7月2日

ボクはだれよりも。

勉強会(ハリボテ)の後、先生に呼ばれた。先生の部屋で、向かい合って話をする事になった。


「まず、渡せてなかったから渡しておく。まず、服。悪かったな、傷開かせて…」


あったなぁ…忘れてるぐらいだ、別にいいのに。

"気にしてない"


「こっちは気にするもんだ。あと制服だろ。んで、いつぞやのお礼だ。日並に聞いたらこれがいいってよ。」


紫の花の耳飾り。大きくも小さくもなく、それでいて目立たない。確かにボクの好みである。


「…ん。」

「いいじゃないか。」

「…♪」


いい感じ。うんうん。


「で、本題なんだが。…日高。別に無理して言わなくていい。だけど、ちょっとは手がかりにならないかと思っててな…あの日について、少し教えてくれないか…?」

「……?」


何に使うんだろ。


"ちょうど先週から始まってる。昨日落ち着いた。"

「…?」

「……?」


聞いたのに何も反応しないのは何故?


「……ん?んん…?」

"生理"


「違う違うっ!んなリアルな話は聞いてない!てかそれなら答えなくていいだろ!?」


"あの日は、生理の事。女の子ならみんな知ってる。"


「悪かった!言い方が悪かったんだな!?俺が悪いんだなこれ!?」

「ん。」


逆にボクの何が悪かったのだろうか。ボクは質問に答えただけなのに。


「あの日ってのは、日高が米塚の兄といた日だ。辛かったらいい。もし話せるならと思ったんだ。」


"裏切られた。殴られた。襲われた。騙された。"


書ききったのと同時に吐いた。だけどボクは動じない。自分の吐瀉物がかかっているのに動かない。


「…すまん。着替えるか。」

「ん。」

「今じゃない!脱衣場で着替えるんだ!」


ボクの切れた心は常識と知識を分離させた。知識として、汚いのは知っていた。だけど、着替えなきゃいけないという常識はなかった。今のボクにはその欠如した常識を埋める誰かが必要だった。


どこから見ても無表情で、いつ見たって無感情。声に抑揚は無く、行動原理は人任せ。だけどボクは幸せだった。

空っぽのボクは、人の愛情があるだけで満たされたのだ。


「日高、ごめんな。今は何も分かりやしないが…絶対に元の日高に戻してやるからな…」

「ん。」


言葉は覚えている。しっかり残っていく。これはボクと先生の約束。

――


「…で、なんで当たり前のように俺の部屋にいるんだ。佳乃…」

「……?」

"一緒に寝たい"


「一応言っておくが、男女なんだぞ?一緒に寝るのは、なあ?」

「うー」


不満なボクは、正義の話を無視してベッドに飛び込む。


「普通に日並あたりにバレたらすげぇ大変そう…分かったよ、佳乃がいいならいい。じゃあ布団とってくる。」

"一緒でいい"

「俺が良くねぇの!」

"ボクが嫌い?"

「んな事無いけど、ドキドキして寝れねぇだろ?」

"ボクは安心して寝れる"

「俺は寝れてねぇけどなそれ!」

"ボクが嫌い?"

「そうじゃない!そうじゃないけど!」


何を言ってもボクは引かなかった。いや、よく分かってなかった。結局正義はボクが嫌いなのか、好きなのか。そこに男女間の躊躇いや恥ずかしさなんて無かった。ただ、親友で、信用出来て、好き。ボクからすればそれだけなのに。


「分かった、寝ればいいんだろ!後悔すんなよ!?」


後悔などある訳ない。ボクの本望なんだから。


――


「やっぱ狭ぇ…佳乃、気まずいだろ…?分かれて寝ようぜ。近くに居るから。な?」

「や。」


ぎゅうっと正義の袖を掴む。せっかく勝ち得たこの安心出来る最高の寝床を無くしてたまるもんか。


「やばいやばいやばい…!離れてくれ…!」

「………………ん……」


正義が言うなら…仕方ない…今までのボクなら涙をポロポロ零すぐらいには悲しかった。だけど、正義が言うんだから…


"部屋で寝る"


「や、佳乃…その……背中合わせなら…いいぞ?」

「…!ん。」


何がやばかったのか、なぜ離れたがったのか…それを考えて、分かるようになったのは大人になってからだった。

正義も男の子だったって事だ。


――


朝。目覚めれば正義は床に。夢姫ちゃんは廊下に仁王立ちをしていた。


「で、どう説明するつもり?」

「俺じゃない!佳乃から一緒に寝ようと…」

「佳乃ちゃんを誑かさないで!佳乃ちゃんはいま寝ようっていったら絶対寝てくれるんだから!」

「違う!佳乃からなんだよ!」

「ん、ん、ん…」

「ちょっと佳乃ちゃん見える見える!」


猫のび。朝は騒がしいぐらいがちょうど目覚めていい。


「佳乃ちゃん、昨日大丈夫だったの?」

"気持ちよかった。明日も寝たい。"


