7月3日

さいてー

部屋に戻って、日記を書いて、正義の部屋の前にいた。


「佳乃、ダメだ。日並にめちゃくちゃ怒られるし、何より勉強しなくちゃならん。」

"ボクも勉強する"

「とはいえ机は1つしかないしな…」

"ボクの部屋には2つある"


勉強机と、日記を書いたりする少し姿勢を楽にして書く為のローテーブル。


「…まあ、勉強したら下で寝ればいいか。ごめんな。一緒には寝てやれないけど…」

"構わない"


正義といる時間が少しでも増えるのなら…


――


「しっかし…狭くないかコレ…」

"これじゃなきゃ意味無い"

「…そうか?」


数分後。ちんまりとしたローテーブルを挟んで2人、各々の勉強道具を出してテスト勉強をしていた。もちろん1人用の机だからノートと教科書を1つずつぐらいが限界だ。

よく考えなくても机とローテーブルの間は結構ある。折角正義と居るのに、別々なんてヤダ。でも正義が断ったら仕方ないと思っていた。もしかしたら、それを分かって正義は敢えて何も言わなかったのかも知れない。


「でも佳乃、ほとんど分からないだろ?」

「……ん」


そりゃそうだ。なんだって半数以上欠席してるから。飛び飛びで理解なんてしている訳が無い。

でもする。している間は正義も近くにいてくれる。


「ま、あの先生達だ。何かしら救済をしてくれるんだろう…分からない所があったらなんでも言ってくれ?」

"ここ"

「ほう。まあ簡単に説明するなら…」


ほとんど分からなかったが、正義は優しく教えてくれた。


――


「…佳乃?熱心なのは良いんだが…そろそろ終わりにした方が…」

"まだ頑張る"

「…そっか。」


気付けばいつもなら寝ている時間になっていた。だけど、ボクは辞めようと思わなかった。この心地よい空間が無くなってしまうから。正義を引き止める方法が分からなかったから。


「なら、一旦休憩しよう。お茶取ってくる。」

「ん。」


正義が出るのを待たずに猫のびをしたが、幸い正義は見ていなかった。勉強は好きじゃない。したいかと言えばしたくない。けど正義と居られるなら…

肩がガクンと落ちる。いけないいけない…寝ちゃったら正義帰っちゃうよ…


心がどうなったとしても、頭の出来は変わらない。相も変わらず分からない数式を当て嵌めるが、どう頑張っても合わない。


分からないし面白くないし寂しい。そんな気持ちはボクの眠気を加速させる。でも…でも…


「お待たせ…ってもう寝そうだぞ。今日は寝るか?」

「…………ゃ……」

「つってももう寝てるぞ?まだ3週間前なんだ、そんな気張らなくても大丈夫だ。」

「…んぅ…」


意地でもペンを持って、問題に視点を当てる。正直なんて書いてるか分からなかったし、読めなかった。けど、正義が目の前に座ったのは分かった。


「寝るまで見ててやるよ。だから安心して寝な?」

「……ん。」


そう言ってくれるならありがたい。もう駄目そうだ、思うまま寝よう…

ボクは当たり前のように正義の前まで歩き、あぐらをかいている足の上に頭を下ろした。


「ちょ!?佳乃、違うぞ!?ベッドはあっち!」

「…………」


もう寝る体勢に入った以上動けない。ボクは理想の寝床を見つけて…しまった…らし…


――


次の日。目が覚めたらベッドの中だった。ぼんやりとした頭で昨日の事を思い出す。

正義、帰っちゃったんだな…残念だ…


寝ぼけも程々に髪を梳き、準備を整えて食堂に向かう途中。珍しく正義と出会った。自力で起きたらしい。


「おはよ…昨日は大変だったぞ?いいか、異性の上で簡単に寝ちゃダメだ。いくら親友でも、だぞ?」

"ごめん"

