第三話
「今日の授業なんだが、国の方から生徒に教えておくべきだと言うお達しがあって今日はその内容について、勉強していくぞ」
黒髪で短髪の体がっしりしている、エリザベスたちの担任の先生が、チョークを持ち出し黒板に書いていく。
カッカッ、と小気味いい音が教室に響く。白い文字が流れるように黒板に現れ始める。
そこには[瘴気について]と書かれていた。
「さて、この世界には6つの魔法属性があるのはもちろん知ってるな?森、水、炎、土、氷、風の6つだな。それの他に例外が存在する。それが癒しの力と瘴気だ。
癒しの力は光と表現されることもあるな、それは瘴気も祓うことができるからだ。つまり瘴気は世界の傷、と言う考え方もできる」
そう言いながら黒板にどんどん文字を書いていく。
エリザベスの表情は、少し暗いが授業ということもあり真面目にメモを取っていく。
「通常、属性というのは組み合わせることによってまた別の属性にすることもできる。雷なんかは、水と炎、氷に風と4つの属性が組み合わさってできるものだから特に難易度が高いな。目的の場所に落とそうとしたら土の属性も使わなくてはならないから、最高難易度と言えるだろう。
とまぁ、6つの属性はお互いに干渉し合うが、光と瘴気に限っては当てはまらない。
それぞれで独立している。組み合わせるというのは基本不可能だ。そしてこの2つはお互いが弱点であり、有利に働く。光は瘴気を祓えるが、瘴気は光を飲み込むこともできる。力勝負になるわけだな」
先生はわかりやすく軽い絵を描きながら、矢印を光と瘴気に向かせる。
ミミルは一生懸命ノートを取り、リックは退屈そうに話を聞いている。
エリザベスはそんなリックの様子が見え、ため息をつく。
人に何か説教でもするのなら、まず自分から手本になってみせろと、そう言ってやりたい気持ちになった。
「で、だ。そもそも瘴気とはなんだ、という話。こっからが本題だぞ〜」
長い前置きが終わり、ンンッと先生は咳払いをして、片手に本を持ちながらまた黒板に文字を書いていく。
「瘴気というのは魔界と呼ばれる異空間に存在する魔力のことだ。この世界にも魔力があるのは知っているな?空気と同様に世界から溢れる小さな目には見えない粒。その魔力が濃ければ濃いほど人体に及ぼす影響は強い。ありすぎてもいけないし、なさすぎてもいけない。
基本的に人々の手が及ばない場所は多いな。魔力量が一定数あると神秘と呼ばれる場所になったりもするんだが、それに関してはまた別の授業でな。
えー、でだ。瘴気は魔界にあるこの世界でいう魔力てこった。その魔力はとことんこっちの世界の住人、動物とは相性が良くない。瘴気に犯されてしまった人間は狂って化け物になるか、死ぬかのどちらかしかない。動物も同様だな。
この世界はその魔界と隣り合わせだと言われている、だからこそ瘴気が溢れる場所があってそこは大変危険な領域になっている。この世の中にはその瘴気すら自分の力に変えてしまうバケモンみたいな魔法使いもいるが……。本来は耐えられるものではないことを忘れるなよ。
と、こう学会では言われているが実際は危険すぎて研究がほぼ進んでなくてな。詳しいことは何も分かっていないんだ。魔界は確かに存在するが、そこの魔力であると仮定してるにすぎないってわけだ。
それに瘴気にも濃い、濃くないがある。特に濃い瘴気は触れただけでもその身が侵される」
先生はそう言い切ると、くるりと回って黒板を背にし、生徒たちの方に向きなおる。
その表情は真剣そのもので、かけているメガネの奥の黒い瞳はしっかりと生徒たち一人一人を見ていた。
「いいか、魔力というのは仮定であるというのを絶対に忘れるなよ。魔力であるというのならそれを使ってみようだなんて思うな。
魔法を使う際の基本を思い出せ。血管と同じように心臓部分にある魂から張り巡らされている魔力の道を使ってお前たちは魔法を使っている。人間もある程度自分で魔力を持ち、蓄えることができるが、魔法を使うには足りないから世界の魔力を使っている。そこに瘴気を通せば魂が侵される。基本化け物になる瘴気に侵された人間は魔法使いだ。魔力にある程度の耐性があり魔法使うことができる人間が化け物になる。
ここにいるお前たちが瘴気に侵されれば十中八九化け物になる。皆優秀で、魔法が使えるからこそこの学園に入学できたわけだしな」
先生は静かに目を瞑り、静かにまた話だす
「大事な人を傷つけることになる。そして化け物になった大事な人を斬らなくてはならなくなる。そんな思いはしてほしくないんだ」
そう語る先生の瞳には悲しみが浮かんでいた。
先生は昔、騎士であった。足を負傷して騎士ではいられなくなったために先生となり教鞭を取っている。
その時に仲間を斬らなくてはならなかったのだろうか。その場面を想像するだけで胸が苦しくなり感受性豊かな生徒は泣いてしまっているものもいた。
「少し、先生の昔話をするとな。俺はみんなが知っている通り元々騎士だったんだ。第一部隊の隊員だった」
騎士の中で第一部隊に配属されるというのは実に名誉なことだ。第一から第七まで存在し、強さで騎士団長、副騎士団長、第一部隊と続いていく。
隊長格に関しても、第一部隊長が一番強いものがなれるのだ。
「他の部隊とは違って、第一部隊はなれる奴がそう多くない。だから必然的に他の部隊とは人数差がある。だからこそ欠損が出た場合大打撃を喰らう。
