第16話 恋人になれない理由

 ジェイクは、いつまでも恋しさを引きずったまま他の誰かに奪われるぐらいなら、まだ独身のモモに想いを告げて奪い去ってしまおうと考えた。

 実は過去に告白したことがある。まだ学生時代の頃だ。その時はあっけなく振られてしまい、斑毛症の我が身を呪ったものだが、今はアントンやロゼッタのおかげで昔より自信を持って過ごせるようになった。

 今なら言える。

 一度そう考えだしたら居ても立ってもいられず、ジェイクはモモの店に立ち寄り、予定を取り付けた。

「モモ、次はいつ休みなんだ?」

「んー、来週の火曜日かな」

「そっか。じゃあ、来週の火曜日食事に行かないか?」

 モモは第六感で嫌な予感がしたが、無理やり誤魔化せるようなちょうどいい予定もなかったので、作り笑いを浮かべて承諾した。

「ん……いいよ!何も予定ないし」

「じゃあ、火曜日な!!」

 モモはジェイクが何を考えているかなんとなく察していたが、気にしないよう努めた。


 さて、ジェイクには待ちに待った火曜日だ。夕方ごろワインバルに店を予約してある。ジェイクが一張羅を着てプレゼントのネックレスを忍ばせ待っていると、少し遅れてモモがやってきた。モフモフの肌を大胆に見せたパーティードレスだった。露出した両腕の柔らかそうな毛並みに、今にも顔をうずめたくなる。

「待った?」

「いや、今来たとこだよ」

 二人はマタタビワインと牛ステーキを注文し、しばし穏やかに歓談した。ジェイクがアントンとロゼッタの話を面白おかしく語って聞かせるうちに、モモは(ジェイクに家族ができてよかったなあ……)と眩しそうに目を細めた。

「それで……今日はお前に、プレゼントがあるんだ」

「プレゼント?なあに?」

 ジェイクは懐の内ポケットから長い小箱を取り出してモモの前に差し出した。

「開けてみてくれ」

 促されて開けてみると、中にはハート形のリングがあしらわれたネックレスが入っていた。ピンクゴールドの、決して安くはないだろうという雰囲気のネックレス。

「モモ、俺、やっぱりお前が好きだ。結婚を前提に付き合ってくれないか?」

 モモは「やっぱりきたか」と、顔を曇らせてネックレスを突き返した。

「ごめん、ボク、ジェイクのことは男性として見れないから」

「なんでだよ!」

「決めたんだ!」

 突如ジェイクの言葉をさえぎって叫ぶモモに、ジェイクは面食らった。

「ジェイク、ミミと結婚してあげて」

「は?ミミ?!なんで?」

 突如出てきた意外な人物の名前に、ジェイクは耳を疑った。なぜ、モモの双子の姉のミミの名前が出てくるのか。

「ミミはね、子供の頃からジェイクのことが好きだったの。だから、ボク、ジェイクとは付き合えない。ミミと結婚してあげて、ジェイク。ミミは、ジェイクと付き合えないことを気にして、レズパブで働き始めたの」

 そんな話は本人からも聞いたことがない。もしそれが本当なら、ミミ本人に真偽を確かめて、はっきりさせてから進路を決めたいところだ。

「ま、待て、それ本当か?ミミからそんな話一回も聞いたこと無いぞ?もしそれが本当なら、ミミ本人から詳しく話を聞きたい。ミミの店に行かないか?」

 ジェイクは突き返されたネックレスの箱を内ポケットに仕舞い、ミミが働くレズパブ「花園」へはしごした。


「ジェイク、お前ここがどんな店か知らねえわけじゃねえよな?」

 久しぶりに店にやってきたモモの隣に、男性であるジェイクの姿を見止めて、ミミは顔を曇らせた。ミミはショートヘアのヘルメット模様の猫族で、鼻から下だけ白く、他は真っ黒な毛に覆われていた。顔の右側を大きめの眼帯で覆っている。ミミは生まれつき右目が見えない隻眼だった。

