こどもよりも、こども

授業の終わり。ボクは理事長室に呼ばれていた。


「…まあ、なんだ。私物はいいけど、やはり体操着で入っちゃうのはマズいと思うんだ。もしそれで心臓発作を起こしてしまうと一大事だからね…」

「本当に申し訳ございません…もっとちゃんと止めるべきでした…」

「いや、全部が君のせいだとは思わないよ。1人で全員見るのは厳しいだろうしね。まだ1学年しか無いのもあって人員は余っている。次からは何人か応援を呼ぶ事にしよう。」

「分かりました。助かります。」


「それはそれとして…日高君。プールは水着で入るものだ。体操着で入るのはよくないね?」

「…ん」

「水着というのは泳ぎやすいのはもちろん、水面下でも体温が下がりすぎないようにする効果もある。脱ぐ時にも不思議と水着を着ていた部分はさほど濡れていないだろう?だけど、体操着にはそんな効果は無い。全身が濡れて、寒かったろ。」

「ん。」

「楽しかったのもわかる。夢中になってしまったのかも知れない。だけど、風邪を引いちゃ意味が無い。安全と健康にはしっかり気をつけて欲しい。出来るかな?」

「ん。」


出来るか出来ないかだけじゃなくて、危ないか危なくないかも考えないといけないってことか…


「難しく考える必要は無い。危険だな、とか怪我しそうだなって思ったら辞めるようにして欲しいということだ。分からなかったら周りの人に聞くんだよ?」

「ん。」

「よし。じゃあこの話はおしまい。ホームルームに行っておいで。…場所は分かる…よね?」

"多分"

「…一緒に行こうか。」


結局理事長に送迎されて教室へと戻ってきた。道順を見るに、1人だったら迷ってたような気がした。


――


「おかえり。流石に体操着で飛び込むのはこっちの肝が冷えるぜ…」

「びっくりしたもんな、まさか来ると思わなかったし…」

「なにより足が届かなくてプカプカ浮いてるのが良かった…」


各々の反応で迎え入れるクラス。ボクは特に歩みを止めることなく席に着いた。


「……で、まあ一応の為言っておくとプールには水着以外で入らないこと。今日の知らせは以上。解散。」


先生も少し疲れ気味の様子で教室を出ていった。きっとボクの処遇について色々と話し合いがあったのだろう。高校生にもなって体操着でプールに飛び込んではいけない、そんな風に言わなくちゃ分からない子供が一人できてしまったのだから先生方も判断に困っているのだろう。


「佳乃ー、買い出し行くぞ。」

「ん。」


でもボクにはそんなことすら見抜けなかった。


――


いつも通り買い物をこなすが、どこか街の人も困惑していた。今までなら少しでも反応を返していたボクだったが、今日は正義にくっついたまま顔を上げずにぎゅうっと固まってしまっていたからだ。


「どうした?初対面でもあるまいし…」

「ははは…嬢ちゃん、今日の野菜も新鮮だよ。ほら、持ってってくれ。」


差し出される手も反応せず、隠れるようにくっつく。


「参ったな…すみません、何か不満があるのかも。」

「いやいや、いいよいいよ。毎日機嫌のいい人なんていないからねぇ…」


正義は何度も頭を下げて、八百屋さんを後にした。ボクはその間も目線を向けることなくくっついていた。


「…流石に失礼な態度だったと思うぞ?何が嫌なんだ?」

"信用に値しない"

「信用…?」

"裏切るかもしれない。怖い。"

「そんな事はないと思うぞ…?いきなり包丁もって走ってくるのは想像出来ねぇし…」

"信用出来ないなら、分からない"

"全部嘘なのかもしれない"

