだ。
「じゃあ、お前」
「はい!魔法には火、水、風、雷、土の基本五属性があります。それとは別に光魔法と闇魔法の特異二属性があります」
「そうだ。じゃあ、次は詠唱について。わかるやつ」
「「「はい!」」」
「今日は本当に何なんだ?」
あまりの女子の挙手率に先生は困惑を隠せない。
だが、いいことなので先生も満足である。
「じゃあ、お前」
「はい!詠唱とは魔法を使用する際に発言するものです」
「あぁ、そうだ。そのまま魔法陣についても言えるか?」
「言えます。魔法陣とは詠唱の代わりに描くものです!主に詠唱を唱えるには長過ぎる大規模な魔法の場合に用いられます!」
「あぁ、そうだ。じゃあ、今日は無詠唱についてやっていくぞ」
え?魔法って魔力を用いてこの世の理に干渉し、起こすものだから属性とかなくない?
この後に続く無詠唱の説明についてもおかしな点がいくつかあって、玲於の最初の授業は終始玲於が頭をかしげるだけの結果となった。
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