第12話 ロゼッタ貸します(前編)
ある朝、ロゼッタは目覚まし時計よりも早く目覚め、時計を確認すると、布団の中で思案に耽った。顔を横に向ければ、ジェイクに買ってもらったセルロイド人形「ジェイディー」がいる。ロゼッタは名もない人形に、ジェイクのことを忘れないよう「ジェイディー」と、似た響きの名前を付けた。
「ジェイクに恩返しをしたい」。「ジェイクに一生ついていきたい」。そう考えはすれども、いまいち自分が貢献できることは少ないように思う。ジェイクが冒険者なら、ブースター能力でジェイクの危機を救うことができるだろう。だが、こんな平凡な武器屋で平穏に暮らしていては、ブースター能力などただの厄介な爆弾だ。
ロゼッタはいつかこの力でジェイクの役に立ちたいと、悶々と思案に耽っていた。
すると、目覚まし時計が鳴り響いた。起床の時間だ。物は試し、自分の気持ちをジェイクに告白してみようか。そうすれば幼い自分にも何らかの役割が貰えるかもしれない。
「ジェイク、あたしと結婚して」
朝食時に出し抜けにロゼッタが求婚するので、ジェイクは飲みかけていた牛乳を噴出し、誤嚥して激しくむせた。
「げほっ、げーっほげほ!おま、急に、何言いだす、げほっ!」
「あたしずっと考えてたの。ジェイクにお人形のお礼とか、ここに住まわせてくれてるお礼とか、どうやったらできるかなって。で、やっぱりジェイクのこと好きだから、結婚するしかないなって」
短絡的な思考に見える口ぶりだが、無論ロゼッタもいろいろ考えてのことだ。だが、ジェイクにもアントンにもその意図が見えない。
「結婚してと言われても、俺には選択権ねーのかよ?!いいか、この際だからお前ら二人にハッキリ言っておく。俺は花屋のモモと結婚するって決めてんだ。お前らと結婚もしないし結ばれる気もねえ!ロゼッタ、お前はいつか家に帰るまで預かってやってるだけだ。アントン、お前はタダの従業員だ。それを忘れるなよ!」
ジェイクはたまりかねて啖呵を切った。だが、ロゼッタも食い下がる。
「もちろん大人になるまで待つよ!今は結婚できないってことぐらいわかる!だから、大人になったら結婚して!それまで勉強頑張るしお手伝いもするから!」
「だから、大人になってもチャンスはねーよ!」
そこへ冷静にアントンが意見した。
「ジェイク、モモさんと婚約したんですか?」
「……しっ、してねえけど」
「告白したんですか?」
「してねえけど!」
「じゃあモモさんと結婚するとは決まってないじゃないですか」
「ぐるるるぅ……」
アントンにやり込められて、ジェイクは低く唸ることしかできなかった。
「そしてロゼッタ。確かにジェイクの言う通り、君の結婚してくれというお願いはジェイクの気持ちを無視している。ジェイクにお礼をしたいなら、店を手伝う、家事を手伝うなど、日々のお手伝いで精算できるはずだ。結婚するという考えはあまりに幼い」
「一生お手伝いするって意味だよ!」
「じゃあ聞くけど、これから先ジェイクより好きになれる人が現れるかもしれない。その時ジェイクに縛られていたら、幸せになるチャンスを失うかもしれないんだよ?」
「ジェイクより好きな人なんていないもん!」
「8年しか生きていないのにこの先百年二百年と生きる君がジェイク以上に好きな人が現れないなんて言えるかい?」
「うぐっ……」
確かに妖精族は長命で、三百年以上は余裕で生きてしまう。対して猫族など大体八十年も生きれば寿命だ。ぐうの音しか出ない論破に、ロゼッタも黙る。
「さあ、朝ご飯を済ませましょう。僕らは日々生きることしか余裕がないはずだ」
そう言って場を鎮めたアントンだったが、実は彼自身がこの三人の中で最も巨大な感情を蓄えていた。
(ロゼッタには高価な人形を買ってあげて僕はタダの従業員だなんて、そんなことが許されるか。僕の方がジェイクを愛している。最終的にジェイクはモモさんに振られてロゼッタは家に帰って、僕とジェイクは結ばれる。これは揺ぎ無い未来だ。僕には判る。くだらない言い争いで労働時間と売り上げ獲得の機会を圧迫しないでくれたまえ。僕は労働でジェイクに報いているんだ)
