第十話
「ところで、見返すのは殿下だけでいいのかい?」
英雄になると高々に宣言したエリザベスはスッキリしたような顔をして、どこか満足げであった。
そんな様子の時に、賢者はふと思った疑問をエリザベスに投げかけた。
エリザベスは目をパチパチさせて、首を傾げた。その表情はどこか何を言ってるんだ、といいたそうにも見える。
「いいえ。今までの過去のわたくしや、父上、リックに、同じクラスの方々。今までのわたくしのことを知っている全員を見返してやりますわ。先程言わなかったのはごちゃごちゃと言っていたら、格好つかないでしょう」
平然とそう告げるエリザベスに、なんだか賢者は安心を覚えた。
普通ならば、私怨だけで世界を救おうとするものには不安しか覚えないだろうが…。きっとそれがいい方向に転んでくれると、なんとなくそんな気がするのだ。
「そうかい、なんだか安心したよ。君ならきっと、やり遂げて見せられるとも」
賢者はそう静かに呟くと、そっとエリザベスの頭を撫でた。
綺麗に手入れされており、サラサラとした感触が手袋越しになんとなくわかる。金糸のような美しい髪はこれからも輝き続けられることを祈って、少しだけの加護を彼女に渡す。
エリザベスは頭を撫でられたことは久々で、少し戸惑う。こんな時どう言った反応をするのがいいのか、いまいちよくわからないのだ。
昔母から撫でられた時は、ただただ嬉しくて笑っていただけのように思う。
「…では、三つ目の頼みだ」
賢者がそういうと、エリザベスはまた真剣な表情に戻り賢者の次の言葉を待った。
「君の通う学園の音楽室に、とある幽霊がいるのだけど、それの浄化及びお迎えが来るまでの護衛を頼みたい」
「はい……はい?」
ふざけた様子ではないことから、これが冗談であることはないだろう。しかし、音楽室の幽霊といえば、魔法学園の七不思議の一つであり、信憑性は全くないレベルのものであったはず。
そのことを知っているエリザベスは、そんなものが本当にいたのか、と言う驚きと、なぜその幽霊を賢者が気にするのかの困惑に頭が支配されそうだった。
「浄化に関しては、今はその剣が行ってくれるし。この事件解決後は普通に君自身が扱えるようになるから、そこまで気にしなくていいよ」
「せ、説明はありがたいのですが、その、なんでその幽霊を解決する必要が…?」
そう尋ねると、賢者は両手に腰を当て、ふぅと呆れたようにため息をつくと、手に青い魔力を作り出した。
それは前に見せてもらった、闇の感情からなる魔力だった。
「えーっと、前どこまで話したっけな…」
そういいながら頭をうんうんと悩ませている賢者を見て、前話した魔力の説明の続きをしたいのだとなんとなくわかる。
そういえば結局自分のことをまだ把握しきれていないことに、エリザベスは気づいた。
そのことについて賢者に尋ねると、それだ!と言わんばかりの顔をして、話を始める。
「そうそう、暴走した君のことまだ話していなかったね。君は元々魔法回路が非常に優秀なんだ。他の人よりも魔力を貯めやすい。その代わりに神秘が簡単に高くなりやすい。神の瞳を持ってる連中もそう」
そういうと、しゃがみ込み、ランタンのついている棒の端っこで、簡単に表を書き始める。
「人間が神秘になってしまう値は決まっている。年齢性別関係なくね。0〜30くらいまでが基本人間が持っている魔力数だとすると、神秘の影響でめまいとかが生じる時は、40〜60、体の中に魔力が蓄積している状態。んで神秘が高い人間っていのは、70〜90までの魔力数を持っている。
だが、君の暴走状態の時の値は100からどこまでも〜って感じだったんだ。感情は止まることを知らず、魂が願い続け、それに魔力が応えてしまった。そんな状態」
そこまで表で書くと、くるりとランタンを持ち直し、エリザベスに火を向ける。
驚いて少し後ずさると、ぺしゃんとそのまま尻餅をついてしまった。賢者はそれに構わず火をエリザベスに向けたまま話進めた。
「あの時溢れていたのは、どうあっても闇の感情だっただろう。ではなぜ、瘴気にはならなかったのか」
「……あ、確かに……」
前話されていたことを思い出す。魔力というのは感情が揺れうごけば動くほど、魂と擦れ合い魔力が生成される。そしてそれが、世界の中心にある大樹に集まり、光の、ポジティブな感情はこの世界に、闇の、ネガティブな感情は魔界に振り分けられているのだ。
では闇の感情で溢れかえっていたあの時は、瘴気ではなかったのか。
エリザベスが静かに賢者を見ると、先ほど手に出していた青い魔力が少しずつ、黒く変色して行くのがわかった。
「瘴気というのは、ただ1人の闇の感情からなるわけじゃない。いろんな人の悔しさや、悲しさ、無念、殺意などが複雑に入り混じりあって、人の魂にさえも影響するまでの大きな呪いのような魔力になる。要は自分じゃない、誰か達の恨み辛みをその身に受けることになる。だからこそ瘴気は人々を狂わせ、生命を枯らし、変質化させる」
「………………」
顔からサァッと血の気が引いていくのがわかる。
賢者の手の中にある、黒い魔力から感じ取れるものが、説明を受けた通りのものと理解できるからだ。
その様子を見た賢者は、瘴気の周りに白い、淡い黄色のような魔力を纏わせ、そのまま手を握りしめ瘴気を消し去る。
「……もしあの時、少しでも瘴気が君の魂に触れていたら。君から溢れ出していた魔力は間違いなく瘴気になっていただろう。たった一欠片でも、そこに10をかけて仕舞えば、それは10になる。10になったものにまた10をかければ……と、とんでもないことになっていただろうね」
「…ゾッとする…話ですわね……」
「うんうん、本当に。しかも魔族どもがそれを見逃すわけがない。あの場に神の瞳がいてくれて本当によかったよ。んでね」
「?」
「その同じことを幽霊でしようとしているのさ」
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