第一章 その十四 喪失感
午後6時。私と鳴神は川沿いのベンチに座っていた。鳴神は不機嫌そのものだった。
「意味が分かんねぇよ、坂田。」
「ああ、私だって分からない。」
苺クレープを買う為に鳴神を叩き起こしたはいいが、この男が家を出るまで優に2時間かかった。
起きた瞬間タバコに火を点け、立て続けに5本吸い、急かす私になんの反応も示さず、シャワーを浴びに行ったのは起床から1時間半後。その後全裸でまたタバコを吸いながらスマホの確認。やはり新屋敷からの着信まみれになっていた。
やっと服を着て外に出たのが午後2時半。「お前がそんなに言うなら苺クレープを買ってドワーフで食おう。」とクレープ屋台に向かったのだが、
「何で今日に限ってクレープ屋無ぇんだよ。」
いつもの場所にクレープ屋台は無かった。他のクレープでもいいだろうと散々商店街を歩いてみたのだが、何とこの界隈にはあのクレープ屋台しかクレープを販売している所が無かった。
「俺は、どうすりゃいいんだ。」
鳴神は街頭を睨みつけながらそう呟いた。
私の記憶ではここ2ヶ月ほど彼は苺クレープ以外の固形物を食べていない。勿論以前は他の物を食べている姿を見た事はあるが、それでも苺クレープを食べなかった日は無かった。
「当たり前の事を言うがな、他の物も食べた方がいいぞ。」
私はバカみたいなアドバイスを鳴神に投げかけた。
「お前な、苺クレープ以外に酒に合う食い物あるか?」
「あるよ。」
「ねぇよ。」
なるほど、コイツはあくまで『酒が主体』で苺クレープは『唯一無二の酒の肴』と捉えているのか。・・・良く今まで生きてたな。
「マジで意味分かんねぇ。一日一生懸命働いて、帰りに苺クレープ買って、酒を楽しむ事だけを生きがいにしてたのに。」
「お前あれ、一生懸命働いてるつもりだったのか?」
「昨日の晩はしょうがねぇ。酒が買えなかったんだからクレープだって諦めたよ。しかし・・・あの店が無ぇって言うのが絶望的だ。・・・なぁ、坂田。俺はもう苺クレープと酒を楽しむ事は出来ねぇのか?」
「知らんわ!!」と言いかけ思いとどまった。くだらない事のように思えるが、現時点で鳴神の『悪霊祓いパワーダダ漏れ状態』を引き起こしている原因は苺クレープを食べていない事に起因していると言う仮説が立てられている。それが本当ならば鳴神の嗜好とは別として今や苺クレープは私の存在を左右する重要アイテムなのだ。
「とりあえず今夜また仕事帰りにクレープ屋の前を通ってみよう。それに散々新屋敷の事無視してるんだ、ドワーフに行こう。今日もちゃんと遅刻してるし。」
「仕方ない」と立ち上がり、鳴神と私はドワーフに向かった。
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