「まあそんな悪気は無いとは思ってる。だけど、やっぱり他の人が見たら勘違いしてしまうし、俺達も恥ずかしい。それに…俺もドキドキしてしまう。」

「だからああいうのは恋人同士でやるんだ。分かった」

「何をしてたのかなぁ…聖君?」


ここは食堂と洗面所の間。朝の1番往来のある場所ともいえる。そんな所で声も絞らずに話せば気付かれるだろう。


「い、いや…勉強だ。」

「恋人同士でやるんだ?勉強を?」

「……」

「一体どんな勉強したのかしらねぇ…? ねぇ佳乃ちゃん。どんな勉強したの?」

"分からない事を教えてもらった"

「…あのさ。昨日も言ったよね…?」

「今の言葉足らずでそっち方面に持っていく日並が悪いと思うんだが!?やったのは数学だ!」

「一応言っておくけど聖君の信用度ゼロだからね。」

「なんで!?なんか俺した!?」

「ハグにキスに添い寝にお泊まり。挙げ句の果てには過保護。もう心配しかないわ…」

「八割方佳乃からなんだが!?」


この辺で興味を失ったボクは水を取りにキッチンへと向かう。


「おはよう。毎日うるさくて堪らんな…」

「ははは…朝からよくあんなに声出せますね…」


落ち着いた2人の会話を尻目にコップに水を注ぎ、喉を潤す。


「座ってゆっくりしているといい。すぐに出来る。」

「ん。」


手伝いは不要のようだ。椅子に座る。手持ち無沙汰だったが、別に苦痛でも退屈でもなかった。


「今のうちに、日記をつけたりしないのか?」

"寝る前に書く"

「そうか…持ち物の確認も大丈夫か?」

「…ん。」


微妙な空気を作り出してしまった。だけど気にしちゃいない。そんな思考が出来るほどボクは出来ちゃいない。


――


ランニングも特に文句を言うことなく走った。いや、やだとは言ったが、正義に走った方がいいから走れと言われたから走った。理由はよく分からない。


「おはよー」

「おはよ!」

「……ん」


わざわざ笑顔で迎えてくれるクラスメイトの横を無表情で通り過ぎ、自分の席につく…事無く正義にくっつく。


「あのな…ほら、周りも殺気立ってしまうし学校ではくっつくの無しだ。分かったか?」

「……ん」

「何が学校ではだ!寮でも無しだろ!!」

「んだと…!?おい日並!ちゃんと止めておけとあれほど」

「言ってるわよ!ずっと、ずーっと!なのにこの男ったら佳乃ちゃんをすぐに誑かして甘やかして…!」

「あ!?日並、スパイだったのか!?」

「スパイも何も、私は佳乃ちゃんを誑かす聖君が許せないだけよ!」


ワーワーと騒ぐクラスメイト。いつも通りだ。


「ああ…バカが移りそうだ。」

「まあいいじゃねえか。元気で。」

「お前は参加しなくていいのか、九条。」

「ああ。何よりこういう状況を作り出したのは俺の案だ。」

「…ほう」

「さてと。佳乃ちゃん、髪飾り気に入ってくれたみたいで良かった。」

「ん。」


頷くとチリンと音がした。


「本当に似合ってるぜ。で、それとは別に話があってな。佳乃ちゃん、賭け事をしよう。」

「ん。」

「即答だな…じゃあもう1つ、佳乃ちゃん、賭けるものはなんでもいいよな?」

「ん。」

「よし決まった!」

「おい、一体何を話している。」

「なに、佳乃ちゃんの了承を得ただけさ…」

「お前、今日高は何を言われても肯定を…」


ニタァっと笑う九条君。


「分かってやったのか…?お前」

「思い出したんだよ……俺ら初めっから対等にやり合う気なんて無かったはずだった。そうさ、どんな手を使ってでも勝利をもぎ取って戦利品を手に入れる…そうするのが俺達だ。」

「最低な行為だそ、分かってやるなんて…」

「いいさ、最低でも。俺は佳乃ちゃんが欲しい。佳乃ちゃんのあの柔らかな肌に触れたい……!」


馬鹿みたいな理由でも、人は、男は強くなれる。むしろ馬鹿な事ほどワシ達は燃えられる。そんな事、おじいちゃんが言ってた。

今、それが体現されていた。目の前で。

「……?」

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