どきどきくっきんぐ/ちーと

階段を下りると何やら賑やかだった。なんというか、実験でもしてるかのような…


「ねえ…なんでこんな嫌な感じがするんだろう?…本当に大丈夫なのかしら…」


食堂前ともなると少しずつ声も聞こえてくる。


「おお!これは絶対美味い!酒のつまみに良さそうだ!」

「いやあ、ごま油が無くて困ってました…オリーブオイルでも何とかなりそうですねぇ」

「革命だ!俺達でも作れるぞコレぐらいなら!」

「いや、シンプルだが複雑だ。やはり麻生の腕があってだろう」


「……開けるよ。」


ガチャリ。扉を開ければ悶々とした煙たい空気。


「ちょっと!換気扇回しなさい!」

「どこにあるんだ?」

「目の前にあるでしょ!もう煙たいって…!ってなにコレ!?」


覗いてみると、なんていうか…独創的なものだった。中華麺と思わしき麺がカラッカラに揚げてあった。

…どゆこと?


「…佳乃ちゃん、今日はコンビニで食べましょ。」

「……ん。」


なんか味は気になるけど…


「うわぁぁ待って待って!?み、見た目はちょっと…変だけど!ちゃんと調べたんだよ!?」

「…で、これは何なの…?」

「…揚げラーメン」

「佳乃ちゃん、私八宝菜の気分。佳乃ちゃんは何好き?」

"じゃがりこ"

「待ってって!名前も形も変だけど!味は確かだから!ね!?ね!?」

「…百歩譲ってラーメンは分かったわ。だけどなんで揚げようと思ったわけ?」

「いやあ…ちょっとアレンジ、なんて」

「いい!?アレンジをしていいのは料理がちゃんと出来るようになってから!普段料理しない人がアレンジしてろくな事起こらないんだから!」

「まあまあ、そう熱くなるなよ。意外と美味いぞコレ。」

「ああ。確かにラーメンでも揚げ物でも無いが…味は悪くない。」

「………………ああもう!分かったわよ!食べる!」

「ありがとう日並さんんん!」


という事で…よく分からない料理が食卓に並ぶ事になった。


――


「辛い…濃い…しかもベトベト…ねえ、コレ…」

「…時間が経つとそうでもねぇなコレ。うん。」

「作ってなんですけど…ちょっと…」


地獄の晩餐となった。食欲の塊である正義と先生ですら止まる味。夢姫ちゃんの言う通り、醤油スープにつけて食べるのだが、辛い。それも濃い方の辛い。麺として啜るならちょうどいいのかもしれないが、一気にかぶりつくとなればスープが邪魔なほど乗って辛くなるのだ。

だけど何か加えたらあるいは…ふーむ……


「佳乃?佳乃ー?色々聞きたいことはあるけど、とりあえず大丈夫か?」

"大丈夫じゃない"

「だよな…どうにかして食べれるといいんだが…」

「もう無理…」

「佳乃、なんか無いか…?」


頼られてもなんだが。と、思ったけど閃いた。この揚げ麺を見て思い出した。皿うどんの事を。


有り得ないほど残った鍋をモタモタと持ち上げ、正義がヒョイっと上から支えてくれる。それをコンロにあげ、水やら料理酒やら入れて味を中和させる。

そして片栗粉を水で溶き、スープの中でかき混ぜる。とろみがついてきた。ちょっと舐める…うーん…もう少し薄めに。皿うどんに近付けてウスターソースを…


持てる知識を全部振り絞って餡掛けを作る。後で調べたところ揚げラーメンでなく、固焼きそば、といったところだろうか。


でーん。もう一度鍋を運んでもらい、麺にかけてみる。みるみるうちに麺同士が別れ、皿うどんのようになる。だけど一つ一つが太くて、噛みごたえのあるものになった。


「…すご。美味しくなった…」

「…進むぞ!」

「…流石だな…」


各々の褒め言葉に反応するでもなく、食事を続けるボク。

ボクはあくまでも、正義の要望に応えただけだ。


――


「…という訳で、佳乃ちゃんには髪飾りを付けてもらってます。」

「ああ。機械に触れる事もないから特に問題ないと思うぜ。しっかり伝えておく。」


食事をしてる途中。ボクの髪飾りについて、夢姫ちゃんが説明して、先生から承諾を得た。

もうみんな分かったと思うけど、答え合わせする?


