第6話:彼女達の選択

「美夜。ニュース見た?」


「ニュース? 何?」


「……落ち着いて聞いてね」


 忘れもしない。高校を卒業して二年後の、11月22日。私達はあと数ヶ月で成人になる予定だった。いつか四人で飲みに行こうと約束をしていた。

 なのに、その日の夕方、涙一つこぼさず、平然とした表情で海は私に告げた。

「月子と帆波が死んだ」と。


「は……? 何……? なんの冗談よそれ……」


「……」


 彼女は黙って、二枚の手紙を私に渡した。一枚は月子から、もう一枚は帆波からだった。

 二枚の手紙は、全く同じ一文から始まっていた。

『この手紙が君に渡っている頃には、もう私達はこの世には居ないでしょう』と。

 内容は、二人ともさほど変わらなかった。綺麗な字で、冷静な字で、この世に対する恨み言と、私に対する謝罪が綴られていた。

 ずっと前から計画していたらしい。一緒に墓に入る準備をして、飛び降りる場所の下見をして、あらかじめ日にちまで決めていたらしい。それが、二十歳になる年の良い夫婦の日——つまり、今日だった。


「……なんの……冗談よこれ……」


 信じたくなくて、もう一度海に問いかける。彼女はいつもの声で「本当だよ」と呟くように答えた。涙一つ流さず、一切取り乱すことなく。


「あんた……知ってたの?」


「知ってたよ」と、彼女は表情を変えずに答えた。その瞬間、パチーンッ! と気持ちのいい音が部屋に響いた。


「……君はほんと、すぐに手が出るな。よくないよそういうの」


 叩かれた頬を押さえながら、彼女は言う。不気味なほどに冷静で、静かで、私の怒りの炎さえ鎮火させてしまうほどに冷たい声だった。


「……知ってたのなら……なんで……なんで止めなかったの……」


「……君は知っていたら止めた?」


「当たり前でしょう!? あんたはなんで止めなかったのよ!! なんで泣いてないのよ!! 親友が二人も死んで、悲しくないわけ!?」


「……二人は、今日という日を楽しみにしていたんだ」


「楽しみにって……」


「『この世で結ばれることが許されないのなら、あの世で一緒になる。だからどうか、黙って見送ってほしい』……そう言われたんだ。帆波に。……止められるわけないじゃん。君だってきっと、彼女達の覚悟を聞いたら止められなかったよ」


 そこで彼女はようやく、虚な瞳から一筋の涙を流した。私もそれ以上は何も言い返せなかった。

 しばらくの沈黙の後、彼女は私に身体を預けて、手を握って、私の方を見ずに言った。


「ねぇ美夜、今日抱かせて」


「なんでこんな日にそんな気分になれるのよ……最低……」


「こんな日だからだよ。ヤッてる間はなんも考えなくて済むから」


「あんた……ほんと依存症ね……」


「大丈夫だよ。無理矢理する気はない。君が拒むなら他をあたるだけ」


「……っ……ほんっと最低!!」


 彼女を突き飛ばし、叫ぶ。


「勝手にしろ!! もう出て行って!! 二度と私の前に顔見せないで!!」


 すると彼女はふっと笑って、冷静にこう返した。


「……別れたいってことで良い?」


「ええそうよ。別れる。もう別れる。付き合いきれないもの。あんたとはもう、恋人でもなんでもないから」


 すると、彼女はその言葉を待っていたと言わんばかりに「分かった」と呟いて立ち上がり、荷物をまとめ始めた。


「ちょ、ちょっと……本当に出ていく気?」


「出て行くよ」


「な、なんで?」


「なんでって……君が出て行けって言ったから」


「なんで……なんでそんなあっさりしてるのよ……」


「……あ、そうそう。これあげる」


 彼女は質問には答えず、思い出したように名刺を渡してきた。彼女が働く店の名刺だった。バーではなくて、風俗の方。床に叩きつける。


「っ……ふざけんな!誰が行くか!」


「ごめんごめん。冗談。君から金を巻き上げようなんて思わないよ。抱かれたくなったら呼んで。お店通さなくて良いから」


「絶対呼ばない。さっさと出て行って」


「はーい。……じゃあね、美夜」


 忘れられない。二十歳になった年の11月22日。

 その日私は、親友二人に裏切られ、恋人を捨てた。

 海とは、その日を最後に会わなくなった。お店にも一度も行かなかった。

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