入学式

入学式

そんなこんなでなんとか入学式会場まで付いた私達。あの教室にいた人達もこちらに向かってるんだろうけど、足早に来たから追い付かれることは無かった。


「ほぁ…」


間抜けた声が出る。

…やはり緊張していたみたいだ。よく分からないけど、少なくとも私達に悪意がある様には見えなかった。


「…災難だったな。」

ごもっともです。


席順は正義の隣。そして左端。受験の際に色々と正義が話してくれたから配慮してくれたのかも知れない。


良い人ばかりなのかな?…信用…していいのかな?

そんな事考えてる内にクラスメイトであろう人達もやって来た。うん。確実にこっちを見てる。この後の時間が怖い。


取り敢えず入学式に集中しよう…と思ったのだがふと気づく。目次が無いのだ。会場のあらゆる所を探したが、見つからない。椅子に座りつつ、一応正義にも聞いてみる。


「ねぇ…今日の入学式ってなにやるの?」


「知らん。」


即答だった。知らないかぁ。


ブーーーーー

しばらくしてブザーが鳴り響く。どうやら始まるようだ。


照明が暗転。舞台にスポットライトが当てられ、初老の男性が立っているのが見える。

確か、面接をしてくれた人…理事長だ。


「えー、皆様。大変長らくお待たせしました。それでは私立s高校入学式を挙行致します。」


理事長の言葉にあわせてバっと舞台の中幕が開く。そこには教師の方々であろう人達が並んでおられた。


おもむろに理事長が一人の男の先生にマイクを渡す。


…けだるそうな、無気力な顔をした先生だ。いかにもやる気なさそうにノソノソと中央に立って話し始める。


「担任の山田だ。よろしく。」


…終わりらしい。またやる気なさそうに元の位置に戻っていく。私達も困惑を隠せない。ザワザワとしている。


「エー、山田先生は普段はこんな風ですが、生徒への思い、気持ちは本物です。私が保証しますから、安心してください。」


理事長のフォローが入る。私的には無気力な先生は大歓迎だ。変にフレンドリーだったり、やる気に満ち溢れている先生は面倒だし、苦手だから。


「それでは式を続けます…が、面倒くさいので私の言葉とお知らせだけで終わらせます。保護者にはいい感じに誤魔化して伝えておいて下さい。」


流石の私立というか、あの無気力な先生を雇用してるだけあるというか、適当な入学式である。まあ、面倒くさいのは確かだからありがたいんだけど…


「はい。では、軽くお話します。」


「私から伝えるのは2つだけです。1つ目は考える人になって下さい。私達教員は君達の学校生活の過ごし方に一切の手出しを加えません。自由です。好きなように過ごしてもらいたい。好きな事をしてほしい。その為の資金は相談さえしてくれたら幾らでも保証します。

しかし、自由というのは不自由なものです。法に触れるような事、人として許されない事。そういった事を自由にしていい訳ではありません。君達にはその判別を付けた上で、自由に過ごしてほしいのです。もちろん、駄目な事をしたその時には全力で指導させてもらいますので。」


「2つめはなりたい姿…夢を見つけてください。この三年間は君達にとって最も進路を変化させる期間になります。夢や目標の無いまま過ごす日々と夢や目標にむかって過ごす姿。私達はしっかりみています。サポートは全力でやりますから、どうか夢を持ってください。」


「君達ならやれると思って私は君達40人を選出しました。クラス一丸となって全力で高校生活を楽しみなさい。以上です。」


自由と夢…私が中学の頃に憧れたもの。この3年間で私はどれだけ変化できるだろうか…ぼんやりと考える。


「お知らせですが、君達は教室にてホームルームがあると思います。山田先生の指示に従って行動して下さい。それと、日高君。聖君。少しだけお話があります。残っていて下さい。」


…?なんだろうか?そういえば理事長とは面接の時に出会って以来で挨拶できてなかったし。主に正義が話してくれるだろうけど、一言ぐらいは挨拶しておこう…


ゆるゆるとゆったりした歩調で理事長がやって来た。


「遥々とお疲れ様。体調は大丈夫かい?」


理事長は優しい口調で話し掛ける。


「はい。」

私が唯一この入学までの期間中に話せるようになった人は理事長だけである。まだ、上手く言葉は繋げないけど、少しだけなら話せる。この人は、いい人だ。


「わざわざ気にかけて下さってありがとうございます。何か、伝えたい事がありましたか?」


正義も心なしか穏やかな表情だ。


「私も一介の教員として数十年働いてきたが、君達のようなふたりでひとりのような生徒は初めてだ。だからどうしても気にかけてしまう。そして二人に注意してもらいたい事があるんだ。」


