第四話
「!お母様、お母様がいらっしゃるの…?」
ずっと気丈に振る舞ってきたエリザベスが初めて少女らしい表情を浮かべた。
迷子の子供のようにも見えるその姿に、ミネルヴァは少し安心しつつ、コクリと頷いてみせる。
「一度、君にも声が聞こえたんじゃない?だからこそ君はここにきた」
ミネルヴァにそう言われ、ハッとする。
エリザベスは確かに母の声が聞こえ森へ向かったのだ。しかし、その母の声が聞こえる少し前にアイザックの魔力を少しだけ感じたのも覚えている。
それがずっと不思議だったのだ。どうやって彼は暴走状態のエリザベスに母の声を届けることができたのか。
「賢者様、一つだけ。質問をしてもよろしいでしょうか」
「ん?なんだい?」
ツノのに止まっていた小鳥と戯れながら、エリザベスの方に向き直る。
「…その、わたくしの通っている学園の一つ上の生徒の1人、なのですけれど…」
「ふむふむ」
「……気のせいでなければ、その方の魔力を感じた後にお母様の声が聞こえたような。そんな気がするのです」
「……へぇ?」
ミネルヴァは面白いものを聞いたと言った顔をすると、にぃっと口を細めた。
「…6つの魔法属性にはそれぞれ、サブ的な属性を持っていたりするんだけどね。例えば、森である僕は、木属性の攻撃ができると同時に、生命に干渉する技も使える。生命といっても、草木や動物に限られるけれど。だから森属性が強いやつってやたら動物に好かれたりするんだ。
だが、人間の生命に干渉するのは無理だ。複雑すぎるっていうのもあるけれど、そもそも人間の魂って神秘の塊みたいなものだし、そんなものに干渉できるとなると、人造人間とかできちゃいそうなレベルだ。もちろん、魂に触れられるってだけで人造人間はできないけど…」
ミネルヴァはそう言いながら、立ち上がり、近くにあったまだ若い木に手を触れる。
若い木は、バサバサと枝葉が擦れあう音をあたり中に響かせ、ギギギ、バキバキと音を鳴らしながら幹を太くしていく。
あっという間に若い木は、巨大な木へと変化を遂げた。
エリザベスは驚きのあまり、口を少し開けたままポカーンと立ち尽くした。そんな様子に少しだけ得意げになりながらミネルヴァは説明の続きを始める。
「これが生命に干渉するということ。そして、人間相手に基本これはできない。基本人間の魂とかに干渉できるのは魔界に住む魔族とかしかできないもんだ。しかし、神の瞳と呼ばれる特別な目を持つ魔法使いだけは例外だ」
「…神の瞳って……!」
エリザベスは一度、神の瞳と呼ばれる、世界からの贈り物について読んだことがある。
人では干渉できない、運命や時間、空間などに干渉できるようになり、一時的とはいえ世界の法則までも変えてしまう特別な瞳。
「おや、知っているのかい?さすがだねぇ。……暴走状態の君に干渉できるのは並大抵のことではできない。とんでもない魔力量が押し寄せているのだからね。しかし、魂に干渉できる神の瞳であれば、君の魂に一差しの光を入れることは容易だろう。
神の瞳は、その名の通り。神のごとき荒技を成し遂げてしまうとんでもないものなのさ」
そう言われ、エリザベスは思考を巡らせる。
神の瞳の所持者であれば、大賢者への道があるという大聖堂へ行くのが普通のことだ。その能力の高さ、そして貴重さ故、聖なる信者たちが集まると言われている大聖堂で管理されるのが常だ。今も2人管理されているらしい。
しかし、どういっても平凡、としか言いようのないアイザックという人物がそんな、大それたものを持っているとは考えづらい。
隠していたとしても…どうやって勘づかれず今までずっと過ごしてきたのだろう。
疑問ばかりがエリザベスの中に浮かぶ。そんな時不意にミネルヴァの声が聞こえた。
「なんで、といった顔をしているね。ただ、そう難しいことじゃない。神の瞳所持者の連中はみーーーーーーんな、大聖堂に行くのを嫌がるんだよ。今の2人は大人しいってだけ。あとは特質の問題かな」
「特質、ですか?」
「うんうん、神の瞳の連中っていうのはね、それぞれ不得意得意があるのさ。魂に干渉したり、全世界を見ることができたり、運命を逆転させたり、未来を想像して具現化させたり、時間を止めたり。それぞれの中でそれぞれの得意なものを持っている。
いま大聖堂にいる2人は、全世界を見ることができる。さらには見ている場所に魔法を送り込んで、干渉することができるとんでもない能力を持っているのだけど、彼女ら2人は神の瞳を使用している最中は、本人自体ガラ空きだ。だからこそ、大聖堂に守ってもらわなくてはならないのさ。
ま、他の神の瞳使いの連中の性格と能力考えると、大聖堂に来させたって、翌日にはいなさそうだしな」
ミネルヴァは呆れたように笑うと、お皿の上にあるクッキーをひょいと摘んで口に投げ入れた。
ボリボリとしばらく咀嚼したあと、また草原に寝転ぶ。
ウデウデとだらしなく、転がっている様子は、賢者なのかとそう問いただしたくなるがグッと堪えエリザベスは深呼吸をする。
「アー、さっき色々説明したあとなのにまたぽこじゃか喋ってしまった。なんだか余計疲れたよ」
ツノに止まっていた小鳥は寝そべるタイミングでどこかへと飛んでいってしまったようであたりにはいない。
目の前の賢者はのんべだらりとして、動く気配はなく、どうするべきかとエリザベスは頭を悩ませた。
母が近くにいるのだとしても、声は聞こえず助言などをもらうこともできない。
さぁ、どうしたものかと考えていると賢者が急にガバッと起きた。
それに肩を揺らし驚いていると、「ごっっめん!!」と急に元気に謝罪をしてきた。
「森が迷い人だと判断したみたい!!!だから君のその迷い晴れるまでこの森から出られなくなっちゃいました!!」
「……えぇ!?」
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