そう。正解は小さい子供が履いてるピッピッと音が鳴る靴と同じ意味。つまり迷子対策である。


だけど聞いてるようで聞いてないボクはそれに憤慨する訳でも抗議する訳でもない。

だって結構気に入ってるから。その気に入りっぷりは相当で…


「佳乃ちゃん!?お風呂の時は外すって言ったよ!?」

"濡らさなければ問題ない"

「頭洗えないでしょ!」

"洗わなくてもいい"

「良くない!置いてきなさい!」

"取られるかも"

「……もー!聖君に預けてくる!それでいい?」

「ん。」


その日から常にボクの頭か信頼してる人の手に置くようになるぐらいには、気に入ってた。


――

勉強会中も頭を揺らして鈴の音を楽しむボク。


「佳乃ちゃん、九条君に喜んでる所見せてあげたら喜ぶかも。」

「…ん。」

「はい、ピース。」


もちろんだが写真に収めたら無表情で見つめるボクになるから楽しそうか判別できない。

まあだけど麻生君が何かしら付け足してくれたんだろう。


「喜んでくれてて何より、明日会うのが楽しみだって。」

"それは良かった"


どこか他人事なボクの返答。


「ふむ…和風なのもいいね。今度和服用意しようかな。佳乃ちゃん、また描かせてね?」

「ちょっと待った。それは佳乃に選択肢が無いだろう?」

「そんな事無いわ。佳乃ちゃん、描かれるの嫌?」

"嫌"

「嫌だったの!?」

「嫌じゃないと思ってたのか!?」

"楽しそうだから付き合う"

「よ、佳乃ちゃん…!なんていい子!」

「あー…まあ佳乃が良いって言うならいいが…嫌なら嫌って言うんだぞ?」

「もう、水差さないでよ!せっかく貴重な被写体…じゃなくてモデル…じゃなくて優しい友達なんだから!」

「…ボロッボロに口が滑ってるぞ…」

「…静かにしろ。集中できん。」

「なんでお前は勉強してるのかなぁ…?」


そりゃ、勉強会だし。


「テストも3週間を切った。そろそろ動き出しておくのがいいだろう。」

「けっ…1週間ありゃ充分。赤点回避ぐらいなら。」

「向上心の欠如、自己啓発能力の不足、計画性の無さ…なるほど、お前らしい。」

「だーもー!喧嘩しない!勉強なんてしなくてもいいじゃない!そんなに難しい所なんて無いじゃない、そもそもさ…?って何…」

「「え?」」


2人固まる。もちろん麻生君も。ボクだけは機嫌よく揺れている。


「な、なによ。」

「もしかして、日並…テスト勉強、とか」

「…した事無いわね…授業の分で理解してるわ。結局応用問題も基礎問題をいくつか組み合わせたものだし…」

「…じゃあコレ。応用問題だが、解ける」

「4√3だから4500J。だから答えは約459.2m。合ってる?」

「ちょっと待て。計算式は…」

「要らないでしょ?暗算で解ける範疇よ。」

「「「……」」」


そりゃ黙る。求めたのは運動エネルギーから、重力を抜いた分。意味分からないよね。大丈夫。習ったボクでも未だに理解してないから。多分説明違うし。


そんな弱いボクのおつむじゃ解けない問題をサラッと暗算で、しかも数秒で導き出した。本当にチートでしょ?チート過ぎて怖くなるよね、ほんとね。


「…石田。俺も勉強した方が良さそうだ。」

「ああ。思った形では無いが理解したようで何よりだ。」

「ねえ、そんな事言われたらちょっと不安になってきたわ。早く次の問題を頂戴?」


嫌なほど勉強をした方がいい意味を知る会は唐突に始まり、ボク以外の男子達に勉強会の意味を思い出させてくれたようだった。

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