おもむろに真剣な顔をして、


「何故、私が君達を選出したか、分かるかい?」


そう私達に問うた。


言われてみれば、そうだ。一人はマトモに会話できないし、もう一人は暴力沙汰での指導をたくさんされている。


「…分かりません。」


少し、理事長の顔が緩んだ。


「日高君。君の過去については私達もしっかり向き合ってサポートしていくつもりだ。さっきの入学式で言った私の言葉、おぼえているかな?夢と目標を持って欲しいと言ったと思うんだが、どうかな?目標は見つかりそうかい?」


目標…。私の当分の目標…。


「もっと、人と…多くの人と話して楽しい高校生活にしたいです。」


理事長は満面の笑顔だ。


「とてもいい目標だ。では、どうかな?夢はあるかい?」


夢。そんな事考えてる時間なんて無かった。今を生きるのに必死で、明日さえも不安で。その先なんて考えてなかった。


「分からない…です」


「そうかも知れないね。明日さえも不安で考えてる暇も無かった…といったところかね?」


「はい…」


教員生活の長い理事長にはお見通しのようだ。


「まだ、君は高校生になったばかりなんだ。これからの3年間でじっくり見つけるといい。焦らずに、自分のペースで友達を作って、楽しい高校生活を送っていればすぐ見つかるはずだ。頑張っていこう。」


「そして、聖君。君の夢は…日高君を楽しく過ごさせてやりたい…だったかな?」


「はい。今までの分、楽しんで貰いたいんです。」


初めて聞いた。受験の際に言ってたって事なのかな?私の事ばかり気にしてたら正義の生活は面白くなくなっちゃうんじゃないかな?


「日高君、そんな不安そうな顔はしなくていい。聖君は心の底から君の幸せを願っている。彼がいいと言っているんだ。存分に甘えなさい。頼りなさい。」


「そういう事だ。俺はお前の為なら出来ることはしてやりたいんだ。」


「でも…それじゃ正義の高校生活の意味が無いじゃん…サポートばかりしてもらってさ。正義のために何かやりたい。」


守ってもらってばかりじゃ駄目なんだ。私だって何か役に立つはず…


「いや、いいんだ。俺は俺で何とか出来る。だから佳乃は自分の事を頑張るんだ。」


「それは駄目だな。聖君。君は日高君を信頼していないのかい?」


「いえ、信頼しています。でも、佳乃らしい生活を送ってくれたら俺も嬉しいんです。だから…」


「聖君。君の目標はなんだね?」

おもむろに理事長が口を挟む。


「…目標、ですか。」

「やはり、佳乃の…」

「それは君の夢なんだろう?その夢を叶えるために君は何から手を付けるんだ?」

「…」

「それに…君の夢である日高君は今、幸せそうな顔をしているかい?」


正義と目があった。私は…泣いていた。


正義にサポートを断られたのが自分でもびっくりするほどショックだったみたい。


「佳乃…」

「聖君。君のやろうとしている事は間違っていない。でも、その夢を達成するには目標が必要なんだ。幸せになるって言われても何から手を付けていくか分からないだろう?だからこそ、日高君の今持っている目標が必要になるんだ。まず、楽しい高校生活を送る。そうすれば日高君は幸せになれるだろう?ただし、日高君のいう楽しい高校生活には君の楽しい高校生活も含まれているんだ。君が楽しまないと日高君は楽しめない。分かるかい?」


「分かり…ます。」


正義は私に向かって頭を下げた。


「悪かった。佳乃の気持ちも汲んでやるべきだった。」


「ううん、いいの。私は…楽しみたいんだ。付き合ってもらっていい?」


「もちろんだ。楽しもうぜ!」


正義はニコリと笑った。私も涙を拭いて笑った。

「よし。君達の夢と目標は決まったね。本題に戻るんだが、君達を選出したのは、紛れもないその絆をもっと見たいと思ったんだ。でもね。この世は君達二人だけじゃあ生きてはいけない。もっと人と関わっていかないといけないし、もっと信頼していかないといけない。周りの人達に裏切られてきた2人には酷だろうが、それを3年間の内に身につけないと、君達は社会に溶け込めない。」


出来るだろうか…?私達は協力してここまでやって来た。正義さえいれば良いとさえ思ってここまで進んできた。


「君達なら出来る。それにクラスメイトは私も一人一人面接をした訳だが、良い奴ばかりだ。安心して夢に邁進しなさい。」


「「はい。」」


出来るだろうかでは…駄目なんだ。やるんだ。


「私からは以上だ。教室に向かいなさい。」


「ありがとうございました…!」

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