苦労の夕飯作り

時刻は5時。買い物を終えて私と正義は寮へと戻ってきた。

「ふぅ…」

結構疲れる。運動は好きなのだが、絶望的に体力が無い。

それに、誰かに話しかけられるかも知れないという緊張も加わって心労も多い。

「疲れたか?一旦休むか?」

正義は優しく問いかける。私は…

「だいじょぶ。そろそろ用意しないと駄目だし、石田君の話も聞きたい。」

歩き出す。食堂に取り敢えず食材を置かなければ。

そして、食堂に辿り着く。そこでは石田君が腰掛けていた。

「さっきは、悪かった。」

それだけ言うと話す事は無いと言わんばかりに目をつむる。

「おい、それじゃ…」

いきり立つ正義を私は引っ張って止める。

「石田君も、ご飯、つくろ?」

きっと話したくない事だってあるのだ。私だって、ある。急いで聞き出さなくても、話してくれる日が来るかも知れない。無理に、言う必要は無いんだ。

「ああ。」

キッチンへと歩き出す石田君。

そして私にだけ聞こえる声で通り過ぎる際に

「…助かる。」

とだけ言って手を洗いに洗面所へ向かっていった。

「…たく、なんなんだよ?」

正義は自らの力でいじめを潰した。だからこそ、言いたくない、付け込まないで欲しいって気持ちが分かりづらいんだと思う。言ってくれたら、話してくれるなら解決してやるってスタンスでここまでやってきているから。

「正義。早く作るよ。」

だけど、それは正義に言わない。正義は正義らしい考え方があるんだから。だから、私が2人の架け橋になるんだ。

そう決意しつつ、私も準備に取り掛かる。

……ここからは大変だった。

まず石田君。石田君には食器の用意を頼んだ。取り敢えずコップと大皿。小皿。お椀、お茶碗を頼んだ。

…するとどうでしょう。振り返れば食器の山が積み上がってます。

「食器を出せといったのは日高だろう?」

至極当たり前の事をしたと言わんばかりの顔です。

「人数分で良いに決まってんだろうが。」

正義も呆れ顔で指摘します。でもその正義は…

お米をシンクから拾い集めています。

「なんで、研いだあとに手、出さなかったの…」

「佳乃はこうやってやってるだろ?」

「そんな勢い良く傾けないよ…」

そのまま勢い良くほとんど垂直に鍋を傾けた正義。当たり前ですが、お米が飛び散ります。

「家事できないって言ってたけど…こんなに出来ないなんて…」

「すまん(悪い)。」

これは唐揚げは私が作った方が無難のようです。ともかく、切るのを任せてみます。

「お味噌汁、つくるから。人参、皮剥ける?」

「やった事は無いが…それを使って皮に当てれば良いんだな?」

ピーラーを指しながら問う石田君。

「なら、石田君…お願い。」

意外にもいい感じに剥いていく石田君。こちらは任せて正義にも切ってもらいます。

「これ…豆腐。ちょっと難しいかも。縦と横1cmずつね。」先に横から切ったから後は上からお願いね。」

「十字に切るだけ…だな?大丈夫だ。」

やはり心配ですが、包丁を落とすだけです。流石に大丈夫そうです。

私も鶏肉の下ごしらえをします。臭みやぬめりを取るために一度茹でる方法もありますが、今回は割愛としておきます。軽く一口大にきって、醤油と料理酒を1:1で入れます。

そして、生姜、ニンニクをみじん切りに。そして入れます。ここでマヨネーズを入れるとふっくらした感触になります。

そしてそのまま保存袋へ。30分ほど漬け込みます。

「…見事な動きだな。無駄がない…」

どうやら石田君も作業を終えたようです。

「ところで、人参ってのは…」

「こんなに細いものなのか?」

石田君が持っている人参は細いなんてものではありません。刺さりそうなほどの尖った何かです。

「…剥きすぎだよぉ…」

「おい、佳乃。こんなのどうやって掴むんだ?」

そして追討ちをかけるように、正義は正義で豆腐を手で握り潰しているのでした…

まあ、結局私が剥いて、豆腐は無事な所は包丁で救い出しました。ネギはパックですし、ワカメは乾燥のものなので、特にもうお仕事はありません。お鍋でダシを取りつつ、一度、食堂で休憩とします。

