第二話

「貴女、本当にハーフォード家の方?礼儀作法というものを知らなくて?…あぁ、貴女元々平民でしたものね。あぁ、かわいそう。この学園に平民として入っていればこんなこと言われずに、能天気のままにお過ごしできましたのにね…?」


「…………」


青ざめたままの義妹を、助けることもせずただ黙って見つめている。

母から受け継いだ美しい金髪と、父から受け継いだ真っ赤な瞳は冷たく見下ろしているだけであった。


「エリザベス様が本当にお気の毒ですわ…こんな能天気で礼儀の一つもできない子が、同じ家族だなんて」


近くにいる令嬢の1人がそう呟く。

エリザベスと呼ばれた少女はまだ、義妹を見下ろしていた。


「本当に、あれだけ丁寧に教えて差し上げたのに…どうしてそこまで要領が悪いのかしら」


静かにエリザベスがそういうと、義妹は何か言いたげに顔を上げるがまた両手を握りしめたまま俯いた。

カタカタと震え始めている義妹の姿に何も思うところはない。むしろ嬉しいくらいだ。

本来ならば、穏やかな雰囲気が包むはずの中庭も、今は冷たい空気が張り詰めているだけであった。咲いている花々もどこか悲しげに佇んでいる。


「ねぇ、オリヴィア」


エリザベスは義妹の名前を口に出す。ビクッと彼女は肩を揺らし静かにスッと顔を上げる。

その目には涙が溜まっており今にもこぼれ落ちそうであった。

彼女が何か言おうとした瞬間、昼休憩の時間の終わりを告げる鐘がなる。


「あらいけない、授業に遅れてはいけませんわ。いきましょう」


エリザベスがそう告げると、他の令嬢たちもえぇ、と返しオリヴィアをくすくすと笑いながらその場から立ち去っていく。


「どうして…私はただ、仲良くしたかった…だけなのに…」


中庭に残されたオリヴィアはただ悲しく、そう呟いた。




ここは、国立の魔法学園。完全の寮制であり親元を離れて魔術の他に経済や騎士道、教会学を学ぶことができる。

ちょうど三年前に学園長が変わり、貴族の子供だけが入学できた制度を撤廃し、平民や貧民でも入れるようになったのだ。この学園では貴族も平民も差はなく完全な実力で順位が決まり、順位が高ければ安定した職につけたり、騎士に入ったりなど様々な道が開けるようになった。

ただ元々貴族の学校であったためか、調度品の数々は質が良く貴族ではなかった子たちはあまりの備品の数々に圧倒されなかなか過ごしにくい学園生活を送っている。

そんな過ごしにくさを改善しようと動いているのが生徒会である。

生徒会は特に優秀な生徒が選ばれ、人格も重視される。生徒会メンバーは学園長が直々に決めているため、学園長からの信頼が寄せられている生徒が選ばれる仕様だ。

今年度は生徒会長、副生徒会長、書記、広報が2年生で、会計のみ3年生が勤めている。残りの庶務は1年生である、オリヴィアが勤めている。

そのため週に一度必ずある生徒会の会議に出なくてはならない。

エリザベスはそれが憂鬱で仕方がなかった。

副生徒会長として、婚約者であり次期国王でもある生徒会長のエルバートの補佐役として欠席などあってならないことだ。

しかし、義妹のことが好きではないのだ。

エリザベスは窓の外を眺めながら、中庭に取り残してきた義妹のことを考える。


(…オリヴィア、仲良くなんてなれませんわ。あの父の再婚相手の子供なんて…好きになれるはずがない)