「解ってるつもりだ。だが、今日は話があってきたんだ。マタタビ酒のカクテル頼むよ」

 「花園」は男子禁制のレズパブだ。特別な許可のない男性は入店禁止である。ミミはマスター(元女性)に特別に許可をもらい、個室で話を聞くことにした。

「で?話ってなんだ?」

「ミミ、単刀直入に訊く。お前子供の頃から俺のことが好きだったって本当か?」

「はあ?!」

 ジェイクの言葉にミミは仰天した。寝耳に水である。ミミは人生で一度も心をかすめたことすらない話を全力で否定した。

「なんで俺がジェイクのこと好きにならなくちゃならねーんだよ?俺は子供の頃から女にしか興味ねーよ!誰だそんな法螺を触れ回ったやつは?やめてくれよな、商売の邪魔だ!!」

 それを聞いてジェイクもほっと胸をなでおろす。

「だよなあ!安心した!俺もお前はずっと女好きだと思ってたからよお、ミミと結婚しろなんて言われて目ん玉飛び出したぜ!」

「なんで俺が結婚なんかしなくちゃなんねーんだ!マタタビ酒吐くぞ!」

 あっはっはと笑い合うジェイクとミミに、今度はモモが驚いた。

「えっ、ミミ、昔ジェイク好きだって言ってたじゃん!」

「言ってねえ!勝手なこと言うな!」

 モモは解らなくなった。子供の頃からずっと、ミミはジェイクのことが好きだと思っていた。だから、双子の妹として、ミミの恋路を邪魔してはいけないと思って生きてきた。だが、それは思い違いだという。では、モモはジェイクと付き合っても全く問題ないというのだろうか。

 ふと、ジェイクは昔のことを思い出した。

「そういやあ、俺の仮面はミミの眼帯が羨ましくて親に無理言って作ってもらったんだよなあ」

 ジェイクは生まれつき右目の視力がないミミの眼帯を羨んでいたことを語った。

「え、マジで?道理で同じ右側に何か付け始めたなと思ったぜ。俺とそっくりじゃねえか。真似しやがったなと思ったけど、やっぱり真似しやがったのかてめえ?」

「だってミミの眼帯カッコいいだろー!コンプレックスが隠せて尚且つカッコいいって羨ましくてさ」

 昔の話に花が咲くジェイクとミミ。一方モモは心に詰めていた蓋が外れ、行き場のない想いのやりどころに狼狽していた。

(ミミは、全然ジェイクのことが好きじゃなかったの……?じゃ、じゃあ、僕はジェイクと付き合っても問題ないの?え、でも……)

「そういうわけで、ミミは俺のこと好きじゃなかったみたいだ。俺と付き合っても問題ないだろ、モモ?」

「お前がジェイクと結婚しろよ。悪くないと思うぜ、お前ら」

 急にジェイクとミミに話を振られて、モモは取り乱した。

「そんな、急に言われても、ボクだってどうしたらいいかわからない!今更ジェイクなんか好きになれないよ!」

 そう言ってモモは個室から飛び出し、店を出て逃げ出した。どこでもいい。どこか頭を整頓できる場所に行きたい。

「モモ!」

 ジェイクは追いかけようとしたが、ミミに尻尾を掴まれた。

「ほっとけ!モモの分のお代はきっちりお前が払って行けよ!」

 職務上痴話喧嘩で店を飛び出す客に慣れているミミは冷静だ。

「ああっ、そんな場合じゃねえだろ!ホラ、釣りはいらねえぜ!じゃあな!」

 ジェイクは大目にミミにファルス紙幣を握らせると、モモの後を追った。しかし、そのころにはモモの姿は影も形も無くなっていた。


 繁華街から離れた公園のブランコに乗って、ゆらゆら揺られながら、モモは一人泣いていた。

 本当は、ジェイクと付き合ってもいいかと思った時期もある。しかし、ミミがジェイクと親しそうに話している姿を見るたび、「ミミからジェイクを奪ってはいけない」と自分の心に蓋をしていた。

 そうしているうちに、モモは次から次へと男性に声を掛けられた。

「ボクは別に誰でもいい。ジェイクはミミのものだ。だから、ボクは他の人と幸せになるんだ」

 そう思って次から次へと恋を楽しんだ。

 モモは影で男ならだれにでも股を開く女だと噂されていることも知っている。それでもよかった。ただ、ジェイクだけはミミにあげなくてはと思って生きていた。それなのに。

「今更ジェイクと付き合えなんて言わないでよ……。ボクは、ずっとジェイクから一生懸命目をそらしてきたんだ……今更、今更……」

 モモは、ジェイクを好きになれない理由を必死で考え始めた。

「何でもいい、心が安心になる理由を、誰か教えて……」

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