第11話 「関兵八」の、包丁を研ぐ!!

 武器の修理やカスタムの仕事がなくなって、アントンはジェイクの武器屋の店頭でその品揃えを眺めていた。たまに眺めているが、なにしろ品数が多く、雑然と置かれているためショウケース以外は魔窟である。怪我に気を付けながらそーっと棚を掘り返してみると、たまにとんでもないお宝を見つける。

 少数民族のナイフ、刀剣。鉄扇や仕込み杖、魔法の杖に魔法剣。鍵のかかった箱に収められた本もある。曰く、呪いの魔術書で、開けてはならないものなのだという。古今東西の武器が陳列されているが、銃が登場してからはもっぱらガンショップになっていて、そういった古の武器は滅多に出ないのだという。

 アントンはガンマニアだが、やはり男の子なので古の武器を見てもワクワクしてしまう。男はいつの時代も武器に弱いものなのだ。

「すごいですねジェイク!こんなお宝があったなんて!」

「すげえだろ?まあ、何代も前からのお荷物で、全然売れねえんだけどさ。お宝だぜ。みんな解ってねえんだよ、このお宝の価値が」

 さらに物色を続けると、玄関先の手に取りやすい位置に包丁がずらりと並んでいることに気付いた。ショウケースは半分ほどが空になっていて、売れているようだ。

「包丁……。包丁なんて取り扱っていたんですね」

「あれ?知らなかったのか?結構売れるんだぜ。銃より包丁買いに来る人の方が多いぞ」

「ええ?!知りませんでした。盲点だったなあ……」

 ジェイクがカウンターの椅子から立ち上がってアントンの見ている包丁のショウケースに近づくと、想像より売り切れていることに気付いてはたと手を打った。

「あーっ、最近どどっと売れて、在庫無いんだった!仕入れの電報送らねえと!」

「取引先があるのですか?」

「あるさ。聞いたことねえか?東の島国の一流ブランド「SEKINO」の包丁取り扱ってるんだよ」

「ああ!聞いたことあります!関要七のダマスカス鋼の包丁!」

 アントンは以前金物屋で見かけたことがあった。美しいダマスカス模様の描かれた高級品の包丁。その銘には関要七と刻まれていた。

「うちの取引先はその親戚の関兵八って言って、同じクオリティの包丁を作ってる職人なんだ。この国内にいるんだぜ、刀鍛冶の関兵八」

「ええーー!?顔なじみなんですか?すごい!ぜ、ぜひお会いしてみたいです!」

 ジェイクはアントンの食いつきの良さに気を良くして、せっかくだから関兵八本人をこの店に呼び寄せようと考えた。

「任せな!関兵八はマブダチだからよ。近いうちにこの店に呼んでやるよ。仕入れはその時でいいかな」


 後日やってきた関兵八は、小柄な東洋系の小人族の男性だった。艶やかな黒髪を短く刈り込んでいて、小人族に特徴的な髭はきれいに剃り落としていた。

「紹介するよ、兵八。こいつは新しい職人のアントンだ。武器のカスタムや修理をしてくれるんだ。あとでこいつのカスタムした銃を見せてやるよ。アントン、この方が関兵八だ。小人族なんだ。意外と大柄なほうだよな?」

「初めまして関さん。お会いできて光栄です」

 ジェイクの紹介が終わると、アントンは右手を差し出して関兵八に名乗った。兵八も右手を差し出してアントンの握手を受け入れ、名乗る。

「初めましてアントンさん。関兵八です。ジェイクさんにはご贔屓にしてもらってます」

 挨拶もそこそこに関兵八は包丁の納品の確認のために、商品をカウンターに並べ始めた。

「万能包丁と、牛刀と、出刃、ペティナイフ。合計で15丁ね。ご確認ください」

「おお、今回もいい仕事してるね。間違いない。ありがとう。これがお代。確認してくれ。早速並べてくるよ」

 ジェイクは仕入れた包丁を陳列し、兵八は金を勘定する。アントンは兵八の道具箱に目を落とした。

「すごい道具ですね。いつもこんなに持ち歩いてるんですか?」

「ああ、今回も公民館で包丁研ぎイベントを計画しているんです。君も来るといい。明日かな?今日はこの店の居住スペースに一泊させてもらうんですよ」

「え!お泊り戴けるんですか!是非いろいろお話を伺いたいです!」

「私の方こそ、是非」

 すっかり打ち解けた二人の様子を見て、ジェイクはまた新しいアイデアを提案した。

「アントン、せっかくだから兵八に包丁の研ぎ方を習ったらどうだ?お前が銃の修理だけじゃなく、包丁研ぎもマスターしてくれたら、新しく包丁研ぎのサービスを受け付けできるからな」

