第一章 その十三 苺クレープ

正午過ぎ、鳴神のアパート。鳴神はまだ寝ている。

交番をなし崩し的に出た後、我々はすぐに帰宅した。途中いつものクレープ屋台の前を通ったのだが、鳴神はその前を素通りした。「買わなくていいのか?」と私が聞くと「酒も無いのにクレープいるか?」と返された。鳴神の帰りに合わせて毎晩20枚のクレープを焼いておいてくれる屋台の主人に悪い事をしたな。何か一言かけてやればいいのに。


部屋に着くなりソファに横になった鳴神はすぐさま寝息を立て始めた。部屋に忘れたスマホの確認くらいしろよと思う。テーブルの上で天井を向いている彼のスマホは彼が寝入ってから今まで何度も鳴っていた。間違いなく新屋敷からだろう。


「坂田くん、坂田くん。」


ベランダの方から声がする。そちらに目を向けるとベランダに続く窓から上半身だけ部屋に入る形でジャージ姿の中年女性が手招きしていた。


「あれ?大町さん、おはようございます。珍しいですね、どうしたんですか?」


彼女は大町さん、この事故物件アパートの地縛霊の一人だ。普段は鳴神を嫌ってウチに来る事は無いのだが。


「坂田くん、鳴神のバカどうしたのーぉ?何かピリピリしちゃってアパート全体がもーぉ嫌な感じじゃない!ちょっと何とかしてよーぉ。」


「いやいや、鳴神がピリピリしてるのはいつもの事じゃないですか。」


大町さんは「いいからとにかくベランダに出てこい」と言った感じで力一杯手招きする。仕方がないので私も窓をすり抜けベランダに出た。


「違うの!何かいつもと違うの!鳴神!アンタ一緒に住んでて気付かない?もーぉ嫌な波動が出っぱなしでしょ。アンタ一緒に居過ぎて鈍くなってんじゃない?カネシロくんなんか今朝アパート出てくっ!て大変だったんだから!」


ちなみにカネシロくんとはこのアパートの屋上から飛び降り自殺をした学生だ。自分が死んだ事に気付かず非常階段を昇っては飛び降り、昇っては飛び降りを延々と繰り返していた。


「・・・それっていい事なんじゃないですか?」


事故物件から一人の地縛霊が解放される。理由はどうあれ結果オーライだと思うのだが。


「何言ってんの!!おばちゃんカネシロくんの飛び降りるとこ見るの何気に楽しみだったのよ!毎回おんなじフォームなんだから!いつか違うパターンのフォームになんないかなーって思いながら見てたのに!おばちゃんの楽しみ減っちゃうじゃない!ただでさえ死んでから楽しい事なんかそうそう無いのにさ!」


こんなに不謹慎な地縛霊はいたものか。なおのことカネシロくんはここのアパートを出た方が良いように思う。


「えーと、大町さんの言い分には賛同出来かねますが、鳴神が普段と違うって所、どんな感じで違うんでしょうか。」


そう言われた大町さんは大袈裟に驚くようなジェスチャーをした。目を丸くし、両手をパーにして、首をすくめて、口をへの字にしている。何とも腹の立つ、出来ればこの人もこのアパートから出て行って欲しい。何ならドワーフに依頼して鳴神に殴ってもらおうか。


「やだやだやだやだ!坂田くん本っっ当に分かんないの?!ダメねーぇ、アマチュア!地縛霊のアマチュア!」


「憑依霊です。」


「どっちでもいいわよそんな事!あのね、ダダ漏れ!今日の鳴神はダダ漏れ!!悪霊祓いパワーがダっっっダ漏れ!!」


「大町さん自分が悪霊だって自覚はあるんですね。」


「アタシは悪霊じゃないわよ!物の例えでしょ?揚げ足取んないでよ!アンタ何歳で死んだの?アタシはね、52。そもそも生きてる期間も死んでからの期間もアタシのが長いんだから!先輩よ?先輩!そうやってね、」


「ダダ漏れってどういう事ですか?」


人は死んでも性格は変わらない。煩いおばちゃんは死んでも煩い。リナッパは死んだらさぞかし賑やかな幽霊となるだろう。あ、彼女みたいな人がポルターガイストになるのだろうな。そう言えばリナッパは大丈夫だろうか。


「・・くん!坂田くん!聞いてる?だから抑えられてないのよ!」


「あ、ごめんなさい。聞いてませんでした。」


「ズコー!」と言って大町さんはコケるジェスチャーをした。アンタ何で成仏出来ないんだよ。


「だーかーらー!鳴神のパワーが全然抑えられてないの!このままだとアンタも消されちゃうよ!」


「は?!何で!?」


「分かんないからアタシが聞いてんのよ!!何でこんなにダダ漏れなの?!いつもと何か違う事なかった!?」


いつもと違う事・・・あ。


「苺クレープ、食べてないですね。」


「・・・。」


「・・・苺クレープ、食べてないです。」


「・・・苺クレープ?」


「・・・苺クレープ。」


大町さんはしばし沈黙し、「とりあえず食べさせてみて。」と一言残し自分の部屋に戻って行った。

今の話をまとめると、鳴神が苺クレープを食べないと、私も鳴神の力で消えてしまう。と言う事でいいのかな?


・・・


「ダメじゃないか!!!!」


本当かどうかは分からないがこれはヤバい!とにかく試してみない事には!


「起きろ鳴神!!起きろっ!!!苺クレープ!苺クレープ買いに行くぞ!!!!」


私は狂ったように鳴神を叩き起こした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る