第17話 ジェイクの誕生日
アントンは悩んでいた。壊れるほど愛しても何とやらで、ジェイクにイマイチ愛が伝わっていない気がする。特に、日ごろ送っている贈り物がイマイチ喜ばれない。
ある日はジェイクのためにお高い花束を送っても、店に飾るいつものお花がちょっと豪華になる程度で、ジェイクはちっとも喜ばないのだ。
またある日はケーキを買って帰ったこともある。その日のケーキはジェイクのためのものだったのに、ジェイクは半分以上ロゼッタに食べさせてしまった。
ならばと思ってジェイクのシャワーに押し入り体を流すサービスをしようとしたら本気で怒られ引っ搔かれた。
今日もジェイクのためにマタタビ酒を購入してきたのに、「サンキュ」の一言で棚に仕舞われてしまった。
何を隠そう、アントンは恋愛経験値がゼロなので、アプローチの仕方が壊滅的に下手だった。この点で言えば、おませなロゼッタの方がアントンに勝っていた。ロゼッタは自分の美貌を若干八歳にしてうまく利用している。女の武器の使い方を備えているのだ。
ロゼッタは困ったことがあると泣いてジェイクに縋りつき、ジェイクに助けてもらってはあざとく「ありがとう」の一言でジェイクの笑顔を引き出すし、その辺の草花を摘んできて食卓の花瓶に活けて見せればジェイクに頭を撫でてもらえる。
アントンは一歩リードしているように見えるロゼッタへ憎しみが止まらない。決して表には出さないが、内心憎くて仕方ない。
「ジェイクって、ロゼッタには甘いんですよね」
キッチンの棚にマタタビ酒を収めたジェイクに、アントンは堪りかねて恨み言を呟いた。
「え?そうか?」
「だってそうじゃないですか。僕がいくらジェイクにプレゼントしてもジェイクそんなに喜ばないし」
「そんなことはないぞ。喜んでるって。マタタビ酒、好きだし」
「じゃあもっと喜んでくださいよお……」
喜べと言われても、何でもない日のプレゼントなどどういう顔をしていいかわからない。と考えて、はたとジェイクは手を打った。
「あ、じゃあさあ、今月末俺誕生日だから、誕生日プレゼントくれよ。そのプレゼントがカッチョよかったら、たぶん俺喜ぶと思うぜ」
「え、今月末誕生日だったんですか?!」
「うん」
アントンは燃えてきた。
「必ずやあなたを喜ばせて見せます!」
その日の夜、ジェイクはロゼッタにも誕生日の話を伝え、ジェイクバースデー争奪戦の火蓋が切られた。
ロゼッタはこの点策士だった。ジェイクの喜びそうなものをジェイクの知り合いにリサーチして回ったのだ。小学生とはいえ、女子だ。友達の誕生プレゼント選びはお手の物である。さらに今のロゼッタは冒険者レンタルで給料を手に入れているため、子供にしては破格の金持ちである。愛するジェイクのために惜しげもなく財力を使えるのである。
ロゼッタは商店街の人たちからジェイクの好きなものをリサーチし、リストアップしていった。
やがてモモのところにもやってきて、モモにジェイクへのプレゼントを相談する。
「ねえモモさん、ジェイクって、誕生プレゼント何喜ぶと思う?」
「うーん、そうだなあ。お小遣いはいくら持ってるの?」
「六〇ファルスぐらい?」
「ろ、六〇?!随分持ってるんだね!」
「働いてるから……」
「あ、じゃあ、この前商店街でこんなもの見つけたんだ。仕事終わったらボクと一緒に選びに行こう?」
「いいの?ありがとうモモさん!」
モモはロゼッタを商店街のとある店に連れて行き、一緒にプレゼント選びをした。そのことをロゼッタはアントンに自慢げに語る。
「モモさんにジェイクへのプレゼント選んでもらったんだあ!いいでしょ。アントンには負けないすっごい良いもの選んだんだよ!」
衝撃だった。確かに、自分一人でプレゼントを選ぶには限界がある。相談すればよかったのだという根本的な解決方法を知り、人間関係構築経験ゼロのアントンはロゼッタから学習した。
「フフフ……そう……そうか……。負けないよ、ロゼッタ」
早速アントンは翌日モモに相談に行った。
「モモさん、ジェイクの誕生プレゼント、何がいいと思います?」
二日連続でプレゼント選びの相談に乗ることになるとは。モモは(ジェイク愛されてるなあ……)と思いながら、アントンに提案した。
「うーん、そうだなあ。ボクならペンダントをプレゼントするかな」
「ペンダント?」
「ジェイク、ペンダントとかウォレットチェーンとか、そういう男っぽいアクセサリー好きなんだよ。集めているみたい。結構その日掛けてるペンダントでゴキゲン具合判るよ」
初耳だった。確かにペンダントが違う日が稀にある。それでバロメーターを知ればいいのか!