「…分かった。また説明するよ…佳乃が信用出来るようになるまでは。」

「ん。」


ボクのあった事は誰も知らない。だから誰にも理解して貰えない。

だけど、ボクの心が壊れたのは、信用して、裏切られた事が原因なのだから。


「お、いたいた。ここからは代わるよー」

「日並?」

「うん。じゃ、佳乃ちゃん行こっ!」

「待て待て待て…どこに行くんだ?別に俺も付いて行くが…?」

「今から行くのは百貨店の水着売場!佳乃ちゃんの水着買わなくちゃいけないでしょ?」

「ああ…そういう事か。分かった。じゃ、先に帰ってる。」


夢姫ちゃんと繋いだ手。離された正義の手。片手じゃ書くことが出来なかった。


"正義も一緒に来て欲しい"…と。


――


若干不満が残っているが、夢姫ちゃんが嫌いな訳じゃない。ただ正義もいたらもっと良かったというだけ。


「すみませーん、この子に合う大きさの水着って…」

「うーん…ちょっと連絡してみますね…」

「え?いや、ここでサイズを測ってもらえたら…」

「ええ、はい。分かりました。ではそちらへ誘導させていただきますね。はい。」

「えっと、あのですね」

「はい、まだあるそうですよ。どうもこの時期はよく売れますので在庫が薄くなっておりまして…」

「は、はあ…で、実物は…」

「3階の子供服売り場に在庫ありますのでそちらへお願い致します。」

「…はい。佳乃ちゃん……気にしないでいいのよ?ちょっと…ちょっとだけ大人の身長には足りないかなーってだけだから…ね?」


何が言いたいのか分からないけど、子供服売り場にあるのは普通だろう。いつも通りの話だ。


3階に上がると、一気にカラフルな売り場になる。大きく書かれたKIDSの文字がカラフルに踊っている。


「なんか…ごめんね。同級生の買い物なのに、ここにいる事が変な感じだよ…」


ボクも基本1人で買う…ことも無いが。残念ながら慣れてる。子供服売り場歴16年は伊達じゃない。


「お話伺っております、140cmですね…こちらになります」

「なんやかんやであの人ちゃんと測ってたんだな…」

「いいお姉さんですね。妹ちゃんは恥ずかしがり屋さんなのかな?」


やはり顔を上げないボク。


「いやぁ…この子高校生で…ははは…」

「……ええっ!?それじゃこれはダメですね…」

「え…?」

「てっきり小学生の方かと…失礼しました…ええっと、小児用水着はパッドが入ってないんです。でも、高校生だったら無いのは恥ずかしいですよね…ちょっと、問い合わせしてみます…!」


慌ただしく走る店員さん。ボクは警戒を解き、顔を上げる。


「パッドって……入ってないものもあるんだ…あ!いや、別に小さいとかそういうのが言いたい訳じゃなくてね!?」

"知らなかった"

「あ、佳乃ちゃんも?そうだよね…普通分けられてるなんて思わないよね、てっきり付いてるものだと」

"水着にもパッド入れるとこがあるなんて"

「……え!?じゃあ佳乃ちゃん去年も入れてなかったの!?」

「…ん。」

「そ、そんなの浮き上がっちゃうじゃない!佳乃ちゃんは気づかなかった訳!?」

"分からない"

「分からないって…自分の体じゃない。」

"プール、入ってないから"

「…え?」

"毎日嘘ついて入ってなかった。男女別で別れるから、正義もいなかった"

"水面なんて身動きの取れない場所で愛沢さんと一緒なんて嫌だったから"

「…佳乃ちゃん…大変、だったんだね…」

"もう終わったこと"

「うん。今年こそ…プール楽しもうね?」

「…ん。」


去年までは、ただ露出が大きくなって、日差しが暑いだけだった真夏の昼下がりの授業。楽しそうに笑う声に苛立ちを覚えながら、1人空を見上げていた。

今年のボクはどうだろう。きっと、心配することは無い。夢姫ちゃんが楽しむって言ってるんだから、楽しめるに決まってる。


「お待たせしましたー!なんとか今日中に手に入りそうですー!」


ぎゅうっと体を固めながらも、明日の楽しい時間に思い耽っていた。

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