その日、馴染みの冒険者パーティーがジェイクの武器屋に立ち寄った。
「おお、久しぶりだな!この前繊細族の朝市があってよお、掘り出しもの見つけたんだよ。見ていくかい?」
「やっぱりジェイクの武器屋は大陸一の品揃えだね!また難しいクエストに行くから、装備を整えたかったんだ」
ロゼッタは冒険者パーティーと会話するジェイクの様子を、店の片隅の椅子に座ったまま眺めていた。すると、パーティーの一人がこちらに視線を向けてきた。背が低いので小人族かと思ったが、ほっそりした顔立ちなので妖精族か猿族なのだとわかった。ロゼッタが片手をあげてヒラヒラさせ、少年にアイコンタクトを送る。すると少年は驚いてすぐに顔をそむけてしまった。同い年ぐらいだろうか。あんな子供も冒険者として活躍できるのならば、ロゼッタにも冒険ができそうではないか。
ふと意識を冒険者パーティーに向けると、パーティーリーダーは仲間が足りないことを嘆いていた。
「それがさ、家業を手伝いたいって、魔法使いが抜けちゃったんだよ。あんなに魔力が高いのに、もう冒険はしないって。守りに入ったんだな」
「マジか。あいつ抜けちまったのか!残念だなあ」
「なあ、ジェイク。魔法使いの知り合いいないか?魔法使いがいないとさすがに生きて帰ってこれるか……。俺達の魔法じゃ大した戦力にならないんだよ」
「魔法使いの知り合いねえ……」
ロゼッタはそれを聞いてチャンスだと考えた。
「あたし!あたし、魔法使いだよ!お手伝いしようか?」
その場の全員の視線がロゼッタに注がれた。
「妖精族……?お嬢ちゃん、妖精族の魔法使いなのか!」
ジェイクは青くなって止めに入った。ロゼッタが実は魔力〇感のポンコツ妖精族だということは伝えねばならない。
「ま、待て待て待て待て。あいつはちょっとした事情で預かってる子供なんだ。魔法なんかからっきし使えなくてな。役には立たないと思うぜ?」
それは聞き捨てならない。ロゼッタは天性のブースターで大魔法使いだ。自力で魔法は使えないが、魔法アイテムは三倍にして使いこなせる。ロゼッタはジェイクの言葉を遮った。
「あたし、魔法アイテムの力を三倍にして使えるブースターなの。アイテム係になったらみんなまとめて助けてあげられるよ」
それを聞いてパーティーリーダーはジェイクと顔を見合せた。
「本当か?」
「あ、いや、ああ……まあ……変わったやつなんだ」
パーティーリーダーはロゼッタの前に行ってしゃがみ込み、彼女と目線を合わせた。
「僕らとクエストに出るのは怖くないのかい?」
「うん。でも、そうだなあ……」
ロゼッタはジェイクに報いるチャンスだと考えた。ジェイクはお金が大好きだ。だから、ジェイクの収益になれば許してくれるだろう。
「一回のクエストで百ファルスで手伝ってあげるよ!」
「おま、バカ!勝手に決めるな!」
ジェイクは慌てて制止した。だが。
「いいでしょジェイク?百ファルスだよ?百ファルスでお手伝いしてこれるんだよあたし?」
それは絶妙な金額だった。依頼主として百ファルスは高過ぎず安くもなく、信頼できる金額だ。
「百ファルスで傭兵を雇えるなら悪くないな。ジェイク、いいかな?」
一方ジェイクも、このお荷物少女が百ファルスに化けるならそう悪い話ではない。だが、身の安全は確保できるだろうか…?
「あー……OK。解った。じゃあ、サクッと契約書つくるから待ってろ」
「やったあ!!」
ロゼッタも冒険者パーティーも歓喜の声を上げた。ただ一人、冒険者パーティーの少年だけはドギマギと動揺していた。
その夜、旅の準備を整えながら、ロゼッタがアントンにマウンティングを取った。
「あたし、百ファルスで冒険のお手伝いするの。アントンよりジェイクの役に立ってるの」
アントンは呆れて、
「調子に乗って危険な真似しないでね」
とため息交じりに諭した。
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