第25話 TP工房の思惑
ある晩秋の昼下がり、髪を整えた猿族の男性がジェイクの店にやってきた。
「銃を見せてもらえますか?」
「銃ですか?正面のこちらにございますよ」
ジェイクが案内すると、男はしげしげとショウケースを眺め始めた。
「一番売れ行きのいいメーカーってどこのですか?」
「そうさなあ、TP工房はやっぱり有名どころだからね。安いのから高いのまで幅広く揃うから、それが一番動きますかねえ」
男は満足そうに頷いた。
「モハメット工房は価格帯が安いので、うちでカスタムとかもしてるんですけどね」
カスタムという言葉を聞き、男は怪訝な表情をジェイクに向けた。
「カスタムとは……?」
「試し撃ちして見せますよ。面白いんですよ」
ジェイクはショウケースからモハメット工房の銃を一丁取り出し、試し撃ち用の弾を込めて店の奥へ向けて試し撃ちして見せた。
ガンガンガンガン!
ものすごいスピードで連射するジェイクに、男は驚いた。
「素晴らしいお手前で。速いですね」
「いやいや、俺は何もしてねえんですよ。撃鉄を起こす動作をカットしてるんです。ちょっと細工して、撃鉄を起こさなくてもトリガー引くだけで自動的に撃鉄が起きてすぐに落ちてね。その分チョイと負荷がかかるんですが、連射が可能なんです」
その説明に男は顔色を変えた。
「ちょっと見せてもらっていいですか?」
「どうぞ」
ジェイクから銃を受け取った男は、カチャカチャといじくりまわし、あらゆる角度からそのギミックを観察した。
「ぶ、分解して見せてもらえますか?」
「さすがに売りもんだから分解はちょっと。どうしても仕組みが知りたいならご購入していただいた上で自己責任で分解して下せえ。元に戻せなくなってもうちは責任取らねえんで、完全、そこは自己責任で」
男はうーんと唸ったが、たいして悩まないうちに購入を即決した。
「このカスタムはこの武器屋で行っているんですか?」
「そうですよ。うちの新しい職人が器用なやつで。あいつが考えた仕組みなんで、カスタムは職人に自由にやらせています。カスタムした銃は売れ行きが良くてねえ。廉価モデルは自由にいじってますよ」
自慢の職人・アントンを我がことのように誇って見せると、男は「一目会わせてもらえませんか?」と打診した。
ジェイクはそれを聞いて顔を曇らせた。アントンを見せびらかしたらまた彼を悪し様に言われるかもしれない。アントンは繊細な性格だ。それに、ジェイクもアントンの悪口を言われるのは二度とごめんだった。ジェイクにとって、アントンは誇りだからだ。
「あ……うちの職人は出不精で人間嫌いだから、人前に出すのはちょっと。へそ曲げてまた仕事ボイコットされても困るんで。すみませんね」
適当にもっともらしい建前を並べると、男は(職人だから気難しい人なのかもしれない)と納得して、「それは失礼しました」と引き下がった。
「せめてお名前だけでも教えていただけませんか?その、職人さんの。私もこの銃を知り合いに自慢したいので」
「アントンです。アントン・ニコルソン」
「アントン・ニコルソン……ありがとうございます。郷里に帰って自慢します」
ジェイクは機嫌を良くして会計を済ませ、客を見送った。
客の姿が見えなくなると、ジェイクは隣の工房に顔を出し、アントンを褒め讃えた。
「アントン!またカスタム銃が売れたぜ!客はお前のこと郷里に帰って自慢するってよ!アントン様様だぜ!お前が銃のカスタムするようになってから銃が飛ぶように売れるよ!お前はうちの誇りだ!」
得意気なジェイクの上機嫌な様子に、アントンは笑顔を向けた。
「ジェイクのお役に立てて光栄です」
さて、所変わって数日後のTP工房会議室。そこには先日ジェイクの店に顔を出した男が、TP工房の幹部の前で購入した銃をお披露目していた。
「モハメット社の廉価版の銃ですが、まずはこれをご覧ください」
男は試し撃ち用の弾を込めて素早く六発連射した。
「このように、この銃はハンマーを起こす動作をカットし、トリガーを引くだけで弾が連射できるようカスタムされています。どんなギミックが施されているかまだ未確認のため、この場の方々に精査していただき、今後の商品開発にお役立ていただけますようお願いいたします」
「なるほど……」
幹部の中で最も銃の仕組みに詳しい職人が、丁寧にパーツを分解してゆく。
「ほう。そうか、ここがこう連絡してこう動くんですな。これは思い切ったカスタムだ。粗削りだが、この型を取れば複製は可能ですな」
「一丁一丁こんな手をかけてカスタムしているのか。この機構をよく考えだしたものだ。是非ともこの職人が欲しいな。詳しい話を聞いて、量産体制を確立したい」
「この職人には会ってきたのか?」
社長が男に問う。
「それが、気難しい男らしくて、面談は叶いませんでした」
「ふむ。これだけのこだわりを見せる男なら多少偏屈でも致し方あるまい。むしろ自然だ。ぜひ会ってみたいな。どれ、私が一筆手紙を書いてみよう。職人同士、話してみたいことがある」
幹部の一人が相槌を打つ。
「そして、あわよくば引き抜きですかね。小さな武器屋に収まる男ではないでしょう。ぜひとも欲しいですな」
「まずは工場見学がてら、TP工房の銃工場を知ってもらって、徐々に、交渉しましょう」
「気難しい男らしいからな。しくじるなよ」
銃を分解した男は会議が終わっても会議室に残り、そのギミックを長いこと研究していた。
「負けられぬ。この技術、絶対に我が物にしてみせる。どんな男か、引き出せるものはとことん引き出して搾りつくしてみせるぞ」
その後、晩秋のある日、アントンの元へ一通の手紙が舞い込んだ。
「僕に手紙を寄越すような人なんていないのに……何だろう?」
封を切ると、TP工房の工場見学兼銃作りの研修の案内がしたためられていた。
「えっ、大変だ、ジェイク!ジェイク!」
「あん?何だ?」
「ジェイク、大変です。TP工房から工場見学と研修に来いとの手紙が!」
「あにぃ?!TP工房から?!」
アントンは顔面蒼白だ。どこかでアントンのことをリークした客がいたのかもしれない。
「どうしましょう~。TP工房の銃をカスタムしたのがバレたのかも。絶対叱られますよ。『うちの銃をこんなことしやがって』って直々に叱られるかも」
ジェイクも冷汗が止まらない。カスタムさせたのはジェイクだ。プライドの高い老舗に目をつけられたとあっては、マクソン工房の存続に関わるかもしれない。
「おお、落ち着け。お前にカスタムさせたのは俺だ。俺が責任取って謝ってくるぜ。とりあえず、その手紙もう一度よく見せてみろ」
そこには、「アントン・ニコルソン氏お一人でご来社ください」と明記されている。
「やべえ、消す気だ」
「ええ~?!僕、TP工房に消されるんですか?!」
ジェイクとアントンは震え上がり、数日は死刑宣告を受けた気分で落ち着かない日々を過ごした。
「返事、どうしよう……」
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