戦慄
私達は取り敢えず隣の正義の部屋を訪ねてみる…
「おい、聖。いないのか?」
3回ほど声をかけてくれたが、返事は無い。
「おかしい…流石にもう帰ってるだろうよ。日高を置いて外出するような奴じゃないだろう。…少し、過保護な位だからな。」
「やっぱぃ…怒ってぅのかな?」
「流石に怒ってないと思うが…妙だな…」
「取り敢えず共用棟に行ってみるぞ」
共用棟とはこの寮の共用で利用するスペースが集まっている別棟の事である。トイレ、シャワールーム、キッチン、食堂、自動販売機に談話室。洗濯機や乾燥機も完備している。この今までの5日間も利用していたが、人と出会う事は無かった。石田君は何処にいたんだろうか…
食堂の前についた。10部屋の割に大きい食堂だ。
「あ、いたぞ。聖だ…ぞ…」
言葉に詰まっているご様子。正義がどうしたんだろう?横からチラッと顔を出す。
そこには…
クラスメイトが集結していた。
「あ!佳乃!」
正義がこちらに気づく。
「帰ってきてもお前が部屋にいなくて心配したんだぞ!…ん?なぜ石田が…?まさか、石田ァ、お前手ぇ出したんじゃねぇだろうなぁ!」
剣幕をまくし立てて正義が話す。私も慌てて仲介に入る
「違うの。石田君は。私の怪我。診てくれぁの。」
「そうだ。勝手な妄想で俺を貶すな、脳無しが。」
言葉がきつ過ぎます。
「…んだと?…はぁ…済まない。俺のミスだ。」
素直に謝れるのが正義の良いところです。
「怪我、してたのか…見せてくれ。」
額を差し出す。
「内出血と言ったところか…痛むか?」
ふるふると首を振る。
「あの…その、クラスメイトの人ぁ、何故ここに…?」
「ああ…。謝りたいといって付いてきてしまってな…」
チラリと目線を合わせる。目があった生徒は本当に申し訳無さそうに佇んでいる。
「ごめん、日高さん。君の事、知りたかったんだ。でも、少し…やり過ぎた。日高さんの気持ちを考えてなかったんだ」
深々と頭を下げて跪く青木君。皆もそれに従うように跪く。
「本当に…ごめんなさい」
土下座である。私もそこまでされる事じゃ無いからアタフタする。
「顔。あぇて?」
正義の横なら、なんとか話せる。
「ボク。人と。はぁすの。にぁて。でも。みんな。僕のこと。きぃしてくれて。ボク。うれし。」
「だぁら。また。お話。しよ?」
皆こちらを見ている。驚いた目。嬉しそうな目。皆
「「「「「「「はい!」」」」」」」
私は今日、たくさん進んだと思う。頑張ったと思う。クラスメイトに恵まれ、先生に恵まれ、友達をつくり、人と話した。
でも、まだまだだ。これから…もっと頑張らないと。
そんな矢先にコツ…コツとのろのろと歩く音が聞こえる。この歩調は聞いた事あるような…
「おいおい、お前ら。なんで集まってんだ?歓迎会か?」
山田先生だ。
「違います。先生こそなんでここに?」
「俺はここの寮長になったんだ。監督官っていっても良いけどな。今日からここで住む。」
そういえば、監督官もこの寮にはいなかったのである。
「まあ別に好きにしてたらいいと思うぞー。やる事はやっときゃ俺は何も言わね。
あ、子作りだけはすんなよー。バレたら俺が面倒だからな。お前らがどうなろうとお前らの進路だから知らねぇぞ。」
子作りて。そんなストレートな。
「しねぇよ…」
「してぇよ…」
正義の言葉に重ねるように自分の欲望を垂れ流す奴らがいます。その気持ちは奥底に眠らしておいて下さい。
「で、だ。お前らなんで来た?」
「実は、さっき…」
正義が大体の顛末を説明する。
「ほらな。思ったとおりだ。日高には忠告したが、意味が伝わってなかったようだな?」
私に顔を向けてやっぱりと言った顔をする。
いきなり廊下を走る許可貰っても分かりません。
「お前ら…」
「はい…。」
「良いぞ、もっと追いかけてやれ。」
へ?