大好きだった母が病気になって床に伏せても、一度も見舞いに来ず、最期の時ですら会いに来なかった。最低な父親の相手の子なんて。


「やぁ!エリザベス!いつもに増して辛気臭い顔だ」


そう言ってケラケラ笑いながら話しかけてくるのは、貴族の生徒の中でも特に異質なリックであった。

彼は生徒会の1人であり、特に音楽に関しての才能は頭ひとつ飛び抜けている。

男にしては少し長い金髪と森の色をした瞳を愉快そうに歪めながら、エリザベスの前の席の椅子にもたれかかった。


「…何か御用でしょうか。御用があったとしてもその不愉快の表情をなんとかしてから話しかけてくださいませ」


「おや、手厳しい。…ねえ、エリザベス。この貴族へ向けた学校の方針覚えているかい」


「……」


元々貴族のための学園であったため、貴族に向けて今の学園長が新しい方針を作ったのだ。

貴族こそ、模範となり 貴族こそ、手を差し伸べ 貴族こそ、動くべし と。

平民や貧民たちと同じ扱いをされることに不満を持つ貴族の生徒は多い。だからこそ生徒同士で大きな溝ができぬようにそう決めたのだ。


「…えぇ、覚えておりますが。それが何か」


エリザベスは決して動揺せず、そう冷静に告げる。リックがこの後何が言いたいのかエリザベスには見当がついていた。

きっと中庭での場面を見ていたのだろう。だからこそ、方針の話を今してきたのだ。

リックはそんなエリザベスの様子を見て、その顔から笑みをなくし真剣な表情で告げる。


「であれば、なぜ君はその方針に背くのかな。1年前は君は確かに模範であり、平民貧民関係なく手を差し伸べる人だったはずじゃないか」


「…やっぱり見ていたのですね。先ほどのことを」


エリザベスは義妹がどれだけいじめられていようが、困っていようが、助けて欲しそうにしていたって手を差し伸べることはしなかった。

それはただ父親への復讐心に似た嫌悪からくるものだった。それに彼女は、特別な力を持っている。

この世界に存在する6つの魔法属性のどれにも属さない、癒しの力。それに彼女は大賢者の声が聞こえるという。まさに世界から愛されている少女と言っても過言ではない少女なのだ。

その癒しの力を持っているというだけで生徒会に入った彼女を、妬むには十分すぎる理由だ。

今まで自分がしてきた努力を否定されるようで。


「……変わってしまったね、エリザベス」


リックはそう言って、自分の席へ戻って行った。

暫くすると、本来の前の席であるミミルが戻ってくる。ふわふわの茶髪を揺らしながら、深い海の色をした瞳が不思議そうにエリザベスを見ていた。

彼女はとても心優しく、クラスの中でも特に人気の子だ。


「ご機嫌よう、エリザベス様。何をお話しなさっていたのですか?」


「ご機嫌よう、ミミル様。なんでもありませんわ。特に意味のない会話です」


そう微笑むと「そうなのですね」と彼女も微笑んで返した。

エリザベスにとっても彼女は癒しの存在だ。可愛らしくて所作も美しく隣にいて決して不快にならない。それに人の悩みを真摯に聞く彼女は、そう言う面でも信頼がおける。


「そうだ!エリザベス様。エリザベス様が教えてくれた教科、あったでしょう?わたくしちゃんと授業の内容についていけるようになりましたわ!」


そう嬉しそうに話す彼女を見ているとなんだかエリザベスも嬉しく思う。

エリザベスは髪の毛を耳にかけながら「それはよかったですわ」と笑った。

そろそろ授業が始まるためミミルは椅子に座り、次の授業の準備を始めた。丁寧に教科書を出すと、何かがなかったのかワタワタとし始めたが、見つかったのか肩を撫で下ろしていた。

そんな様子が少しおかしくて、笑みが漏れてしまう。

エリザベスはふと、窓の外を見た。

燦々と輝く日の光が地上を照らし、晴れやかな晴天だ。しかし、エリザベスの心が晴れることはなく日を見れば見るほど、どこか煩わしく感じる。

こんな思いは初めてで戸惑ったが、日の光はエリザベスをイライラさせる。

ふるふると頭を振り、授業に集中するように前を向いた。

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