第15話 マクソン工房の過去
それは、いつもと同じ朝だった。ある客がやってくるまでは。
ジェイクはカウンターに座って新聞を読みながら退屈そうに店番をしている。アントンは武器の修理をしているし、ロゼッタはその横で小学校の勉強を自習している。何の変哲もない日常だった。
そこへ、きょろきょろと誘い込まれるように一人の熊族の男がやってきた。
「いらっしゃい」
玄関のベルを鳴らして入ってきた男に、ジェイクが声をかける。
「こんなところに武器屋ができていたんだな」
「ここ五~六年前からかな、店を始めたのは。老舗武器屋・マクソン工房の六代目、世界中のマニアックな武器を専門に取り扱う知る人ぞ知る名店・ジェイク様の武器屋だぜ!何かお目当てのものはあるかい?」
そう、お決まりの台詞を謳うジェイクに、熊族の男は眉根を寄せた。
「老舗武器屋マクソン工房?どっかで聞いた名前だな……」
「お、マクソン工房を知っているのかい?一度は看板を下ろした店だが、その息子の俺様が最近跡を継いだのさ」
「ふーん……」
熊族の男はしげしげと店内を物色していたが、店に入って左手奥に工房を見つけたことで、彼の記憶が鮮明になった。そうだ、ここは……。
「あ!思い出したぞ!ここに来たことがある!なまくらの武器を高値で売りつけたせいで廃業した武器屋だな!そうだ、マクソン工房!あんたはそのせがれか!」
それを聞いてジェイクが顔をしかめた。
「何だと……?」
「不祥事起こして看板下ろしたマクソン工房が、よくもまあ同じ名前で店を続ける気になったもんだ。あんた、見たところまだ若いし、昔この工房がどんな悪徳商法していたか知らないだろう?親父さんはかなりの悪党だと有名だったんだぜ」
「帰れ」
「何?」
ジェイクの耳が後ろに反り返っている。
「親父の悪口言う奴はうちの客じゃねえや。この店は俺が新しく看板掲げた新しい店だ。前の店とは関係ねえ。昔のこと引っ張り出してくるような奴はうちの客じゃねえ。帰れ」
熊族の男はそれを聞いて憤慨した。
「しかしこれは事実だ。あんたはガキだったろうから知らないだろうが、よくもまあ恥ずかしげもなく店を継ぐ気になったもんだ。親父が何したか知らないだろう?あんたの親父は」
「んなこと言われなくても全部知ってらあ!!知ってて店継いでんだ!昔の事ほじくり出すんなら来んな!帰れ!」
ジェイクはカウンター下から銃を取り出して構えた。ここは武器屋だ。如何な図体の大きな熊族であっても、脅しに使える武器は潤沢にある。熊族の男はその迫力に負けて引き下がった。
「マクソン工房のせがれは人殺しか?チッ、わかったよ。言われなくてもこんなインチキ武器屋の武器なんか買わねえよ!あばよ!どうせすぐ潰れるだろうけどな!」
そう捨て台詞を吐いて、熊族の男は立ち去った。穏やかではない空気を感じ、奥からアントンとロゼッタが顔を出して様子を窺っていた。
「ジェイク……またお客様を追い出したんですか?そんなことをしていたら本当に客が来なくなってしまいますよ?」
「ジェイク、銃を仕舞って。怖いよ」
それに気づいて、ジェイクは銃を仕舞い、努めて明るく笑って見せた。
「アハハ、わりぃわりぃ。いやな、ああいうナメた客にはナメられないようにしねえとよお!この店はマニアックで通してっから、表の通りの猿の武器屋みたいに誰にでもニコニコなまくら武器なんか売ってられねえんだよ」
アントンは見抜いていた。ジェイクがへらへら笑うときは本心を隠している。無理をして強がるとジェイクはへらへらと笑って見せる癖がある。おそらく傷つくようなことを言われたのだろう。