「日高はな、聖に守られてきたせいか、自身の危機管理能力が著しく低い。たぶん、お前らが口巧みに誘導さえしたらホイホイついてくるぞ?」
そんな軽く…ないけど。でも実際質問攻めの際の認識は甘かったし、当事者の私より先に正義が気づいていた。
「どうだ?お前ら。お前らのやり方によっては日高からなんか好きな様にしてもらうチャンスだぜ?」
妄想しているのかニヤけている男子生徒。身の危険を感じ始めます。
「もちろん、日高はそれに気づかなくちゃいけない。騙されやすい人は使い切るまで使われるだけだ。」
「そして、聖。…石田もか?守れる分は守ってやるといい。だが、お前らが答えを出すと意味が無いんだ。決定権は全て日高にある。」
石田君が私の友達になってくれた事に気づいています。教師の勘なんでしょうか?
「佳乃の…成長に。そう…か。分かり…ました。」
「俺は信用してません。俺らしく行動するまでです。」
「今はそれでいいんじゃないか?良かったなぁ、お前ら。口実を取付けなくても存分に欲望に忠実に動けるぜ?」
「さあ、今日は終いだ。明日から各々頑張るように。解散。」
ゾロゾロと出ていくクラスメイト達。すれ違いざまに今日はごめんねー、とかまた明日なー!と声をかけていってくれたのが嬉しかった。
――――
ここからは俺、聖が補足を書く。
「先生。どういう事なんです?初日からあんなに団結してる奴らにリミッターを外させていいんですか?」
「まあ教師としては良くないわな。でも、一人の人間として、人生の先輩としては間違った事はしてねぇと思う。
どう行動して、どう阻止するのかはお前ら二人の力量にかかってる。日高を守りたいって気持ち。ひしひしと感じる二人だからな。お前らならやれるぜ」
「多分だが。この状況でも日高は特に危機を覚えてないんだろうな…」
石田がボソリと呟く。
「なんたって今も、暴走した、そして暴走する権利を得た奴らに手を振り返してるぐらいだからな…」
「…なんていうか。前途多難って奴だな。精々頑張れや。」
少し過保護にやり過ぎたのかも知れない。よく言えば無垢なんだろうが…
「というか、石田が日高を守りたいってどういう事だ?」
石田は人との関わりを切りたがってたはずだが…
「…さっきな。お前らから逃げた事謝りたいって俺に相談しようとして俺を探しに来ていたんだ。」
「怪我もしてるみたいだし、俺の部屋で治療ついでに話してもらおうと思ったんだが、声が出ないようでな。」
「…少し待て。佳乃を部屋に連れたのか?」
仮にも女の子である佳乃を?
「そうしないと治療できんだろう?」
怪訝そうに言葉を返す石田。だが、俺のわだかまりは止まらない。
「佳乃は躊躇したり嫌がる素振りは全く無かったのか?」
「ああ。普通に付いてきていたが…」
初対面の男の部屋に入る事に躊躇いが無い…?佳乃…お前無防備すぎやしないか…?
「…。」
「もういいか?怪我をした原因を聞きたかったから聞いたんだが…」
「言葉にならずに詰まった、というところだろ?」
「そうだ。会話が出来ないなら言葉に表してくれって言ったんだ。」
「そしたら、手が震えて全く書けないようだったんだ。」
「…そんなに悪化してたのか」
「でもな、それでも俺に会話、してくれたんだ。」
「…あの佳乃が?」
意外な話だ。俺は佳乃が喋れなくなる前に出会っているからその日から話していたが、正直今の佳乃から他人に話させる事は不可能とさえ思っていた。…いや、理事長のような例外もいる…か。
「時間はかかったけど、な」
「俺に相談しようとして、行動して、望まない会話までして。ひたむきなその姿を俺は…応援してやりたいと思ったんだ。」
そうか。ついに、佳乃が自分で動き出した。俺はその成長に喜ぶ。
後はこの三年間で、成長出来るようにも、魔の手からは払ってやらねばならない。
「よし。やってやろうぜ。」
2人いればその分動きやすい。
「生憎だが…俺はお前には協力するつもりはないぞ?あくまでも、日高の為だ。分かってるか?」
「そうかい…」
素直じゃない奴だ。
まだ佳乃は去っていくクラスメイトにホニャっとした顔で手を振っている。正直かなり可愛い顔だ。
あの状態を維持してやりたい、再度決意をかためた。
そんな俺達を頷きながら見ている山田先生。
「初日から、いい感じじゃねぇか。上等上等」
「んじゃま、そろそろ始めるかね、寮会議。」
聞いてねぇぞ、おい。なんだ寮会議ってよ?
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