たとえこわれたって

「佳乃ちゃんー!むふふ…」


脱衣場でお風呂も着替えもなく、二人きり。今までのボクなら窓を割ってでも出たがるだろうが、今のボクはお風呂湧いてないな…位しか思っていない。


「ほら脱がすよ…!ばんざーい」

「ん。」


言われた通りにバンザイ。夢姫ちゃんも少しだけ驚いた顔をする。


「よ、佳乃ちゃん。分かってる?私、佳乃ちゃん脱がしちゃうよ?」

「……?ん。」


少々理解は出来ないが、夢姫ちゃんが脱がさなきゃいけない何かが、あるのだろう。

いつもなら隠す小さな胸も、堂々と仁王立ち。下も、靴下だけになってもボクは変わらない。


「えっと…佳乃ちゃん、恥ずかしく無いのかな…?」


目の前にはしっかり服を着た夢姫ちゃん。ボクは靴下だけ残ってる。なんでだろ。脱ごう。


「……じゃ、じゃあ…近くで観察しちゃおうかなー?」

「ん。」


別に構わない。まだ初夏だし、寒くない。夢姫ちゃんがしたいなら、好きにしていい。

吐息のかかる距離でも何も思わない。


「…私、何してるんだろ…佳乃ちゃんだけ裸にして、近くで観察なんて…中々酷い事してるね…」


…ん。別にいいけど。でも、脱衣場に来たということはお風呂なんだろう。まだ沸いてないけど、もう沸くのかも。

それだから夢姫ちゃんはボクを脱がしてくれた…んだよね?じゃあ、ボクが夢姫ちゃんを脱がしてあげたら良いのかな。


「ちょ、ちょっと!?佳乃ちゃん何を…当たってる!佳乃ちゃん当たってるから!…くそう離れられない!」


身長をめいっぱい伸ばして、夢姫ちゃんの服を脱がしにかかる。確かに夢姫ちゃんに胸が当たっているが、仕方ない。


「佳乃ちゃん、止めてぇ!」

「ん。」


止めた。


「ご、ごめんね?流石に佳乃ちゃんも怒るよね、ごめんごめん…」

「……?」


怒ってない…怒るってどんなんだっけ。でも夢姫ちゃん止めてって言ってたし、止めるべきだったのは分かる。


「全く顔、変わらないね…佳乃ちゃん、恥ずかしくないの?」

「……?」


ちょっとむず痒い、ぐらい。お風呂まだかな…


「…あーあ、ちょっと一悶着してる内にお風呂に連れ込むつもりだったんだけど。もういいか。普通に入ろうね…」


わーい、お風呂ー


「あ、服持ってきてないね…私が、って佳乃ちゃんんんん!?」


服が無いなら、取りに行くしかない。


「……ん、終わったか佳乃ぉぉぉぉぉ!?」

「見ちゃダメっ!」

「うお!?なんだこれ、日並の匂いが」

「匂っちゃだめぇぇぇ!息止めてて!佳乃ちゃんの服取りに行くまで!」

「結構長いぞそれ!?目を瞑るからいいだろ?」

「ダメ!男なんて信用ならないんだから!すけべ!」

「何もしてないのに罵られてるんだが!?」


その間、我関せずのボク。全裸で服を取ってゆっくり歩いて帰ってきて…脱衣所で待ってそのままお風呂に入った。傍迷惑どころの騒ぎじゃ無いレベルである。


――


「いいか、佳乃。普通に裸で歩くのは駄目だろ?特に俺がいるのも知ってただろ。」

「ん。」

"でも、正義はボクを女として見てない"


「そんな事無いけど!?」

"ボクをおぶっても何も言わない"

「いや、それは…まあ、慣れたというか」

"胸が無いから?"

「……や、別に、そんなん…じゃ、無い…です。」

"正義はボクを女として見てないからいいと思った"

「そ、それは悪かった。だけど、石田や麻生が居るかも知れないだろ?だから、駄目だ。服は、着てから出るんだ。」

「……ん。」


いくら心が壊れても、悩みや思いは無くならない。ただ遠慮が無くなっただけなのだ。心の思うまま、動いているだけなのだ。


「そうね、これを機に佳乃ちゃんをもっと女の子として扱ってあげなくちゃね。」

「…ごめん。」

「…ん。」


今のは、理解出来た。


――


勉強会(各々好きな事をする時間)も、ボクはただ座っていた。時折みんなが話しかけてくるので、それに答えていた。


「ね、佳乃ちゃん。僕さ、佳乃ちゃんが好きそうなゲーム見つけたんだ。やってみない?」

「ん。」


この間教わったキーボードの持ち方を復習する。大丈夫。

フリーゲームだった。ツクールのやつ。


名前を入力して下さい。初めの初め、主人公の名前を決める場所。ボクは微動だにせずに、ただ麻生君の指示を待っていた。


「…好きな名前を入れるんだよ?」


好きな、名、前…と。


「違う違う!佳乃ちゃんの好きなように名前を決めていいんだよ。何でもいいんだよ?」

"特にない"

「そうか…うーん。困るなぁ…じゃあ佳乃ちゃん、好きな花は?」


花…?

"紫蘭"


この間の誕生日に貰った花。ボクはとても気に入っていた。じっくり鑑賞する暇もなく、花は枯れてしまっていたが。


「うん。いいね。じゃあそれにしよう。」

「ん。」


紫蘭…と。

名前さえ入れてしまえば、勝手に話が始まる。操作可能になったが、特に動かすこと無く待つ。


「んーとね、まずは落し物を探さなきゃね。佳乃ちゃんのやり方で、探してみてよ。」

「……」


ふむ…分からないな。ボクは知らないかも。誰なら知ってるだろう…やっぱり、正義?

おもむろに立ち上がり、正義の肩を叩く。


「どうした?」

"紫蘭の落し物はどこ?"

「……ん?謎解き?」

「佳乃ちゃん、聖君は知らないんじゃないかなぁ?やっぱり情報が足りないよね。街の住民に聞いて回ってみるのはどうかな?」

「ん。」


そうか。まずは情報を集めないといけないのか。

しらみ潰しに全員に声をかけていくボク。


「うんうん。全部集まったね。じゃあそれを紙に書いて、整理してみない?」

「ん。」


言われた通り、聞いた通りに紙に書いていく。


「どれとどれが同じかな…?」

「…ん。」


一つ一つ、ピースを埋めるように同じような情報を整理して、答えを作っていく。さっきまで何も見えなかったのだが、何となく分かってきた。


「と、なると。候補は3つ、だよね?全部探してもいいんじゃないかな。何も分からないよりはすぐに見つかる、でしょ?」

「ん。……♪」


麻生君と導いた答えは筋も通ってる。なんだか、楽しくなってきた。


「すげぇ…なんというか、誘導が上手いな。」

「ちょっとさっき勉強してたんです。佳乃ちゃんの為になるならと思いまして…」

「…そうか。予め答えを教えていても意味が無い。日高自身に出してもらうのが大切なんだな…」


"あった"


トントンと肩を叩いて教える。


「あ、ほんとだ。やったね。実はこのゲーム、出現位置がランダムなんだよね。だから僕も場所は知らなかったんだ。佳乃ちゃんの力だよ。」

「…♪」

"次は、何を探すの?"

「んーっとね、次はね…」


ボクは考える力を失った。正確に言えば、考えようとする力だ。幼稚園児のように誘導されなければ、考え方も出ないし、考えようとも思えないのだ。


それがボクの高校生活を大きく変えていく。悪い意味でも、良い意味でも。

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