第4話 ジェイクの仮面
アントンが銃のカスタムをしている横で、ロゼッタが小学一年生の問題を解きながらアントンに尋ねた。
「ねえアントン」
「何だいロゼッタ」
「ジェイクってなんで顔の半分隠してるの?」
言われてみれば確かに。ジェイクが顔の右側を露出しているところは見たことがない。ジェイクは寝ている時ですら顔の右側を仮面で隠している。あれは何の為だろう?
「うーん、お洒落のため、かなあ……?」
「お洒落に見える?あれが」
「ぽ、ポリシー?それともお守り的な物かも」
「顔だよ?顔痒くなったりしないの?目も見えにくくない?」
アントンはうーんと考え込んでしまった。
「アントンは仮面脱いだとこ見たことある?」
「いや、ない……。寝てるときに起こしに行ったこともあるけど、仮面はつけっぱなしだった」
「なんでだろうね?」
「さあ……?」
噂をすれば何とやら。ジェイクがアントンの仕事の進捗を聞きに来た。
「アントン、そのカスタム今日中に終わる?明日取りに来るって」
「かしこまりました」
そこへ、ロゼッタが無邪気に疑問を口にしてしまった。子供というものは時に大胆なことをするものだ。
「ジェイク、なんでいつもお面付けてるの?」
「バッ……!」
アントンが慌てて止めようとしたが、ジェイクは気にしていない風を装って、
「ああこれ。ポリシーだ。子供の頃からこれ付けてるんだ。カッコいいだろ?」
と、平然と答えた。
「顔痒くなったりしないの?」
「痒いときはちゃんと掻けるぞ」
「ふーん」
この時はこんな他愛もない雑談で済んだのだが。後日、事件が起きてしまう。
ある朝、ジェイクがなかなか起きてこない日があった。前日の夜酒を飲みに出かけ、夜中まで帰ってこなかったのだ。結果、朝になっても起きてこないので、客のほうが先に店にやってきてしまい、アントンは慌ててジェイクを呼びに行った。
「ジェイク!ジェイクどこです?!お客様が見えてますよ!」
しかしいつもジェイクが寝ている仮眠室にジェイクの姿はない。部屋にいるのかと思い階段を駆け上がり、ジェイクの部屋を開けてみるが、そこにもいなかった。リビングにもいないし、トイレにもいない。アントンは焦りのあまり、部屋の出入りの際はドアをノックするというルールを失念していた。部屋という部屋を開けて回って、ジェイクを探した。
そして、洗面所のドアを開けた時、衝撃的なものを見てしまうのである。
鏡に映ったジェイクの顔に、仮面は無かった。驚いた顔をして顔を上げ、鏡越しに二人の目が合う。
ジェイクの隠されていた顔の右側は、ペールオレンジの肌色の皮膚が露出していて、毛の一本も生えていない綺麗な顔だった。
それを認識したと同時にジェイクは振り返り、アントンの胸ぐらをつかんで壁にたたきつけた。
顔に息がかかるほどの距離まで顔を近づけ、ジェイクが鬼の形相で睨んでくる。耳がイカのように後ろに伏せている様子を見るに、かなり激昂しているようだ。
「てめえ……洗面所と風呂場には入ってくるなって言ったよな?!」
「す、すみません」
「俺の顔が見えるか」
「見えます」
「俺の顔には何がある」
「何もありません」
「俺の顔には醜い傷があった。そうだな?」
「え?」
「俺の顔には醜い傷があって隠していた。そうだな?!返事は?!」
「はい!あなたの顔には醜い傷があって隠しています!はい!」
「絶対に言うなよ?」
「誰にも言いません」
しかし、間の悪いことにロゼッタがジェイクを探しに来て、ジェイクの顔はロゼッタにも曝け出されてしまったのである。
「ジェイク、あっ!」
「ロゼッタああああああ!!!」
「ごめんなさい!でも、お客さん来てるの!」
ジェイクはいそいそと慣れた手つきで仮面を装着すると、客の相手をしに階下へ降りて行った。
「ロゼッタ、ありがとう。助かった」
「ジェイクの、何あれ?」
アントンはずるずると脱力して床にへたりこんだ。
「ジェイクの顔、見たかい?」
「見た……。猿族みたいだった」
ジェイクは顔の右側だけきれいに毛が生えていなかった。顔の左半分は猫そのものなのに対して、顔の右側は猫のような大きな目にツルツルの白い肌で、異様に見えた。ジェイクは、そのツルツルの肌を気にして隠している?たったそれだけの理由で、あんなにも激昂するほど隠さなければならない物だろうか?やがて接客が終わったジェイクが階段を上ってきて、「おら、てめえら。話がある」と、リビングテーブルに着席を促した。
「てめえら。この家に暮らす最低限のルールは何だった?」
アントンがおずおずと答える。
「部屋に入る時はノックをすること。洗面所とシャワー室は覗かないこと、……です」