「あ、じゃあ、一緒にペンダント選んでもらえますか?」
「いいよ。仕事終わったら選びに行こう?」
アントンは「今度こそは勝った」と確信を持った。
競い合うようにジェイクのプレゼントを選ぶロゼッタとアントンを見て、モモは心なしかほっとした。ジェイクを好きにならなくて済む理由は、これかもしれない。
(ボクはやっぱり、ジェイクを好きになっちゃいけないんだ)
待ちに待ったジェイクの誕生日がやってきた。アントンはジェイクのために料理の腕を振るい、ロゼッタはジェイクのために大きなバースデーケーキを買ってきた。宴の始まりである。
『ジェイク、誕生日おめでとう!!』
バースデーケーキには二九個のラズベリーが乗っていた。ロゼッタのセンスで選んだケーキは可愛らしいものだった。
「ありがとうな、お前ら」
ご馳走にケーキにマタタビ酒。ジェイクは嬉しそうだった。
晩餐が終わるとプレゼントの時間だ。アントンは小さな箱を取り出し、ジェイクにプレゼントした。
「ジェイク、これ、プレゼントです。開けてみてください」
「おおー、いよいよプレゼントか。どれどれ……」
箱の中には虎目石の原石のペンダントが入っていた。荒くかち割った武骨な茶色の石は、ギラリと繊維状の輝きを放っていた。そのゴツゴツとした男らしい風合いに、ジェイクは歓喜した。
「おおおおおおカッケエ―――!!これこれ!こういうのだよ!それに、お前知ってて選んだか?虎目石は商売繁盛の石なんだ!欲しかったんだよな―。ありがとな!」
アントンは思わずガッツポーズした。
「喜んでいただけて嬉しいです!!!」
「ふん!あたしはもっとすごいのだもん!ジェイク、開けてみて!」
ロゼッタが取り出したのはずいぶん大きな箱だった。大きさの割には軽いので、不思議に思いながら開けてみると、中から出てきたのは仮面だった。顔の右側を覆い隠す、透かし模様のお洒落な片仮面。
「これ……仮面か?ちょっとつけてみていいか?」
「アントン鏡持ってて!あたしがつけてあげる!」
ロゼッタはジェイクの革の仮面を外し、プレゼントの片仮面を拙い手つきで付けて見せた。アントンが構える手鏡を見て、ジェイクは感動した。
こんなにお洒落な片仮面を、ジェイクは付けたことがなかった。
「かっ……カッケエ……」
「どう?」
「いや、これ、やべえ、泣きそう」
「泣いていいよ♪」
「ううう~~!ありがとなロゼッタ!!」
アントンはジェイクの喜びように、またしてもリードを許してしまったなと思いながら、ジェイクの美しい仮面姿に、ジェイクが喜ぶのも無理はないなと勝ちを譲った。
「この仮面は、お洒落するときに使わせてもらうよ。大切にしたいんだ」
「うん、いいよ。ジェイク誕生日おめでとう!」
そういうと、ロゼッタはジェイクの頬にキスをした。
「あ!ああ~~!!」
悲鳴を上げるアントンをよそに、ジェイクはロゼッタの頭を撫でる。
「焼き餅焼くなよアントン。いいじゃねえか」
「よくないです!」
「へへーんだ!べえーっ!」
勝ち誇ったようにあっかんべをするロゼッタに、アントンは憤慨する。
「お前ら、今日くらい仲よくしろよ!」
喧嘩する二人をたしなめるジェイクだったが、その顔は喜びに満ちていた。
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