第七話
ぶーっと拗ねながら、頭をさすってミネルヴァが起き上がると、考え込んでいるエリザベスの顔が目に入る。
そのエリザベスの目を見てみれば、好奇心と期待に輝いた目をしていた。
ミネルヴァは満足げに笑い、魅力が伝わったのだろうと誇らしげにしている。ウルラはそんなミネルヴァに呆れながらエリザベスの方に向きなおる。
「君の母上殿も旅をしていた」
「!そうなのですか」
「あぁ、旅といっても騎士団の任務で世界各地を巡ることになったのだ。ときには野宿をし、雨風を洞窟でやり過ごし、食糧に困ったこともあった。楽しいことばかりではない」
静かに話すウルラに、真剣な表情でエリザベスは聞き入る。
あれ、さっきの僕の話の時にはそんな顔しなかったよね…?と不思議そうな顔をしているミネルヴァは時期に拗ねた。
「しかし、仲間とともに苦労を重ね、目的を果たした時の達成感は何者にも変えられない。そしてそこで見られる美しい景色も、自分の足で歩かねば、感じることはできない。その旅で得たものは彼女の人格さえも大きく変えた……。少しだけ、そんな世界を一部を見せることにしよう」
ウルラはそういうとバサァッと翼を大きく広げ、突風を吹かせる。
エリザベスは目を開けていられなくなり、目をまた閉じた。
エリザベスが、そっと目を開くとそこは
大空であった。
「っ!?」
あり得ない出来事の前に驚く暇もなく、エリザベスの目を奪っていたのはその広大な世界と美しい景色であった。
日が沈み、海一面を黄金色に染めている。そしてその黄金の光を浴び輝く、大聖堂の大きな鐘。
大きな円の形をした真っ白い壁に守られ、人が暮らす家々も幻想的な景色を作り上げていた。
(ここは…アストルム!)
大聖堂という世界で一番大きな、大賢者へ祈りを捧げる場所があり、そこには信仰深い人々のみが住んでいる。
どこの国にも属さない完全中立を保っていて、実質的な権力者はいるものの、アストルムでは全ての人が皆平等であると謳っている国。
そしてそこには、大賢者の住む宮殿へいくことができる、門があるという。
美しい装飾が施されている、大聖堂は日に照らされ、鐘の下にある大きな鏡のような宝石は、キラキラと七色を放っていた。
そんな美しい光景を過ぎ、景色は時期に嵐へと変わっていった。
先ほどまでの大空とは違い、今度は地に足をつけてる。
激しい雨と風に、バランスが取るのがやっとで、前を向けぬほど。雷はすぐ近くに落ち、突風で折れた木が自身へと向かってくる。なんとか身を守りながら進むと、パッと目の前が晴れる。
そこには空に大きな虹と、美しい鳥が何匹も空を飛んでいた。雨の後のキラキラ輝く草原が続き、目の前に広がる山々は力強くそこにあり続けた。
「…!ぁ」
目の前には1人の騎士がいた。
そこかしこ濡れていて、少し鬱陶しそうに鎧を眺めている。後ろ姿で、顔ははっきりと見えない。長く美しい金髪が、騎士の手でゆっくりと縛られていく。
縛り終えると、髪をたなびかせるように、頭を左右に振った。
その騎士が、こちらに気が付いたかのような反応を見せると、ゆっくりと振り返った。
空を思わせる青い目。吊り目で少しキツそうな印象を受けるが、にこりと優しく微笑んだ彼女にその印象はない。
騎士はゆっくりと、こちらに手を伸ばした。
「さ、行こう。目的地はまだ先だ」
「っ、お母さまっ…!」
手を伸ばして、一歩踏み出した瞬間。
ボフリ、と顔が羽毛に埋まった。
慌てて離れると、ウルラの羽毛に埋まっていることがすぐにわかった。少し寂しい顔を浮かべた後に、頭を横に振ってウルラに訊ねる。
「い、今のは」
「俺が体験した景色の一部だ」
さらりとそう答えるウルラに疑問は多かったが、エリザベスは特に気になったことを投げかけた。
「では、どうして地面に…?それに、なぜ…お母様が…?」
「俺は人間の姿も持ち合わせている。君の母上殿がいたのは、一度彼女に世話になったことがあるからだ」
「お母様の?」
ウルラは翼を自身の収まりが良い位置にしまい、空を見上げた。
「あまりそう難しい話でもない。ただ、一度飛ぶ力を奪われただけだ。その時に世話になった」
そう言い切ると、先ほどまで座っていた場所に戻る。
ボフンッと大きな音を立てながら、休むように伸びをした後、丸まった。
誰も何も話すことなく、ただ時間が過ぎていく。エリザベスが、少しオロッとし始めると片目だけ開けたウルラが、エリザベスに質問を投げる。
「…君のしたいことは、見つかったか」
「!はい、もう迷いません。わたくし、タダでは起きないので。絶対にお母様のようになって、殿下を見返しますわ」
力強くそういってみせるエリザベスに、ウルラは静かに頷き、ミネルヴァは満面の笑みを浮かべていた。
ミネルヴァも伸びをした後に、広場の方向に指をさし「戻ろうか」と声をかける。
エリザベスは頷いて、彼女に連れられるまま広場へと戻っていく。
「…ミネルヴァ、お前の最後の抵抗が彼女か。なれば俺もお前の意思に従うとしよう。さらばだ、友よ」
2人が聞こえない位置でボソリとそう呟いたウルラは、大きく翼を広げ、周りにいた己が眷属たちを引き連れて森から飛びだった。
それが合図かのように、森いた動物たちは次々と悲しそうな表情を浮かべながら、森を去っていった
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