第一章 その十六 マシュマロ小僧
コマル。字面で見ると『虎丸』という何とも勇猛な名前だが、読み仮名で『こまる』となると何とぴったりハマる名前だろう。正しく小さい丸。
「コマルちゃんって言うんだね!ごめんね、お姉ちゃん分かんなかった。お姉ちゃんの名前はツユだよ。」
コマルは「ツユ」と一言言ってオムライスの続きを食べ始めた。ツユは意外にも本当に子供好きと見える、柔和な笑顔でオムライスを頬張るコマルを優しい目で見続けている。その姿を同じく笑顔で眺めながら新屋敷が口を開く。
「出勤したら店のドアんトコに立っててな、なんだってハナイチに会いに来たらしいんだ。」
「ハナちゃんに?」と言いながらビールに口をつけるツユ。そして後ろの床で気絶している鳴神に目をやる。
「ハナちゃんは何て?」
「事情を聞く前にブッ飛ばしちまったからまだ何も聞いてねぇよ。」
「どういう事よ」と言いながらツユは一杯目のビールを飲み干した。そしてコマルの口に付いたケチャップをナプキンで拭いてあげている。拭いてやる動きに連動してコマルの顔の肉はぷにゅんぷにゅんと上下し、それを見てツユは満面の笑顔になっている。・・・ひょっとしてコマルの顔を触りたかっただけじゃないのか?気持ちは分かる。私も生きていたらこんな体型の子供の触り心地を楽しんでみたい。
「昨日のコンビニに酒買いに行って警察に捕まりやがったんだよ。横塚の野郎、速攻で連絡してきやがった。・・・ったく面倒ばっか起こして。」
珍しく新屋敷の顔から笑みが消える。しかしコマルと目が合うとすぐにいつもの笑顔に戻った。
「それよりツユ、リナッパどうした?」
ツユはコマルから目を離さず新屋敷の問いに答える。
「うん、とりあえずアパートまで送ってって、小一時間落ち着くまで部屋に居たよ。」
「何か聞けたか?」と新屋敷はタバコをくわえて一瞬ためらう。
「コマル、おじちゃんタバコ吸って大丈夫かい?」
コマルは無言でうなづいたが、ツユが顎と視線で『換気扇の下に行け』と促す。新屋敷はしぶしぶ換気扇の下まで移動し話を続けた。
「リナッパ妙におかしかったのは気付いたろ?何かそれらしい事言ってなかったか?」
ツユはコマルに「ちょっとお姉ちゃんもあっち行くね」と言い、ビールとタバコを持って自分もカウンター内に入って行く。
「アタシも変だと思ったけどさ、あの状態で聞くってのも酷だし、『話した方が楽になる事あれば聞くよ』ってだけ言ったの。そしたら『シロちゃんだったらどうしよう』って。」
そう言えば昨日もそんな事言っていたな。『シロちゃん』とは一体なんなんだ?ツユはまだ続ける。
「アタシも『シロちゃんて誰?』って聞いたのよ、あんまり詳しい事は聞き出せなかったけど、りなの仕事先の利用者のお爺ちゃんの事みたい。」
「昼間の方だよな?」と聞く新屋敷。「昼間昼間。」と答えるツユ。しかし『お爺ちゃん』という単語が聞こえた瞬間コマルがはっと顔をあげ、2人の方をじっと見ている。どうかしたのだろうか。
「んああっっ!!!!!」
突如背後から聴こえる声。全員が驚き声の方に振り返ると、鳴神がバンザイの体勢で目を覚ましていた。
「びっくりさせないでよ!」
「あ、ツユさんいらっしゃいませ。代わりに働いてくれてたんすか?」
カウンターに並ぶツユと新屋敷を見て瞬時に勘違いしたようだ。そしてそのままカウンターで怯えているコマルと目が合う。
「人だよな?」
「人だバカ。」と言う私の声は偶然にも新屋敷と同時だった。コマルはうろたえてスプーンを持ったままキョロキョロと皆の顔を見渡している。可哀想に。コイツは全他人に対して迷惑以外かけた事が無いのか。
ツユがタバコを消して急いでコマルに駆け寄る。
「ごめんね、驚いちゃったね。大丈夫だよ、またあのおじちゃんが何かしたらこのおじちゃんがブッ飛ばしてくれるから。」
その言葉を聞いて鳴神はすぐに身構えた。新屋敷の事だけは心底畏れているらしい。だったら普段から真面目に働け。
「意外と早く起きたなハナイチ。この子はお前に会いに来たんだとよ、知ってる子・・・じゃねえのか?」
「俺に?」と言いコマルに近づく鳴神。それから子を守るように構えるツユ。
「知らねっすね。誰だお前、ツユさんの子供じゃねんすか?」
「それは嬉しいけど見た目で言ったらマスターの子でしょ。」
「おい。」
笑顔のままツッコむ新屋敷。無視してコマルの顔をこねくり回す鳴神と「ちょっとやめなさいよ」と言いながらもコマルの二の腕を揉むツユ。羨ましい、混ざりたいなあそこに。すると満を辞してコマルが声を上げた。
「なるがみハナイチさんですか?」
「そうだ。何か用かマシュマロ小僧。」
コマルは少しムッとした顔をして鳴神を睨みつけた。
「爺ちゃん探して。」
コマルはそう言うとポケットから写真を取り出し鳴神に差し出した。
「爺ちゃんいなくなっちゃったの。困ったら『なるがみハナイチに言え』って爺ちゃん言ってたの。」
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