「な…!?聖君…?流石に、それは…!」

「何もしてない!誓ってしてない!」


騒がしい2人を避け、髪を梳く。


「おはよう。あの二人何やってんだ?」

"さあ"

「そうか。よく寝れたか?」

「ん。」

「それは良かった。」

"髪、結って"

「俺が?…まあ、やってみるか…触るぞ。」


いつもは夢姫ちゃんがしてくれるが、何やら言い争ってるから石田君に頼んだ。石田君も器用だから、上手くしてくれるだろう。


「あ、2人ともおはよー。佳乃ちゃん結ってもらってるんだ。いいね。」

「ん。」

「麻生、おはよう。なんだか朝食が出来る兆しが見えないから手伝って貰えるか?」

「うん。佳乃ちゃんも、する?」

「ん。」

「助かる。じゃ、すぐに取り掛かるか。出来たぞ。」


今日はツインテール。まあ、いいかも。


――


石田君は料理こそ出来なかったが、朝食に関しては言うことが無かった。コーヒーにトースト、バターがあれば充分。


「んー…いい匂い。だけどさ、佳乃ちゃんが居ない時はこんな風に言い争ったりして無かったからなんか、戻った感じだよね…」

「聖も日並も表情が明るくなったな…少し依存しているように思えるが、日高にとっても2人は重要だろうし…」

"みんな大切な友達"

「そうか。そう思ってくれているなら、嬉しい限りだ。」

「そうだね、僕も佳乃ちゃんは大切な友達、だよ?」


ゆっくりとした心地よい時間。それは遅刻寸前で急ぐ正義と夢姫ちゃんがご飯を詰め込みに来るまで続いた。


そんな二人を後ろ目に、外へ出る。ここ最近朝はずっと病室だった。久々の日光だ。

さあ…学校だ。


――


登校中もガヤガヤと騒ぐ2人を後ろに、ゆっくりと歩く。うむ…幸せ。


入学時はアレだけ拒んだ校門も、恐る恐るだった玄関も、怖気付いていた教室も何の抵抗も無く進む。


「おはよー!おお、ツインテールも可愛い!」

「…いい。」


珍しく九条君達よりも早く美波ちゃんと秋奈ちゃんが声をかけてくれる。

ぎゅうっと美波ちゃんに抱き締められながら、秋奈ちゃんに頭を撫でられる。きっと今まではある程度我慢してくれていたのだろう。そんな事考えたことも無かったが…


しばらくぼーっとされるがままにしていると、正義が来る。


「…佳乃、暑くないかそれ。」

"暑い"

「だってよ。1人ずつでいいんじゃないか?」

「あ、そうなの?ごめんねぇ」


パッと美波ちゃんが離れる。最初からそれで合ってると言わんばかりに秋奈ちゃんは微動だにしなかった。


「我慢しなくたっていいんだよ?友達なんだから、思ったまま正直に話してくれていいんだからね?」

"正直、胸が大きくて羨ましい"

「そういうのは正直に言わなくていいから!っていっても加減が分からないのかなぁ…?」

"冗談"

「…せめて顔の1つでも動いてたら分かるんだけどなぁ…」

「ま、着実にゆっくりやっていくしかないさ。」

"でも正義は胸が大きい方が好き"

「佳乃!?」

「違うわ!聖君は胸の大きさなんて気にしてないわ!」

「謎の助太刀ありがとう日並!」

「だって聖君は佳乃ちゃんを誑かして食べようとしたみたいだから!胸なんて関係無いわ!」

「「「「何ぃぃぃぃ!?」」」」

「日並ぃぃ!?お前その導火線は点けちゃいけねぇやつ!」

「コロス…!コロス…!」

"それはボクが小さいって事?"

「や、そうじゃないのよ佳乃ちゃん?でも…大きいとは言えない…じゃない?」

"冗談。小さいのは知ってる"

「佳乃ちゃんが怒ってるか悲しんでるか本当に冗談を言ってるのか分からないよぉ…」


男子は暴れ、夢姫ちゃんは困惑し、ボクは密かに楽しんでいた。…んだと思う。真相は、その時のボクしか、知らない。

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