第一章 その十五 コマル
Cafe&Barドワーフに着くなり鳴神は新屋敷の放った一撃のパンチで壁まで吹っ飛ばされ気絶した。鳴神自身、生身の人間に対してもかなり高い戦闘能力を持ってはいるが、新屋敷のそれには足元にも及ばない。
「1時間くらいで起きろよ。」
気絶した鳴神にそう言い放ち、新屋敷はカウンター内に戻っていった。カウンター席には見慣れない姿があった。何と言うか、小さく丸い。その見慣れない者に対して新屋敷が声をかける。
「ごめんな、ビックリしただろ?でもまぁいつもこんな感じだ。気にしないでいいぞ。」
新屋敷の笑顔はいつにも増して優しい。カウンター席のその小さく丸い存在は「うん。」と一言オレンジジュースを飲んでいる。
子供?
「何か腹減ってないかい?オムライスとハンバーグ作れるぞ。どっちがいい?両方か?」
「両方!」と答えて脚をブラブラさせてカウンターチェアをキコキコ鳴らしているのは間違い無く少年だった。
小学2、3年と言ったところか。それにしても、『丸い』。青いベースボールキャップを被り、白のポロシャツ、ネイビーの短パン。まん丸の顔に短い首、手足は短く、ちょっと遠目から見たらカラフルな卵に見えないでもない。漫画以外でこんな生き物がいるのか。ゆるキャラとしてグッズが売られていたら買ってしまいそうだ。
「あら?」
店の入口が開き、客が入ってきた。ツユだ。
店内には気絶している鳴神、カウンターにはカラフル卵、さぞかしツユは混乱しているに違いない。そこにオムライスとハンバーグを持った新屋敷が厨房から出てきた。
「おう、ツユ。いらっしゃい。昨日はありがとな、リナッパの様子どうだ?」
「いや、それよりも。」と言いながらツユはカラフル卵の隣に座り、じっと卵を観察する。カラフル卵もオレンジジュースのグラスを両手で持ったまま、全身にタトゥーの入った美女を不安そうに見返している。
「マスター、何?この可愛いの。体型からして親子っぽいのは分かるんだけど。」
「俺の子じゃねえよ」と言いながら新屋敷は卵にスプーンを差し出した。卵はスプーンを受け取り、短い腕で合掌し、「いただきます。」と一言オムライスを食べ始めた。
「ちゃんといただきます言えるのね、偉いねぇ。」
とツユは優しい笑みを浮かべた。ギャップ萌え、と表現するのが正しいのか、ツユの笑顔は普段の彼女の持つ雰囲気とは全く逆の印象を持っている。この笑顔に男も女も魅了されるのだ。
褒められたカラフル卵はツユの方に振り返り「こまる」と一言言った。何が困るのだ、子供のくせに「惚れられても困る」とでも言いたいのか。
「ん?そうね、困っちゃうね。」
話を合わせツユは再び笑顔を向ける。しかしカラフル卵は首を横に振り、もう一度言った。
「コマル。名前だよ。」
そう言ってポケットから何やらカードのような物をツユに差し出した。それは病院の診察券だった。
『亜久津小児クリニック』と印刷された文字の下には、
『中田虎丸』
と書かれていた。
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