「あの熊族が言っていたこと……昔このマクソン工房で何があったのですか?あなた、最初に、昔はこの工房にもたくさんの職人がいて、今はいないと言っていましたよね?良かったら、僕たちにマクソン工房の過去を話してくれませんか?」
ジェイクはしばらく黙して俯き、迷っているようだった。だが、いい機会だと割り切り、大きく深呼吸をすると、工房の椅子に腰かけ語り出した。アントンとロゼッタも着席して傾聴する。
「昔、ほんとに、ちょっとしたことで、この工房は信用を失墜したんだ」
今から15年ほど前、マクソン工房には沢山の職人がいて、武器の修理だけじゃなく、鍛造も、卸も、武器に関することなら何でも一手に引き受ける名店だった。世界中の人がこの工房で武器を鍛え、この工房で生まれた武器を買い、この工房に珍しい武器を売り買いしに来た。マクソン工房っちゃ有名だったんだ。俺も金持ちの息子だったからそりゃあ贅沢させてもらって育てられた。
だがな、ある日、あんまり毎日忙しいから、ちょっとミスってな。修理に出されて、まだ修理されてない壊れた武器と、新品を取り違えて間違って売っちまったんだ。ぶっ壊れた武器を売りつけられた奴はカンカンよ。で、そいつが拡声器みたいな奴でさ。あっという間に「マクソン工房は手抜き仕事を売りつける悪徳武器屋だ」って法螺を吹きまわったんだ。
うちの両親は謝罪して新品と交換したんだけど、そいつの怒りは収まらなかった。裁判になって、うちの店は敗訴しちまったんだよ。
幸い慰謝料は軽かったんだけど、その噂は大スキャンダルになった。で、両親は看板を下げて、マクソン工房は閉店・解散したんだ。
両親は俺を親戚の家に預けて行方不明になっちまった。多分死んだんじゃねえかって話になってる。俺は親戚に育てられて学校卒業した。
独り立ちしてこの街に帰ってきたころ、この店舗はまだそっくり昔のまま残っていた。この店舗は爺さん婆さんが守り続けていたんだよ。だから俺は世界各地から武器を仕入れて、爺さん婆さんと一緒に店を再建したんだ。その爺さん婆さんも、二~三年前に立て続けにぽっくり行っちまった。
だからな、この店の半分以上の在庫は昔から売れ残っているお宝ばかりだけど、昔とは全く別の店なんだよ。俺は猫族が強いから細工物ができない。だから、もっぱら卸売ばっかりだったがな。
「これがこのマクソン工房の過去だ。ほんのちょっとしたミスだったんだよ。それだけで、炎上。有名な老舗だったから余計にな。あっけないもんさ、栄華なんて」
ジェイクとロゼッタは暗い顔をして傾聴していた。想像以上に暗い過去に、何も言葉が出てこない。ジェイクは続ける。
「だから俺、この武器屋をもっと大きくして、マクソン工房の歴史を継ぎたいんだ。新しくなったマクソン工房・ジェイクの武器屋として!店が大きくなったら、昔の職人も帰ってくるかもしれねえしな!」
アントンとロゼッタはテーブルに置かれたジェイクの手に、手を重ねた。
「店の再建のために、僕も尽力します。新しいマクソン工房を作りましょう」
「あたしもいっぱいお手伝いするから、お店、大きくしようね!」
ジェイクの胸に暖かいものが広がった。
「お前ら……」
その夜、昔のことを思い出したジェイクは、跡取りについて考えた。店を大きくするには、跡取りを産んでくれる妻が必要だ。
「モモ……俺は、お前に跡取りを産んで欲しいんだ……」
モフモフの黒猫娘の柔らかそうな容貌が、ジェイクの胸を締め付ける。あの柔らかそうな、フワフワの胸に顔をうずめてみたい。妻に迎えたい女は、モモしか考えられない。
「モモ……俺……」
ジェイクは恋しさと切なさに痛めた胸を抱えて、毛布の中に深く潜った。
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