「何で破った?」
「それは……」
答えに困っているアントンに代わり、ロゼッタが答える。
「だって、お客さん来てるのに、ジェイクどこにもいないんだもん」
「だからって約束破っていいのかあ?!ああん?!」
突然語気を荒くして怒鳴るジェイクに、アントンもロゼッタも身を竦める。
相変わらずイカ耳で威嚇しているジェイクは怖い。咬み殺されそうな勢いだ。しかし、アントンはジェイクの怒りの理由を確かめたかった。
「でも、ジェイク、あなたの顔は、綺麗でした。隠すほどのことは……」
「うるっせえバーカ!!!」
テーブルをダァン!と叩いて怒声を飛ばすジェイク。空気は最悪だ。ロゼッタは半泣きになりながらジェイクを宥めようとした。
「でもジェイク、仮面なんかしなくてもジェイクはカッコいいよ」
「ああん?!ふざけやがって!!」
「ふざけてないもん!!」
可哀想に、ロゼッタは恐怖のあまり泣き出してしまった。しばらくロゼッタの泣き声が場を支配する。ジェイクは舌打ちをして、ロゼッタが落ち着くのを待った。怒りの炎がロゼッタの涙ですっかり湿気ってしまった。
恐る恐る、アントンがジェイクに意見する。
「顔を見てしまったのは謝ります、ジェイク。でも、一緒に生活している以上いつかはこうなっていたと思います。なぜ頑なに顔を隠そうとしていたのですか?僕が思うに、本当に、ジェイクの顔は綺麗だと思います。隠すほどのことでもなかったと思います。なぜ、隠しているのですか?」
ジェイクはふーッと息を吐いて、「昔、虐められて馬鹿にされたからだよ……」と、顔を隠すに至った理由を語り始めた。
俺は猿族の武器商人のところに、猫族の母親が嫁いできて生まれたハーフだ。母は美しい猫族らしい猫族だった。だが、俺は母にも父親にも似ていなかった。いや、ある意味どちらにも似ていたのかな。モザイクなんだよ。体のあちこちが猿族みたいにつるつるで、顔かたちは猫族の母親に似ていた。ツルツルの猿肌なのは顔だけじゃねえ。体中に禿がある。子供の頃、猫族の奴らにその禿を馬鹿にされてな。「ハゲ猫―!ハゲ猫ー!」っていじられて虐められた。奴ら、毛のある部分を炙って禿を広げようとしてさ。火傷なんかも負った。その虐めを見かねた両親が、ちょうど近所の同い年の隻眼の女子を見てさ、「あの子みたいに眼帯みたいなのする?」って言ってくれて、顔の右側を隠すことを学校に認めさせてくれたのさ。そこから、ずっと、俺は誰にも素顔を晒さずに生きてきた。顔を見られた奴は口がきけなくなるほど殴った。そして力ずくで黙らせてきた。だから、俺の素顔は、誰も知らないことになっていたんだよ。
そこまで目を伏せて静かに話して、ジェイクは恐る恐る目を開けてアントンとロゼッタの表情を覗ってみた。(同情されてるだろうな……)と期待したのだが、想定に反して、アントンもロゼッタも真顔だった。さらには「へー」と薄い声も漏れている。
「何だよ、お前ら。その薄い反応は」
「いや、なんか、思ったより普通の理由なんですね」
「何だ。そんなことなんだ。もっと重い理由かと思った」
ジェイクは顔に血を上らせてイカ耳になって叫んだ。
「何だとは何だ?!お前らに俺の苦しみが解るか?!」
「解ります。僕、ジェイクと逆で毛が無い種族なのに多毛症ですから。ジェイクの気持ち、よーくわかりますよ」
「あたしもバカだって虐められてきたから虐められる気持ちわかるよ」
ジェイクはそれを聞いてポカーンと口を開けて固まった。そういえば、アントンを雇った理由は何だったか。
(毛のない猫の武器屋に、毛むくじゃらの猿が雇ってくれってか?!こりゃあ傑作だ!おもしれ―奴!これは何かの運命かな!)
そうだ、確か、ジェイクがアントンを雇おうと考えた理由の一つは、この正反対の容貌を持っていたからではないか。
「フ、フフフ、そうだな、フフフ……あはははは!そうだったな!そうだったそうだった!」
ジェイクは不意におかしくなってきて笑い出した。つられてアントンもロゼッタも笑いだす。
「フフフフ……」
「うふふふふ」
ひとしきり笑うと、ジェイクは真顔になり、
「でも、洗面所とシャワーは覗くなよ。約束だ」
と、念を押した。それについてはアントンもロゼッタも謝罪する。
三人は奇しくも同じトラウマを共有する仲間同士だった。ジェイクの素顔に関しては、「傷がある」という共通の嘘をつきとおすことにした。
この一件以来、アントンのジェイクに対する苦手意識が薄れ、三人は固い絆で結ばれることとなった。
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