第五話

迷いの森。

そこは霧が立ち込め、同じような光景ばかりが進む森。その中に足を踏み入れれば、心に迷いのあるものは決して出ることはできない。

その心の迷いを晴らさぬ限り、霧も晴れることはない。

迷い人よ、いま己と向き合う時だ。

賢者に会いたくば、正しき道を進め。さすれば賢者は、恩恵を授けん。


______書籍『六賢者』ー森の章から抜粋




「いやーうっかりうっかり。そういえば君にもバリバリ心に迷いがある状態だったね。そら、そうなるか。

……まぁ〜、いいか!!」


「何も良くありませんわ!?」


気軽にケタケタ笑う賢者に対して、慌てて反論する。

ミネルヴァはHAHAHAと笑い、いやぁ〜と少し申し訳なさそうに話し始める。


「森が一度迷い人だと判断すると、私も手がつけられなくて〜。まぁ、つまりは迷いを全部取っ払って、スッキリできたらここ出られるから!がんばて!」


「な、け、…!!!!」


何故、賢者なのに、他にもたくさんの言葉が出ようとするが、口も感情も追いつかない。

正直戻りずらさはあるが、戻らないと生徒会の役割を他に押し付けることになるし、そもそも安否が知れない状態で見つからないとなったらそもそも大ごとになる。今となっては、殿下の為。などあまり思わないが、しかし、殿下の体裁にも関わる。

授業にも出れず、みなに置いていかれる不安感もある。ミミルと違い、エリザベスが気軽に話しかけられる生徒は数少ない。

どうしようと、あわあわしている間にミネルヴァは呑気に、ハンモックを作っていた。


「あ、ここで寝ていいからね」


「そんな呑気にはなれませんわ!!!」


「えー…そんなこと言われてもねぇ」


はぁぁっと大きなため息をつき、どうしたものかと頭を捻るが、迷いを晴らす、以外の選択肢は出てこない。

自分がいま何に悩んでいるのかすらまともに、理解できないというのに。

いや、おおよその検討はあるにしろ、どう今の状況でその迷いを晴らせというのか。何を呑気にハンモックを作っているのか、エリザベスが普段抱かないような感情が山のように溢れてくる。

行き場のない、怒りと焦りに似た感情は両手をわなわなさせているしかなかった。


「いやぁ、制約って大きければ大きいほど、その効果を得やすいんだよねぇ。この森では一度迷ったら賢者の力でも出られないっていう風にすることによって、迷いが払われた時、良い方向に進みやすくなるのさ。効果が莫大っていうの?変な風に解決しないで、きちんとした手順で迷いが晴れるようにしているからさぁ〜」


頭を掻きながら呑気にそんなことを言う賢者に頭が痛くしかならない。確かに代償や制約が大きいほど、多いほど、その魔法の効果や契約の効果などというのは莫大なものになる。

しかし、今回のように不便なところがもちろん出てくる。それをしてでも何遂げたいことならば何も問題はないだろうが…


(巻き込まれた方はたまったものではありませんわね……)


巻き込まれてしまう人物がしばしばいることも、また確かである。


「まぁまぁ、君への授業終わってないし、やって欲しいこともあるし。とりあえずは迷い晴らしておいでよ」


「そんなまずは手を洗いに行きなよ、といった様子で言われましても…」


先ほどまで感じなかった疲労感がどっと押し寄せてくる。なんでわたくしはこんなことになってしまったのだろう。あ、自分の愚かさのせいですね。と意味のない自虐を繰り返しそうな気分だ。

ミネルヴァを見れば、出していた机と椅子を鼻歌まじりに地面の中へまた戻していた。

ここまで呑気になれる人物を果たして今まで見たことがあるだろうか。エリザベスはそんな気分になってくる。

とりあえず今のこの問題を解決しないことには、学園に戻ることも、好きだった母との思い出の場所にも戻ることができないと、無理矢理自分を励まし、あたりを見渡した。

相変わらず、美しい花々と、中心の大樹がゆらゆらと風に揺られていた。

見ているだけで、心癒される、やさしい色をした花々はニコニコと微笑んでいるようにさえ感じる。

そっと花に触れ、愛でているとミネルヴァのまた気の抜けた声が、エリザベスの耳に入ってきた。


「あ!そうだ。ウルラが帰ってきてたはずだし、彼に会ってみたら?色々いい話を聞けると思うよ」


花を愛でているエリザベスの顔の横にひょこっと頭を出しながら笑顔でそう告げる。

エリザベスは少し驚いたが、すぐに平常心を取り戻し、名前を復唱した。

ミネルヴァはこくり、と頷きこっちへおいでと手招きをする。行く場所は最初に入ってきた場所と真反対の場所。そこにも獣道のような歩ける場所ができており、そこをサクサクと音を立てながら進んでいく。

そのさきは森で間違いないが、霧はなく、青々とした葉が、日に照らされて活気があふれており、迷いの森とは随分と雰囲気の変わる場所であった。

草葉の匂いが鼻を通ると、爽やかな気分になれる。清々しい空気の中、2人歩いていると、モゾりと動く巨大な何かが、そこにいた。


岩かと思っていたそれは、上部の方で大きな丸が二つ開かれる。その目は確かにこちらを捉えていて、瞳孔の丸い瞳であった。

ぐるりとそれが体を動かすと、あたりのバキバキッっと枝葉は折れ、静かに地面が揺れる。

賢者は表情を変えず、ニコニコとそれを見ている。エリザベスは巨大な化け物がそこにいるのでは、と少し冷や汗をかいたが、それが大きく両羽を広げ、バサァとあたりの視界が開け、日の光がそれに当たると、その正体が目に入った。


「ふ、フクロウ!?」


巨大なフクロウがそこに鎮座していた。

赤茶の羽に点々と黒い模様が規則的に並んでおり、その瞳は宇宙と見紛うほど美しい暗い青の瞳をしている。

一度エリザベスの方に目を向けた後、ミネルヴァの方に視線を動かした。低く、重さのある声がゆっくりと言葉を紡ぎ始める。


「何用かね、ミネルヴァ」


「やぁ!ウルラ!君に会って欲しい子がいてね!」


ずずいっと、ミネルヴァがエリザベスを前に押す。少しよろけそうになりながら、前に出たエリザベスは恐る恐ると言った様子でフクロウを見上げると、改めて、とんでもない大きさをしていることがわかる。

2m半くらいの大きな体に、それを支える巨翼。その姿に圧倒されてしばらく声が出なかった。


「この子の迷いを晴らすお手伝いを頼むよ」


ミネルヴァがそう伝えると、フクロウは少し呆れたような表情を浮かべたあとゆっくりと瞬きをして、エリザベスをもう一度見つめた。

ウルラと呼ばれたフクロウは、バサッと片翼を広げゆっくりとエリザエスを引き寄せて翼と体で包み込んだ。

少し後ずさったが、その巨体の力に敵うはずもなくエリザベスはウルラに寄せられる。翼と羽毛のもふもふで包まれたエリザベスは、暖かいその空間が心地よく感じた。


「まずは、よく眠ると良い。お主の体は疲弊しきっている。その頭では何も考えられぬだろう」


低く響くその声は、眠気を誘うほど心地よい。

昔母の腕に抱かれながら眠ったことを彷彿とさせる暖かさの中で、エリザベスはゆっくりと目を瞑った。

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