うんどーはとくい
「難しい事は言わねぇ。今日水泳授業あるだろ?そこでリレー対決としようぜ。水中だ、策略なんて立てようがねぇ。」
「どうだか…信用してないぞ。」
「手厳しいねぇ…ま、いいさ。往復で6人。クラスメイトから1人貸して」
「いい。その手には乗らない。」
「ま、1度見破られたちゃちな手が通用するとは思ってないさ。いいぜ、選びな。お前らが選ぶといい。何処まで俺の息が吹きかかってるかよく見定めるといいさ。」
「戦利品は勝敗決めたら考えようぜ。でも佳乃ちゃんの許可は得てるぜ?なんでも良いってな。」
少年並みにいい笑顔を残して九条君は去った。残るは思い切り拳を握りしめる石田君だけだった。正直少し信用が足りないが…ピトッと腕に絡む。ビクッと体を跳ねさせる石田君。
「…日高。その…まあ……いい。」
「…ん。」
大丈夫だ、誰よりも厳しい石田君だけど、誰よりも優しい心も持ってる。1人で立ってるよりはよほどいい。
――
「で?俺がめちゃくちゃに怒られてるのになんだその状況。」
「日高の自由だ、日高がこうしたいのなら何も言うまい。」
「とか言って。実はお前が佳乃に頼んだりしてねぇよな…?」
「軽率な予想は言わない方がいいぞ。馬鹿がバレる。」
「んだと!?」
「もううるさいわね…!で、要件はなんなの?」
「九条が無理やり勝負を寄越した。6人1組の水泳対決だとさ…」
「え、ええ…!?僕運動苦手なんですけど…」
「そうねえ…聖君と石田君、それと私は大丈夫だとして、麻生君は苦手そうだし、佳乃ちゃんに関しては未知数…」
「中学でも全部パスしてたからな。佳乃、泳げるのか?」
"一応"
「まあ中1は別だったしそっちではプールもあったか…」
"プール無かった"
「…え。じゃあ最後に泳いだのは…?」
"分からない"
「やっべぇ…どうするんだ…」
頭を抱える正義。ボク何かした?
「もうひとつの問題もどうにかしなきゃね…誰を入れるか、よ。」
「どうするかね…信用出来そうなのは女子ぐらいなものだが?」
「うーん…美波は及第点。秋奈はちょっと…って所かしら。勝ちを狙うには少し不足気味ね。」
「厳しい判定だな…」
「あ、私1人だけ心当たりあるかも。」
そう言うと夢姫ちゃんは後ろを振り返って大きめに声を掛ける。
「おーい、下僕ー!力を貸しなさい!」
もちろんシーンとするクラスメイト。下僕て。そんなのさすがに居ない。
「…あれ?今日は休みなの、下僕。ねえ、いないのー?」
ガヤガヤとするクラスメイト。間違いなく、夢姫ちゃんは下僕といった。つまり下僕は存在するらしい。いつの間に。
「あ、いるじゃない。居るなら返事しなさいよね。」
いたらしい。カツカツと足音を鳴らして下僕がいるらしい方向へと向かう夢姫ちゃん。その先には……
「ねぇ、下僕。ちゃんと返事しなさいよね。」
「ああ…!?俺、俺なの!?」
西野君がいた。夏の日照りが頭に反射している。
「あのね。私はそんな簡単に下僕を作らないの。オンリーワンよ?喜びなさい。」
「誰が悲しくててめぇの下僕にならにゃいかねぇんだよ!?第一そんな約束した覚えもねぇよ頭沸いてるのか!?」
「うるっさいわね…忘れたの?今まで仲良くやってきたじゃない。」
「ハゲやらくさいやら果てには蹴り飛ばされてはたかれてるんだが!?」
「ハゲもくさいのも事実。しっかり受け止めなさい。」
「やめろ、真剣な顔で言うのはやめろ!刺さる!」
「そう…ごめんね、思ったより…気にしてたみたいね。傷口を抉る事してしまってごめんなさい…」
「やめてくれ、しんみりすんな!」
「という事で水泳のチームに入れたげる。感謝しなさい。」
「どういう事で!?どういう経緯で!?」
「ほら一々考えなくていいの。下僕。」
