第八話

「やぁ!レオ!今帰ったよ!」


そう元気に告げるミネルヴァに、お玉を持ちながらレオは振り返る。


「ん、丁度飯ができた」


木製のお皿を手に取り、鹿肉の入った赤いスープを盛り分けていく。野菜もしっかり入っており、健康に良さそうなスープだ。

レオが意外にも料理ができることに驚いていたエリザベスだが、言うのは失礼過ぎるのでありがたくお皿を受け取った。


「わーい!相変わらず美味しそうだね!本当にレオが来てくれて助かったよ」


そう言いながらいそいそと、大樹の方へ向かっていく。しばらく眺めていると、それが冷蔵庫のようにカパっと開き、中にはパンが置かれていた。

その光景に思わず二度見してしまったが、なんでもありか。と納得しスープを持ったまま立ち尽くした。


「座れ」


レオからそう言われ、どこにといった顔を浮かべていると、今度はレオが不思議そうな顔を浮かべた。

お互いの顔を見合わせていると、ブフッとミネルヴァの笑った声が聞こえた。怪訝そうな顔でエリザベスがミネルヴァを見ると、謝る気のない謝罪が飛んできた。


「いやすまない。ついおかしくて。すまないがエリザベス嬢、ピクニックだと思って地面に座って食べてくれ」


そう言いながらパンを持っていない方の手で、地面を指さす。

ピクニック自体は知っているが、したことのないエリザベスは、少し抵抗がありつつもその場で座る。

真下が土ではないものの、服が汚れてしまうのでは、と気になってしまう。


「まぁ、君ほどの令嬢となると、あまりピクニックもしたことないのかな」


「…今小馬鹿になさいました?」


「いやまさか」


両手をあげて降参のポーズをおちゃらけたままとっているミネルヴァに、不信感しかないが、エリザベスはため息をついて諦めた。

そんな様子を見て、ひどいなーといっているミネルヴァを他所目に、レオは手際よく持ってきたパンを並べている。


「思ったのですけれど、賢者様はお料理なさらないんです?」


「んーやろうと思えばできるとも!」


自信満々にそう答える。だがレオが死んだ顔になり、ふるふると頭を横に振っている。


「食べれるものじゃない」


「でぇ!?」


はっきりとそう告げてきた愛弟子に、ミネルヴァは変な声を出す。

自分のことを指さしながら、じっとレオの方を向くが、依然としてレオはミネルヴァの方を見ず「いただきます」と、キチンと手を合わせて料理を食べ始めていた。

さっきから身内の行動が優しくなさすぎる、と少々嘆きながらもしゃもしゃと彼女も食事を始めた。

エリザベスはというと、正直知らない人間の作った料理を食べれずにいた。お皿も木製のものを使うの初めてだ。それに2人の食べ方を見ていると、パンをスープの中に入れて食べている。具材などはパンがスプーンの役割をしていて、そのままかき込んでいる。正直真似できない。

せめてスプーンはないのだろうか、とスープと睨めっこしていると、「ん」とレオからスプーンを渡された。


「あ、ありがとうございます」


「…別に、なれてなさそうだったから、作ってただけ」


そういって、鹿肉を頬張り始めた。木製のスプーンは綺麗にできている。

自分のためにわざわざ作ってくれたのが嬉しくて、少し笑みが溢れる。それでもスープを口に入れるのは少し憚られるが。

しばらくして、意を決しハムッとスープを口の中に入れる。

予想以上に美味しいそのスープはトマトの酸味が良く効いていて、いい味を出している。

ブロッコリーや玉ねぎ、それにコーンも少し入っていて、ゴロリと大きな鹿肉が存在感を出している。鹿肉を口に含めば、しっかりと柔らかくなっており、肉の油もトマトの酸味で、サッパリといただける。

パンもふっくらと焼き上がっており、スープをよく染み込ませる。パンの種類はバターロールで、スープとともに食べるのに適している。

パンをそのまま食べても、少しの甘味とバターの香りが鼻を抜け、満足のいくものとなっていた。


「とても、美味しいです…!」


「うんうん、僕の弟子は優秀だからね」


感想を口に出せば、なぜかミネルヴァが誇らしげに話し出す。少しくらい黙っていられないのだろうか、と頭の隅で思うが。

穏やかな雰囲気のまま食事が進み、食器を片付け、少しの食休に入った。

そのタイミングで、ミネルヴァがエリザベスに声をかける。


「休んでいるところすまないね、少しいいかい」


「?はい、大丈夫ですわ」


その返事を聞くと、にこりと笑ってエリザベスの隣に腰掛ける。

その雰囲気は先ほどまでのおちゃらけたものではなく、真剣なものだと、すぐに悟った。

少しの沈黙が続いた後、ゆっくりと賢者は話し出した。


「お願いがそうだな、三つ、あるんだ」


賢者の顔からは笑みが消えており、真剣な眼差しで彼女を見ていた。

エリザベスは、少し動揺しながらもしっかりと賢者の顔を見つめ返した。


「わたくしで、できることであれば」


その言葉を聞いた賢者は、ゆっくりと話し始めた。

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