第二章 その四 長女

神明ロードの路地裏。麗華の遺体は、近隣の飲食店から出るゴミが山積みとなった集積場所でゴミ回収のスタッフにより発見された。発見時には既に絶命しており、死因は全身を鋭利な刃物で切りつけられ、大量出血によるショック死だった。その後司法解剖により『死後姦通がなされている』事が判明した。犯人の物と思しき体液や体毛などは残っておらず、証拠らしい証拠は何も残されてはいなかった。


母エミリは見るも無残に変わり果てた娘の姿を見て、涙も流すのを忘れ呆然と立ち尽くしていた。父ヂーミンは今にも周囲を焼き尽くしてしまう程の怒りを露わにし、嗚咽と咆哮とも取れる叫び声を上げた。


そんな両親の横に立つ姉美玲は困惑していた。

妹の死を実感出来ない、いや、確かに目の前で死んでいる。もしかして妹を殺した犯人は自分に恨みを持つならず者の中にいるのでは無いか。家族を守りたい一心で今まで生きてきたのに何も出来なかった。母は大丈夫か。父は大丈夫か。妹は大丈夫か。あ、妹は大丈夫じゃなかった。ここに大丈夫な人はいるのか。


妙に冷静な自分に対する驚きと実は全く冷静じゃない自分に気付く落胆が高速で脳内を往復する感覚。

しかし周囲の人間にはその姿が最も落ち着いているように見え、警察の質問相手は美玲に絞られてしまった。

「お姉さんこちらへ。」と呼ばれ、長女としての悲しい責任感か「はい。」としっかり返事をしてしまい別室へ移動させられる。


「妹さんに最後に会ったのは?」


「一昨日の夕方です。」


「その時何か変わった様子は無かったですか。」


「別に、いつもと変わりありませんでした。」


淡々と予想通りの質問がぶつけられる。美玲もそれに淡々と答える。質問の内容をしっかりと理解して応えている訳では無く、ただただ機械的に口から言葉が出る感じだった。


「聞くところによると、貴女の方が恨みを買っているような話がありますね。」


心無い質問を投げかけられ、美玲は初めて我に返った。


『私に恨みを持つ者の犯行かもしれない。』


刑事の放った言葉は自ら持つ疑念と合致したものだと気付いた瞬間、無意識に刑事を睨みつけていた。

まるでマネキン人形のような端正な顔立ちから向けられるその視線は、身体的にも高い己の戦闘力から来る自信も加わりサーベルのようになっていた。

冷たいサーベルを眼前に突きつけられた刑事は心臓が一瞬停止する感覚を覚え絶句する。そしてその反動で目の前の被害者家族に敵意を抱いてしまった。


「・・・何か、心当たりあるんじゃないですか?もしくは日本人に馴染めなかったとか。」


刑事が挑発とも取れる無礼な質問を吐いた瞬間、美玲の背後から巨大な塊りが飛び出し刑事を弾き飛ばした。


「娘は二人共日本人だっっ!!!なぜ傷付ける!!この街で生まれた娘達を!!なぜそんなに傷付ける!!!」


父ヂーミンだった。床に仰向けになる無礼な刑事を見下ろしながらヂーミンは怒りの言葉を叩きつけていた。

その父の姿に、美玲は目からやっと涙が溢れていた。

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