「だから下僕じゃねぇって!」
「西野…お前、堕ちる所まで堕ちたな…」
「同い年に下僕扱いされて嬉しいか…?」
「なあ、お前ら話聞いてる!?どう考えても喜んでねぇし堕ちてねぇよな!?」
「なんでも良いけどそれじゃよろしくー」
「あ、おい待て!待てって!」
何もしてないのに周りからの評価が下がっていく西野君。……を見てるわけもなく、ただその経緯を見守っていた。
「という事で完遂。後は練習ねー」
「……まあいいか。時間が足りない。延長を提案した方がいいだろう。」
「そうだな…ま、なんでもいいや…」
夢姫ちゃんの強情過ぎる目の前の惨劇を見て2人とも投げやり気味だ。
「じゃあ今日と…明日プールでも行ってみるか?」
「異論はない。」
「楽しそうですね!」
「遊びに行くんじゃないけどね…?でも流れるプールに佳乃ちゃんを流して…むふふ……」
「日並も煩悩に流されてるぞ。で、佳乃…明日プールでもいいか?」
「ん。」
「正直な感想は?」
"面倒"
「ま、そうだよな。最悪泳げるのが分かりさえすればすぐ終わってもいい。ちょっとだけ我慢してくれ。」
「ん。」
「じゃあ後は西野に…」
「西野ー。明日プールに来るのよ。分かった?」
「おい、俺の予定は!?」
「どうせ無いでしょ、非リアめ。ご主人様の言うことが聞けない訳?」
「いつまで言ってんだこのバカ!」
「…はあ…」
ボクと夢姫ちゃん以外のみんなの疲れがどっと溜まったに違いない朝の一幕だった。
――
1時間目をそつなくこなし、着替えに入る。当たり前のように全身を触られるが、何とも思わない。むしろ触り返す余裕すらあった。全裸でも恥ずかしげすらなくマイペースに着替え、プールへ。
「…似合い過ぎだな。」
「これぞスク水だよな…」
そんなにボクが珍しいのだろうか。
などと言ってる暇もなく授業へ。醍醐味の一つでもある入る前のシャワーでワーワーと言うアレも、足だけ付けてワーワー、全身浸かってワーワー言うアレもボクには無い。まるで何も感じてないように、身を縮めるでもなく微動だにしない。
一切楽しそうにする事無く次の指示を待つ。もちろん水深ギリギリだから少し高い場所にいる。
「とりあえず日高は初めてだし、水に慣れることからだな。ほら、顔つけられるか?」
ばちゃん。思い切り顔をつける。水中では呼吸出来ない。一体どうすればいいのだろうか。指示も聞こえない。
その時、肩を持ち上げられ頭が上がる。
「おい、大丈夫か?」
しまったメモ帳が無い。どう答えたものか。
「……ん。」
「別に我慢大会じゃないからよ…だけど、水には慣れてそうだな。今度はバタ足。こうサイド持ってな…」
その後も言われた通りにこなしていく。何となく昔の感覚が戻っていく。最後に泳いだのは小学何年生だっただろうか。海に行ったのはいいけど日差しで大変な思いをしたんだっけ…
「よしよし、覚えが早いぞ。次はそうだな…背泳ぎも。まずは力抜いてぷかーっと浮くんだ。」
得意分野だ。力を抜いて何もしないのは。
――
「おお、形になってる。凄いな。けど…」
「持ち前の運動神経なのかな?でも…」
「まあリレーだし体力面はそこまで心配ないな。だが…」
「「「息継ぎしてない(ぞ)!」」」
そうである。とりあえずクロールは泳ぐ形は出来たのだが、息継ぎが上手く出来ない。ちょっと苦しいが何とか持ちそうだから息継ぎは無しの方向で。首を絞められてる時よりはよほど優しい。
かくしてボクも何とかなった。あとは運動音痴の麻生君だけである。
「おい!麻生!?沈んでる!浮かべ!帰ってこい!」
「ぶくぶくぶく……」
……結構な道のりになるかもしれない。
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