変化しなきゃ
「最悪だよぉ…」
寮に帰って真っ先に自分のベッドに飛び込んで一言。
みんなの不安そうな顔を思い出すと、逃げてしまった事に後悔してしまいます。
「だって、ボクのこと思って…」
みんな元気づけようと走って来てくれたんでしょう。怖かったけど。人の善意を仇で返すっていうのはこういう事なんだと思います。
「どーしよ…」
明日、なんて言えば良いんでしょうか…。無視しちゃった正義にも謝らなくちゃ。頭の中をぐるぐると色々な気持ちが渦巻きます。誰かに相談したい気分です。
でもいつもの相談相手の正義は当事者だし、理事長は忙しいだろうし、学校戻らなくちゃだし…寮で…誰か…?
…石田君がいますが、どうでしょうか…?友達になりたいと思ったこの気持ちが熱いうちに相談してみようかな…
でも、迷惑かも。近寄るなって言ってたし…やめようかな。
ふと、理事長の言葉を思い出す。夢を見つけるためにも目標を達成していく…そうです。私は、変わりたいのです。
重い腰を上げ、男子がいる1階へと足を運ぶのでした。
といっても、どの部屋かは知りません。正面から入ってすぐの右端が正義の部屋です。私はその真上にいます。
つまり、あとの4部屋のうちの何処かなんですが…
あくまでも寮なので表札なんて付いていません。うろうろ、うろうろと3往復ほどした所で共用の食堂から誰かやって来ました。
「何やってんだ?怪しい動きして。」
石田君です。
「ぁ…のぉ」
咄嗟の出会いだったので気持ちの整理が付いていません。
「なんだ?」
怪訝そうに私を見る石田君。
「その、あの…」
「…っ?」
どういう状態なのでしょうか?私は困惑して石田君を見返します。といっても私は140cm。石田君は長身だったのでほとんど首が上を向いています。マジマジと見ていると、相当な美形である事に気づきます。言動や立振舞に気を取られていましたが、インテリ系のイケメンです。
…10秒ほど経ったでしょうか。私もそんな事を考えてるうちに顔が火照り始めています。
「お前、頭、なんかあったのか?」
失礼な。頭は特におかしくありません。
「自分で触ってみろ。」
そう指し示しているのは額です。そっと触ってみると…膨らんでいるのが分かります。少し、切ったような痛みも感じます。さっき壁にぶつかった時に怪我をしたのでしょうか?
「血は止まっているようだが…付いてこい。処置してやる。」
颯爽と歩き始めた石田君。
石田君が止まったのは右から2番目のドア。つまり正義のお隣さんです。
「上がっていいぞ。」
「おゃ…しぁーす…」
気持ちお邪魔しますと言いつつ、ドアをくぐる。私達と同じ部屋構成だが、とても落ち着いた雰囲気のある部屋だった。シンプルで無駄な物が無い。奥にはすごい量の本が見える。
「その辺に座ってくれ。」
テーブルの隣辺りを指して話す石田君。
「軽い処置だが…取り敢えず、こびり付いているその血を落とすぞ。」
わざわざ個包装のガーゼを取り出して、少し水に濡らして拭き取ってくれる。少し染みるが、どうってことはない。
「一応、消毒もしておくが…何があったんだ?」
「っと…」
言葉に詰まった。
「喋らなくてもいい。こっちに状況を書いてくれ。」
書くのなら出来ると思う。そう思って出してくれたメモ帳に書こうとするのだが…手が震えて書けない。
駄目だ、書かないと。書くんだ。書くだけじゃあ…ないか…
「ごめん…ぁさいっ…!」
喋れないのは知っていた。まさか気持ちを書く事すらも出来なくなっているなんて思ってなかった。悔しくて、歯がゆくて、申し訳なくて、また視界がぼやける。今日はいったい何度泣いているのだろう。
「そうか…書けないのか…」
頷く。その拍子に涙が零れる。
「少し腹割って話してやる。」
「…俺はな、人と話すのが大嫌いなんだ」
「嫌いになった原因は、済まないが話せない。」
「俺は、極力人を遠ざけてる。信用もしていない。」
自己紹介はそういう事…だったのか…
「俺だって分かってる。人と話さないと社会で生きては行けんからな。」
「俺も…努力する。お前なら信用できる気が…する。だから…いくらでも待つ。話すか書くかして、俺と会話、してくれないか?」
私は何を思って石田君を訪ねに来たのか思い出す。変わりたくて、進みたくて来たんだ。石田君だって進もうとしてるんだ。
「ぅん」
「ありがとう。ゆっくりでいい。何が、あったんだ?」
暫く深呼吸をして気分を落ち着かせる。私は、できる。
「あのあとぇ、、走ってきぁの。」
「クラスメイト総出で、だろ?」
頷く。多分3つめの忠告はこの事を指してたんだと思う。
「そ…で、はしったの」
「ああ。」
「そぃたら、かぇがあ…あってぇ」
「止まれずにぶつかったって訳だな」
頷く。
「よく…言ってくれた。ありがとうな。」
寧ろ感謝したいのはこっちの方だ。これだけの言葉を話すのに20分もかけたのだから。
「つまりはただの前方不注意って訳だ。ははっ」
「良かった。誰かに傷つけられた訳じゃ無いんだな。」
やっぱり。優しい人なんだ。昔に何があったのかは分からないけど、その出来事を乗り越えて私を信用しようとしてくれている。
「お前は初対面の俺に、苦手な会話を通して、20分もかけて説明してくれたんだ。」
「やはりお前なら、いや、日高なら信用する。」
「俺と…一緒に、高校を楽しまないか?」
大きく頷く。
私を。――信用してくれる。その言葉は私にとって最高に嬉しい言葉。一歩踏み出したから、進んだから。信用してくれるんだ。
「改めてだが…よろしくな、日高」
「よぉーしくぇ。いしだくん。」
高校生活初めての友人はこうして出来たんだ。
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