第九話

「まず一つ目、君の旅にレオを連れていってほしい」


「レオさんを?」


今はいそいそと、食器を川で洗っている、背中に大剣を背負った少年。

レオの方を少し見た後、また賢者に目線を戻す。


「あぁ、あの子もまだ未熟だ。いずれはこの森の賢者の称号を継ぐもの。人を導けるくらいに成長してもらわないと困る」


レオは、エリザベスより2〜3歳ほど年下に見える。

それなのに、大きな使命をもう彼は持っている。その目標に向かって走り続けるのだろう。

そのこと思うと、やりたいことは見つかったが自分のすべきことがないエリザベスは、少し羨ましくも感じだ。


「…わたくしと、共でいいのですか?」


「それはもちろん、お互い切磋琢磨して頑張ってくれたまえ」


にっこりと微笑んだ後、少し悩みエリザベスの顔を見つめる。

しばらくして、笑顔で頷き次のお願いを口に出す。


「二つ目は、君に世界を救って欲しいんだ」




「……はぁ!?」


予想だにしない言葉が目の前の賢者から告げられる。それは冗談でもなんでもなく、真剣さを帯びていた。

賢者は少し自身の手を見つめた後、ッグと握りしめた。


「理由はあるから、聞いてくれたまえ」


ランタンをかざし、中の炎を空中に放り投げる。

それは不思議とその場にとどまり、炎は徐々にその大きさを広げていく。そして炎の中に映し出された少年がいた。


「この子はね、この世界を救う使命を背負った勇者だ」


「!」


大きくみても、7歳。そんな小さな子だった。

無邪気に笑って外で遊んでいる。走り回って落ち着かない少年に、両親であろう2人の大人は困ったように笑っていた。


「…まだ5歳でね。剣を振るうこともできない。そのままで世界を救えなんて無茶にも程がある。けれど」


ランタンを上に振ると、炎はランタンの中に戻っていき、揺れている部分からかしゃかしゃと小さな金属音が鳴る。


「最近、魔族どもの動きが活発でね。勇者が小さいうちに魔王を復活させ、この世界を滅ぼそうとしているんだ」


「…それで、わたくしに?」


「あぁ、君ならできると僕はそう思う」


正直、そんな大それたこと、自分にできるのだろうかと、そんな思いに駆られている。

確かに自分にはするべきことはないが、世界を救うなんてことできるのだろうか。

無茶だと、そう思う。でも、他にする人はいるのだろうか。そう思うと変な使命感に駆られる。


「わたくし、以外にできる方はいないのですよね…?」


「いない。けど、無理してやる必要はない。なんだかんだ言って、魔王は完全な復活は遂げれないだろう。中途半端に力を行使して世界の半分が更地になるかな。それでも勇者は生きている。結局は彼が成長を遂げ、魔王を倒す。世界というのはそういうふうに作られているのさ」


ミネルヴァは大樹に触れ、静かに語る。


「安全に勇者が成長できるか、できないかの差だよ。世界半分更地になっても、六賢者と大賢者は続くし、復興なんて割とすぐにできるのさ。魔王だって力を使った後、眠らないと消滅するだろうし。

まぁ、僕的には君が魔王を封印して、安全に勇者には成長して欲しいんだけれども。余計なリソースを割かなくて済むし」


「…………」


「それに、何も1人でやれとは言わないさ。勇者だって仲間とともに魔王を倒すんだから。レオとともに旅をして成長しながら、世界を巡って、六賢者の試練を受けて強くなって、それでも少し時間が余るくらいには、魔王の目覚めはまだ先さ」


「…わたくしに、できるのかしら」


「それはもちろん、僕が保証しよう。六賢者の試練を乗り越えられれば、大賢者様への門も開く。そうすれば、魔王を封じれる。力は完全に取り戻していないとはいえ、勇者の運命背をった子以外は倒せないからね」


お母様なら、どう考えるだろう。

目を閉じて、母の姿を思い浮かべる。きっとどんな困難でも母は立ち向かっていく。国を守るために剣を振るった母は、きっと世界のためにも振るうだろう。

自分が剣を握る時は、授業を受けているときくらいだ。そんな自分でもできるのだろうか。

そんなことを不安げに考えていると、ふと、あることが頭によぎった。

そのことを思うと。、なんだかやる気も出てきたし、絶対に成し遂げて見せると思えた。


(自分がここまで負けず嫌いだとは思いませんでしたわ…)


フッとそう笑って、スッキリした顔で賢者を見つめた。

賢者は少し意外そうな顔して、エリザベスを見た。先ほどまで悩みに悩んでいた彼女がこんなにスッキリしてどんな言葉を言うのだろう。

その疑問がもうじきはれる。


「わたくし、その話受けせていただきますわ。英雄になって帰って来れば、あの殿下どんな顔を見せてくれるのでしょう?」


立ち上がって、胸に手を当てて、もう片方は腰に。

これは彼女に自信がある時のポーズだ。

片眉をあげ、ふふんと言った表情のエリザベスは、絶対に見返してやるといった顔をしていた。


(…まさか、世界を救うなんて重たいものを、自分をフッた男を見返すためにやる気を出すとは、恐れ入った)


頼もしいのか、そうじゃないのか、いまいち判断がつかないけれど。

なんて思いながら、賢者は大樹の中に手を入れる。先程のようにカパッと開くわけではなく、するり、と水の中に手を入れるように、賢者の手は大樹に入り込んでいった。しばらくして、中から一本錆びた剣が出てくる。

下の状態が想像できないほど、錆びてザラザラになっている剣を賢者はそっとエリザベスに差し出した。


「これは、持ったものに合わせて形や見た目をかける剣だよ。持ってごらん」


言われるがままにその剣を持ってみると、青白い光が剣に溢れ出し、徐々に徐々にその光の粒を増やしていく。

やがて剣全体が包まれたと思うと、形を変え、光は一斉に霧散してった。


「…これが、わたくしの剣!」


そこには白銀に輝く刀身のサーベルがあった。持ち手の部分は上品な青で、柄の中心には青紫の薔薇の宝石が埋め込まれていた。

護拳と呼ばれる半円の部分は、邪魔にならないような金色をしている。

いつの間にやら、腰にはサーベル用の鞘がついており、これもまた上品な銀の色をしていた。


「提案をしたのも、剣を渡したのも僕だけど、本当にいいのかい?危険で、苦しい旅だよ」


そういうと、キョトンとした顔をした後に何を言っているんだ、と言った表情を浮かべられた。


「一度行ったことは撤廃致しません。それに旅はいいものだと、先程散々仰っていたのは賢者様だったのではないですか?

わたくしが魔王封じに行くように、水を向けたのでは?」


その発言に、賢者は驚く。

まさか、見抜かれていたは思いもしなかった。


(この子は、僕が思っている以上に頭の良い子なんだな…)


それなら、安心だ。そう思ってお手上げのポーズとる。

それを見てエリザベスは満足げに笑い、腰に手を当てながらこう告げる。


「それに、わたくしは英雄になると決めましたので!」

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