過ち

私と正義せいぎは教室に向かう。


なんだか、体が楽になった気がする。もう、中学の私とは違うんだ。ここからは、私らしく頑張ろう…!


教室の前に着く。少し深呼吸。


「改めてだが、よろしくな。佳乃よの。」


「うん。よろしくね、正義。」


「…あのな。前々から言ってるんだがな…その」


「おー、お前ら。こっちだ。」


呆れた声の正義の言葉を遮って担任の山田先生がドアから出てきた。


「おつかれさーん。んじゃ、お前らも来たことだし、ホームルーム始めるぞ。」


「席は…取り敢えずあそこだ。」


端っこの席を2つ。取り敢えず移動するんだけど…

こっちを見る目、目、目。

そんなに見ないでほしい。ただでさえ怖いんだから。泣いちゃうぞ?


「どっしり構えてろ。弱く見えるぞ。」


流石の正義。背筋を伸ばして前を歩いてくれる。


私はコソコソと隠れながら移動する。構えろといわれてもそんな度胸はございません。


「よし、全員席についたな。改めてだが、俺が担任の山田だ。よろしく。」


気だるそうな雰囲気はそのままに、さっきの入学式よりもハキハキとした声で話している。


「まあ、お前らはよく分かってるだろうが、今回の40人のうち、35人はh中のモンであってるな?」


そうなのである。実に8分の7は近くの(といっても十数キロあるようだが…)h中学校の選出枠で受験だったのである。つまり、空き枠は5。倍率は2倍ほどだったと思うんだけど…なんとか残ったのが私と正義。あと3人いるはずなんだけど…


「残りの5人ってのは他所から来た奴らだ。つまり、初対面のはずだ。お前ら同士の知ってる奴らの自己紹介なんぞ後日でもいい。はっきり言って俺も早くホームルーム終わらせて明日の準備がしてぇんだ。」


嫌な予感がする…


「だから5人だけ今、自己紹介してくれねぇか?」

的中である。そしてピンチである。


「そうだな…50音順でいいだろ。麻生。」

呼ばれて出てきたのは…なんというか、小動物みたいな男子生徒である。


「え…と、麻生です…僕は…パソコンが…得意です。プログラミングなんかでコンクール、取りました…よろしくお願いします…」


私が言うのもなんだが、人と話すのが苦手そうな人である。


「つぎー、石田。」

お次にやってきたのは…いかにも勉強出来る顔をしたインテリっぽい男子生徒である。さっきから机の上で本を読んでいるのが目に入っていたんだけど、真面目な人なのかな?


「石田だ。俺の勉強の邪魔はしないでくれ。出来れば近づくな。以上だ。」


めんどくさいタイプのようである。近づくな、面倒。覚えた。


「つぎー、聖。」


軽く流しているけど、この人中身は聞いてるんだろうか?結構今の所普通に進行はしてないと思うんだけどな…


「聖正義だ。もう一度いう。ひじり、まさよしだ。」

…こっち見ないで。


「趣味は…ゲームだ。日高と一緒にこの学校に来た。日高に危害を加える事は俺が許さない。」


のっけから先制してる…そういう事するから人が離れるんだと思うんだけど…


「日高は少し、前の学校で苦い経験をしていて、声が出づらい。でも、楽しい高校生活を送りたがってるんだ。協力してやって欲しい。」


もちろん!とか任せてくれ!とかみんな思い思いに言ってくれてる。…もちろん石田君は本を読んでるけど。やっぱりいいクラスメイトなのかも知れない。宗教を疑ってごめんね?


「つぎー、一言でいい。日高。」


そう言われても声は出ないのである。のろのろと立ち上がったまでは良かったけど、次の言葉が出ない。


「言わずに座ってもいいぞ。ただ、一歩進みたいなら…な?」


山田先生はそんな風に促す。

震える唇をゆっくりと開け、迫りくる吐き気を抑え、ようやく言葉を紡ぐ。


「ボ、ボクは日高…佳乃です。よろしゅうお願い、します…」

場が凍りついたのを感じた。私も自分の過ちに気づいた。もちろん噛んだことではない。そもそも中学のいじめの発端は一人称が「ボク」であることだったんだ。

もう…遅い。人と話して来なかった結果がコレなんだ。正義の顔も見れない。顔を上げられない。


「おい。お前ら。日高の自己紹介。どうだった。」

先生が進める。私にとっては宣告のようなもの。もう…やってしまった…


「先生。今の気持ちを叫んでいいですか?」


前の方に座っていた男子生徒がおもむろに手を上げてそんなことを言った。


「それでは…皆様の気持ちを代表致しまして。青木、行きます。」

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