「えっ、いいんですか?」

 アントンは多忙な兵八にそんな無理を言っていいのか迷ったが、兵八は後継者の育成を快く受け入れた。

「いいですよ!お教えしましょう。包丁研ぎサービスを求めている人は結構多いんですよ。出来るようになったらきっと売上も、ね。いくらか足しになるし」

 新しい売り上げに結び付くとなると、金にがめついジェイクは喜んでくれるに違いない。アントンはジェイクのために包丁研ぎをマスターしたいと考えた。

「ぜ、是非、ご教授ください!」


 アントンと兵八は二階のキッチンへ上がって包丁研ぎ教室を開始した。ジェイクは店番から離れられないため店舗内からアントンを応援するにとどめた。

「さて、包丁研ぎに使う道具は、砥石二種類、砥石のメンテナンス用の砥石、滑り止めの布巾、水です」

「え、これだけなんですか?」

「ええ、簡単ですよ」

 まず布巾を水で濡らし、硬く絞ってテーブルに敷く。こうすると砥石がずり動かず固定されて安全に研ぐことができる。砥石はしばらく水に浸しておき、粗目の砥石から布巾の上にセットする。

「いいですか、包丁は45度に構えてしっかり握ってください。砥石に水をかけながら研ぎます。平らに寝かせず、10トット硬貨が二枚入るぐらい浮かせて研ぎます。そう、大体刃が平らにあたる角度が10トット二枚分の角度です。この角度は変えないでください」

「はい!」

「そうしたら上下に擦り付けて研ぎます。押すときに研げますので、押すときに力を込め、引くときは力を緩めてください。この力加減を逆にすると刃がボロボロになるので気を付けてください」

「はい!」

 アントンは慎重に包丁を研ぎ始めた。最初はゆっくり慎重に研いでいたが、次第に兵八が手を添えて包丁研ぎのリズムをアントンの身体に教え込むようになった。四本の手を添えられた包丁はみるみる鋭さを増していく。

「刃先がまだ研げていないじゃないですか。そこで、少しずつ刃先の方へ位置をずらして、刃先までこの動作を繰り返していきます」

 今度は裏返して反対側の刃も研ぐ。「カエリ」と呼ばれるバリを、円を描きながら研げば一旦は完成である。

「で、我々はプロの研ぎ師にならねばなりません。同じ工程を、細目の砥石で繰り返します。そうするとなめらかな仕上がりになるので、それが研ぎ終わったらお客様に出せますね。もう一回、細目の砥石で研ぎましょう」

「承知しました」

 アントンの学ぶ姿勢は謙虚でなかなか見どころがあるな、と兵八は感じた。たまに納品のたびに研修を繰り返せば、一流の研ぎ師になれるかもしれない。その夜、食卓を囲みながら兵八はアントンを絶賛し、アントンを褒められたジェイクはたいそう気を良くしたという。アントン本人に関しては言うまでもない。


 兵八が故郷に帰る出立の朝、兵八はアントンに愛用の砥石を手渡した。

「使い古しで悪いけど、上等な砥石だから、これを使うといい。これからは包丁研ぎの仕事も受けられるね!」

 アントンの腕をガシッと掴んで、力を込め、兵八が彼にウインクする。期待をかけているのだろう。

「あ、ありがとうございます!」

「いいのかい、兵八?大事な物だろう?」

「私は、いつでも砥石を手に入れられるから」

「すまねえな。大事にするよ」

 小柄だが大きな男・兵八は、大きく手を振って帰って行った。

「兵八さん、良い人でしたね」

「だろう?これからは包丁研ぎも受注するぜ!忙しくなるぞー!」

 また一つ自分の存在意義・貢献できるスキルが身について、アントンの低かった自己肯定感が一段高まった。

 愛するジェイクのために、できることならなんだってやろう。そう、アントンは想いを強くした。

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