…俺より強かった奴がいてな。明るくてムードメーカーみたいな奴だったんだ。ある日の任務帰りみんなで酒でも飲みに行こうと話してた時、突然空間がパキッと割れたみたいにヒビが入ったんだ。そこから瘴気が溢れ出した。一番近くにいたのは俺だった。
至近距離で突然開いたもんだから吸い込みそうになったんだ。そこを庇ったのがそいつだった。俺を弾き飛ばしてそいつが瘴気に触れてしまった」
先生は自分の手を見つめグッと握りしめる。
「その瘴気は特に濃かった。そいつは笑いながらすぐ殺せよ、って言って化け物になりかけていた。俺は咄嗟に剣を振れなかった。そいつをすぐに切ったのは当時の隊長だった。隊長はすぐに割れ目に向かってものすごい強大な魔法を叩き込んだ。割れ目はその衝撃で完全に閉じた。すごい判断だよな。
…隊長とそいつは相棒と言ってもいいほど仲が良かったんだ。半分化け物になってるそいつは、ありがとう、俺を俺のまま殺してくれて。って言いながら死んでいったよ、すごい穏やかな顔でな。隊長は俺たちに涙を見せることなく亡骸を抱き上げて連れて帰ったんだ。それでも葬式のときに隊長は泣いたんだ。助けられなかったって泣いたんだ。俺は、その姿を見て酷く後悔した、悲しかった。俺が、死んで仕舞えば良かったのにとさえ思った。
でも、隊長はその後に俺に生きてくれていて、ありがとうって言ったんだ。あの時のことは絶対に忘れない」
先生はそこまでいうと、静かにエリザベスの方を見た。
悲しそうな顔をしていたエリザベスは、不思議そうに先生を見つめ返した。先生はふ、と笑い静かに告げた。
「その時の隊長っていうのがエリザベスの母親であった、シャーロットさんだったんだ」
「!!」
エリザベスの母、シャーロットは元々名高い騎士であった。貴族の出でありながらもどんな民を守ろうとするその姿勢と、女性でありながらも第一部隊隊長を務め上げた彼女は生きる伝説とさえも言われていた。
剣術も魔法も一流の腕を持っていた母は決して慢心することなく、国のため、民のため剣を振るい続けたのだ。
エリザベスが知っているのは、母としての記憶だけだ。
厳しくも優しい母。騎士道心溢れる母は父よりも逞しく、美しい金髪も力強い青い瞳もエリザベスにとって憧れだった。
「母、上…」
そんな過去があると母は一度も話さなかった。エリザベスが幼いということもあり、話されてもきっと理解しきれなかったからだろう。
よき母であろうとしてくれていたのだと、今ならわかる。
「みんなには、俺のように後悔、そしてシャーロットさんのような辛い思いはしてほしくないんだ。絶対に瘴気には関わるなよ」
先生がそう話し終えたタイミングで授業の終わりを告げる鐘がなる。
今日はもう授業は全て終わりだ。本来、終わりの鐘がなった後のクラスは、ざわざわと一気に騒がしくなるものだが今はシンッと静まりかえっていた。
先生は、心傷に浸ってはいけない、そしてこのクラスの雰囲気をなんとかしなければとパンパンッと手を叩く。
「重い話した先生が原因なんだが、いつまでも暗い雰囲気になってるなよー!瘴気は危ないものってのを忘れるなってだけだ!」
そう声かけをし、解散を告げる。
クラスは少しずつ音を取り戻していくが、いつもよりだいぶ静かだ。
ミミルはその目を赤くしており、話を聞いているだけでよほど悲しかったのだろうと、察することができた。
流石のリックも頭をわしわしといかいてなんとなく居づらそうにしている。
ざわざわとしている教室の中でエリザベスは1人、教科書を詰めているカバンを机の上に置き見つめたまま、母のことを考えていた。
今の自分は、母と顔を合わせられるだろうか。立派になったと言えるだろうか。
憧れの母のように、慣れているのだろうか。そんな思いばかりが彼女の思考を支配していた。
(きっと、母上のようにはなれていない。むしろ正反対と言ってもいいだろう。あの父親みたいに、嫉妬して恨みを募って……)
エリザベスの父親は生まれた時から体が弱かった。
だから騎士にもなれず、魔法の才もなかった。彼女の父親が母に優しくしなかったのも、見舞いに来なかったのも全てそこからくる、嫉妬や劣等感からだった。エリザベスがそれを知ったのは平民の女性を新たに妻として迎え入れた時だ。
平民という弱い立場の人間を持ち、自分は上だと知らしめたかった。優秀な新しく可愛い娘は自慢できる子だと。
誇示しなければ気が済まなかったのだろう。
エリザベスは、はぁとため息をついて、そんなことを忘れるように頭を横に振った。
「エリザベス様、わたくし少し用事があるので生徒会には少し遅れてしまいますわ」
ふと、そう声をかけられ前を向くとミミルがそう話しかけていた。
エリザベスは頷き、殿下には報告しておくと伝えると、ミミルはぺこりと頭を下げて礼を言いどこかへとかけていった。
ミミルも生徒会メンバーであり、彼女もまた優秀な生徒である。
エリザベスは週一度の会議のため生徒会室へと足を運んだ。
豪奢な廊下を進み、すれ違う令嬢たちに挨拶をしながら、木製の豪華な扉の前に立つ。身だしなみを少し整え入ろうとした瞬間。
不意に殿下の声が中から聞こえた。
「僕は君が好きなんだ、オリヴィア」
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