【閲覧注意】3

19日目。もうボクの心はボクになかった。どうでもいい。なんでもいい。虚ろな視界には、何も認識されない。このまま死にたい。

気づけば薬の効果も関係無くなっていた。全て考える事を放棄し、ただそこにいただけだった。

何も感じない。何も思わない。どうだっていい。


「よっと…お、壊れたかぁ?おーい。」

「…反応無し…と。…そらっ」


殴られる。どうでもよかった。本当に、どうでもいい。

首も締まる。このまま死ねるなら、それでいい。


「あーらら、壊れちゃったねー♪後は心の底まで屈服させてやるだけだな。ほら。」


下半身を露出させる。


「握れ。ちょっとぐらいわかんだろ。」


どうでもよかった。ねちょ…とした気持ち悪い感触。生暖かさが……どうでもいいか。


「上下に擦るんだ。……違う、もっとこう…」


惨めな気持ちも湧かなかった。


「違うって言ってんだろ!」


思い切り蹴飛ばされる。思い切り浴びせられる罵声と暴力。だから。なに。


「…ちっ、下手くそ過ぎるがまあいい。…さて、コイツもぶっ壊れた事だし、使うだけ使ったら次の標的を潰すか。…あの綺麗な女子とかいいな…こんな貧相な体つきじゃ面白くねぇしな。オラ、もっとしっかり握れ。ただでさえゴミクズなんだからこれぐらいしっかり…」


ボクは引っかかった。ボクが終われば、次は夢姫ちゃんに行くつもりらしい。どうでも…よくなかった。それだけは…ボク以外に被害を出すのは死んでも嫌だった。なら、どうするべきか。

…ああ。殺せばいいのか。


思い切り握っていた手を立てて爪を食い込ませた。どんな痛みか知らないが、思い切りのたうち回っていたから相当痛かったのだろう。


何か凶器が無いか探した。目に入ったのは大きなボクのスマホ。躊躇なく、後ろを振り向いて脳天に振り落とした。痺れる腕。


「あ、ああ…!?痛てぇ…!」


倒れた身体の上に跨り、何度も何度も打ち付けた。ボクに感情は無かった。ここで殺してしまう事だけが脳裏にあった。

この程度じゃ殺せない。もっと大きい物じゃないと。ゆらりと立ち上がり、鼻血を流す顔を踏みつけ、椅子を引きずる。


「や、やめてくれっ!もう、頼む!!」


信じる訳が無い。早く死ね。


渾身の力で椅子を持ち上げた。なりふり構わず叫ぶクソ男。


「もうしない!こんな事やらない!だからやめてくれっ!お願いだぁ!」


知ったことでは無い。うるさい口を蹴り飛ばす。


ガチャリとドアが開いた。ボクは椅子を…振り下ろす前に止められた。


「佳乃、止まれっ!殺してしまうぞっ!?」


……すぅ…と身体から力が抜けていくのを感じた。もう…終わった…はずだ。どうでも…いいか。


下半身露出したまま血を流す男。完全に生気のない目をした無表情な女。その場所はむせ返るほどにボクの匂いで立ち込めていた。


――


気づけば取調室に連れられていた。質問をされたようにも思えるが、覚えていない。どうでもよかった。このまま死刑でも良かった。

何やら話をしていた。ボクは連れられるまま精神科へと来ていた。


何も覚えてない。だけど、ベッドで久しぶりに何も考えずに寝た。


――――


…時は進んで7月の頭。ボクは少しだけ心が回復していた。度重なる精神科と、両親のケアによって。

だから、ボクは高校に戻ることになっていた。


ボクは今までに比べて精神面がほとんど変わってしまった。感情の大半は、何も出なくなった。正確にいうと、出し方が分からなくなった。涙も、恥じらいも、怒りも。どんな感情かさえ分からない。忘れた。


「佳乃。僕は心配で仕方無い。だけど、佳乃…君に何があったのか、大半は分からないままだけど、きっといつか君の方から聞かせてくれる日が来ると…いいね。まずは、楽しんできて。夏休みまで少しだけだけど…頑張ってね。」

「ん。」


だけど、できる事も増えた。まず、恐怖の感情がほとんど無くなった影響で、声が出るようになった。いや、目覚めたら普通に出た。完全に治った訳じゃなく、まだ一音だけしか出せないが…それでも返事ができるようになったのは、大きな進歩…だろう。


「理事長さんと合流する地点は覚えてる?」

「…ん。」

"○○駅前 10時頃"


そして、文字が書けるようになった。人に伝える事が怖くなくなった。感情が無くなると、余計な思考も無くなる。


「うんうん、覚えてて偉いわ。…佳乃、困ったら絶対に言うのよ…?」

「ん。」


ぎゅうっと、お母さんに抱きつく。

更に、人にくっ付いても震えなくなった。むしろ、自分から時間があればくっ付くようになった。

駅に着くと、お父さんがハグを要求する。それに応えて、見送られる。


ボクがこうなるまでの話。米塚兄の処遇。ボクの処遇。何一つ、今の今まで聞いても教えてくれない。何があったのか、ボクには分からない。


……次の駅はすぐそこだ。


――


理事長と合流し、ボクは高校に戻ってきた。全てを聞いている理事長は、ボクに何か聞く訳でもなく、いつも通り…だった。

ボクも何を見るでもなく、座席に座って過ごした。


高校は、ちょうど授業中で、途中参加という形だった。


校門をくぐる。なんとも思わない。ただ理事長の後ろをついて行った。


教室のドアを躊躇なく開ける。授業中なのだから当たり前だが、全員席に着いていて、いきなり入ってきたボクを驚いた目で見ていた。ボクはそんな事お構い無しに、正義へと一直線に向かい、胸に飛び込む。


「お、おかえり…」

「……ん。」


やはり…落ち着く。


「おかえり!いきなり帰ってきてそれは聖ズルいぞ!佳乃ちゃん俺も!」

「いや待て!別に俺が仕込んだ訳じゃなく…」

「ん。」


調子に乗ってそう言ったのであろう桐谷君に抱きつく。これで…いい?


「……へ?……や、佳乃ちゃん、ちょっとした冗談なんだよ。本当に。いや…嬉しい…けどさ。」


嬉しいなら…嬉しい。


「はぁ!?じゃあ佳乃ちゃん俺はチューね!チュー!」

「……ん。」


そう言う九条君の頬にキスした。


「え。……ええ!?佳乃ちゃんんんんん!!?」


色々できるようになった。だけど、ボクは壊れてしまった。そう…自分で考える能力。そして、自分で道を切り開く創造性が全て無くなり、その人が喜ぶならする。ボクにとって何も無い方を選ぶ…だけど、意見があるならそっちに従う…

完全に自己思考能力が抜け落ちてしまったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る