「なんというか…すまんな」

「こんなにも難しいことを毎日やってくれてたんだな…」

「お前、今までも日高に作ってもらってたのか?」

「ああ。佳乃の飯は美味いぞ?」

「そうじゃなくてだな。任せっきりだったのかよ。」

「いや、佳乃が飯作ってくれてる間にこの辺の地理を調べたり、あらかじめ、学校と佳乃の事を相談したりしてた。」

「そうか。本人達がそれでいいなら…いい。」

すこし歯切れが悪いようである。さっきの言い合いを引きずっているのかも。

「…」

「…」

「…」

それにしても会話の続かない3人である。

「…1つ、提案がある。」

おもむろに正義が口を開く。

「なんだ?」

「明日以降なんだが…佳乃の事、俺1人では厳しいと思う。非常に嫌なんだが、石田。協力しないか?」

「…非常に嫌だな。だが、日高の為だ。非常に嫌だが、な。」

「助かる。非常に嫌だが、お前と協力すれば出来る事は増えるからな」

仲の悪い2人。でも協力してくれるようである。

「具体的には何をする?」

「認めたく無いが、お前のその頭の回転力は随一のレベルだろう。俺は腕っ節には自信があるが、頭の早さはそれほどでもない。だから、何かあった際にはお前の指示に合わせて行動する。どうだ?もちろん、人の事考えてないような案は却下させてもらう。」

「それでいいぞ。ただ、腕っ節はお前の方が強いかどうかはやってみないと分からんがな?」

「ヒョロいお前に負ける気はしねぇがな。」

「「…やるか?」」

「…やめて。」

すぐに喧嘩する。なんやかんやで声が揃ったりと仲良しなのである。

「…ちっ。分かった。」

自分の感情を抑えきれないのか舌打ちしながらも渋々といった表情の石田君。

でも私も驚きである。石田君も喧嘩するなんて。しかも体格的にも威圧感のある正義に全く怖じ気付かずに堂々と睨む感じ、相当自信があるのかも知れない。

でも、友達同士が殴り合いし始めるのは見たくない。そもそも、人に危害を与える様な事はして欲しくないし、怪我もして欲しくない。出来るだけ穏便に過ごして欲しいのである。

「そろそろ…揚げ始めるから。キャベツ、千切り。出来る?」

「少し…やってみてもらっていいか?」

全員が席を立ち、キッチンへと戻る。

いつもどおり、キャベツを半分に切って、手を添えつつ千切りにしていきます。

「おお…」

感嘆の声が上がりますが、千切りぐらいは出来るようになってもらいたいものです。

「俺がやればいいんだな?」

正義に包丁を渡します。

「石田君…は。お皿に切ったキャベツと、パセリ…レモンを添えて?」

「了解だ。」

今回ばかりは初日ですし、これから成長していけばいいのです。取り敢えず2人に任せて、揚げる準備をしておきます。といっても油は用意済みです。片栗粉を揉み込み、少しホットケーキミックスを入れます。これが美味しくなる秘訣でもあります。

十分に揉み込めたら一つずつ、丁寧に油に入れていきます。後は加減を見つつ、揚げるだけ。

正義に任せたキャベツを見にいきます。

…めちゃくちゃ綺麗に切れています。

「なんだか知らんが、綺麗に出来たぞ。」

意外な才能を見ました。

「盛り付けはこんなものだろう。」

石田君は石田君でプロの料理人のようなオシャレな盛り付けを作っています。

もしかしたら適材適所というやつを今間近に見ているのかも知れません。

「2人とも。ありがと。」

私も揚げるのに集中します。後は任せても大丈夫でしょう。

――

完成です。最初こそドタバタしましたが、とても綺麗で美味しそうなご飯が出来ました。

ちょうど先生も帰ったようです。玄関から重そうな足取りが聞こえます。

「たでーま…お、唐揚げか。良いじゃねぇか。」

先生も喜んでくれたようです。

「先に食うか…ありがとよ。」

「「「「いただきます。」」」」

「美味いなあ…自分でやった飯はまた別物だな…」

「日高のお陰だがな。美味い。」

「日高。飯作んの上手いんだな。コイツは美味いぞ。」

3者3様の答えでご飯を食べます。

いつもどおり。いい感じです。

「どうだった。お前ら、仲良く出来てっか?」

「そうですね…石田の協調性の無さを除けば良好ですよ。」

「聖がもっと頭使ってくれたら良くなるけどな。」

「…日高大変だなぁ?」

ずっと睨み合ってますからね。

何はともあれ、協力して作った夕飯は大成功であったのでした。

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