第三話

「ではまず、君のことを整理するために、この世界の魔力についての説明をしようか」


ミネルヴァはそういうと、くるりとランタンを回し、ふわりとあたりにオレンジ色の光の粒を浮かせて見せる。

それらは暖かくあたりを優しく照らしている。エリザベスはそれがこの世界に溢れている魔力だと言うものだとすぐにわかった。


「君の状況は色々と複雑でね、わかりやすく説明するにはやっぱり原理を知るべきだ」


ランタンの炎を青く染めてから、同じようにくるりと回し、あたりに青色の光の粒を浮かせる。

それは忌むべき魔力である。しかしエリザベスには変な心地よさと、悲しさが心に浮かんだ。


「…この世界の魔力というのは、人の感情によって生み出される。嬉しさ、楽しさ、喜び、愛情、殺意、無念、悲しみ。そう言った感情が、動けば動くほど、魂と摩擦を起こし、魔力を生成する。その魔力は世界の中心に存在する、この世界を支える大樹のもとに集まるんだ。そこで喜びなどの光の感情と、無念などの闇の感情に分けられ、今私たちのいるこの世界には光を、君たちが魔界と呼ぶ場所に闇を振り分けている。どうしてそうなったのかは私たち賢者でもわからない」


ミネルヴァは手元にある二つの魔力の粒を大事そうに抱えた後に、オレンジ色の魔力の粒をエリザベスの前に置く。


「これが、光の感情によって生み出された魔力」


そしてもう一つの、青い魔力の粒を置く。


「これが、闇の感情によって生み出された魔力」


ミネルヴァは紅茶を飲み、一息ついた。彼女のツノに止まろうとしていた、小鳥は驚いて離れようとするが、ミネルヴァが「構わないよ」と言葉を発すると、小鳥はゆっくりとツノに止まる。

そんな微笑ましい様子に気が取られそうだが、エリザベスは魔力の粒の方に向けていた顔を、改めてミネルヴァの方に向けた。


「…自分がどうなっても構わないくらい、人を憎んだり、愛する人を助けたり。通常では起こり得ない莫大な感情を抱えた時、世界の魔力を吸う機関が麻痺するんだ。んー、どう説明すればわかりやすいかな」


そう言ってうんうんと頭を悩ます。

エリザベスは、ハッと思いついたことがあった。それは城下町の祭りが行われている時。

普段は行き交う人に対して十分なほどの道幅を保っているが、祭りの時はほぼ全員がその場に集まる。その時は道が混雑し、不自由で通れたものではない。

魔力の機関もきっと同じようなシステムではないのかと推測する。

そのことをミネルヴァに話すと、パッと表情を明るくして、肯定した。


「そう!そのイメージを持ってくれるといいかな、君はやっぱり賢いね!」


エリザベスはなんだか気恥ずかしくなり、体を縮こませる。正直ここまで褒められるとは思っていなかった。


「えーっと、あぁ、そう。それでその機関が麻痺するとだね。滞った魔力はその人の体に溜まることになる。その魔力量がその人物の魔力の道…まぁ、私たちは魔法回路と読んでいるのだけども。魔法回路の許容量を超えた時それは人体へと影響を及ぼし始める」


「…吐き気や眩暈、幻覚など。ですわね」


「その通り。そして反応は、人体の防衛本能と言える。人間でいるためのボーダーラインのような、そんな感じ。そして、それ以上になると…」


ミネルヴァは肘をテーブルにのっけて、腕組みのようなポーズをしながら片手でエリザベスを指さす。


「君のような、神秘の高い人間となるわけだね」


「…………」


「ついでにレオ」


「!?」


指していた指を、関係ないことだろうと油断していたレオにも向ける。

急に名前を呼ばれたレオはビクッと肩を揺らし、なんだ?と言わんばかりにミネルヴァの方を向いた。


「全く、これはエリザベスだけに向けた授業ではないんだよ、レオ。君もしっかり聞くように」


「わ、わかった」


少しこじんまりとしながら、そう素直に返事をする。

よろしい、と満足げにミネルヴァは返事をすると、もう一度エリザベスに向き直る。


「神秘の高い人間になった後ってのも存在してだね。これが大きな感情を持った人間のみがそうなる可能性を秘めている。君は一度経験しているね、エリザベス」


「…えぇ、わたくしはよく覚えていませんが。なんとなく姿が変わっていたことは」


「うん、それだね」


エリザベスの姿が一時的に黒いドレスに変わっていた時のこと。溢れ続ける魔力が、学園全体を飲み込もうとしたあの時のこと。

エリザベス自体はその時のことはひどく曖昧で、落ち着いた今でも仔細をわからずにいる。

あの時は目の前が見えていなかった。ただ、目の前の2人が地獄へ堕ちればそれでいと思っていた。

その時の暗い思考を払うように、頭を振った。


「それはね、魂の願いを魔力が叶えようとしたものなんだ。先ほど覗いた時に見えた君の姿はまるで黒いウェディングドレスのようだったし、殿下のお嫁さんになりたかった、っていう願いを魔力が形づけたものではないかなと、僕は思う」


ギギギと音を立てながら、ミネルヴァは背もたれに寄りかかる。

その様子は疲れているようで、ここから先どう話したものか。といった雰囲気を纏っている。

エリザベスは困惑しながらも、大丈夫かと声をかけると、拗ねた子供のような声で返事か返ってきた。


「そもそも〜ぼかぁ〜説明が〜得意な方ではないんだよ〜〜ここから先は〜説明するのがめんどい感じのやつだし〜〜」


うん!と大きな声を出しながら勢いよく立ち上がり、両手を腰に当て


「やーーーめた!!続き明日!!!!!各自ゆっくり休むように!」


そう言って草原へ、寝転がってしまった。

エリザベスはどうしよう、と頭を悩ませていると、レオがゆっくり近寄ってきてペコリと頭を下げてくる。


「さっきは、本当に、すまん」


謝られたことに対して、少し驚きつつも、レオにしっかりと向き直りエリザベスも一礼する。


「いえ、お気になさらないでくださいませ。傷一つございませんし、貴方様も賢者様のことが心配だったのでしょう」


そういうとレオは気恥ずかしいのか、頬を掻いた後「し、鹿狩ってくる」と言ってそそくさと走っていってしまった。

その後ろ姿を呆然と眺めていれば、「っふふ」と笑い声が下から聞こえてきた。


「可愛いだろう、僕の弟子。大好きな自慢の弟子だよ」


少しだらしない格好で寝そべっているミネルヴァは愛おしそうにそう告げてくる。

エリザベスはそれに肯定し、少し自分の家族のことを考える。この2人のようにお互いが大事で愛し合えている家族が、少しだけ羨ましい。

もし、自分が父からも愛情を受け取っていれば、少しは違った人生が歩めていたのかもしれない。

オリヴィアとも、仲良く接して仲の良い姉妹に、なれていたのかもしれない。そう考えると、寂しさと無念に似た悲しさで胸が締め付けられる。


「…なんとなく、君が今考えていることがわかるだけれど」


ミネルヴァが同じ格好のまま、独り言のように呟く。


「今からでも、君が変わろうとするのなら。仲の良い家族になれるさ。相手が受け入れるか、は別としてね。君のことを見ている人は沢山いるとも」


ミネルヴァはゆっくりと上半身を起こすと、静かにエリザベスを見つめる。

少しっふふと笑った後、


「君の母様は心配性で、まだ一緒にいるしね?」


と、知り合いを揶揄うように、エリザベスの後ろを眺めた。

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